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July 14, 2008

英国生活の最後に噛みしめる漱石先生の言葉

さて、今は、帰国前夜のチェルシーの宿舎でパソコンに向かっています。英国最後のブログに何をかこうかと思案していましたが、手元にあった明治34年の漱石日記を引き合いに出して私の英国生活を総括することにしました。

当時のロンドンは各家庭が暖房で石炭を使用し、それがロンドンの霧を更に黒いものにしていたようです。漱石は、「倫敦の町にて霧ある日太陽を見よ。黒赤くして血の如し」と書いています。今ではロンドンの街は空がきれいで、100年前の漱石の時代の頃とは明らかに異なっています。

漱石はまた、「往来にて向うから背の低き妙なきたなき奴が来たと思えば我姿の鏡にうつりしなり」とも書いています。日本人はだいぶ背が高くなったとは言え、体のことはなかなか一朝一夕には変わりません。

「日本人の英語は大体に於いて頗るまづし、調子がのらぬなり。変則流なり。折角の学問見識も是が為に滅茶々に見らるるなり。残念なことなり。」とも書いていますが、この点も余り進歩していないのかもしれません。

さて、漱石は、当時、夜下宿にてつくづく日本の前途を考えたのです。そしてその結論は、「日本は真面目ならざるべからず。日本人の眼はより大ならざるべからず。」ということです。

まったく同感です。100年以上も前に漱石がこれからの日本人のあるべき姿を端的に指摘したこの言葉を、私も改めて噛みしめています。

日本が無意識のうちに自信を失い縮小均衡の道に入り込みつつあるように見受けられます。日本人一人一人が、真面目に能力開発に勤しみ、視野を広く持って世界に貢献していくことこそが、日本の将来を切り開く原動力だと思います。その礎は世代に亘る教育・学習です。国の将来を考える場合に、やはり教育というものが地道だけれども大事に思えてくるのは、洋の東西を問わず共通のようです。

その為に我々の世代が何をなしうるのか、自分自身でもこれからも真剣に考えてみたいと思います。

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