専門家集団を育てる英国の自治体
6月下旬は、日本から自治体関係の仕事をされておられる学者や弁護士の皆さんが英国に来られ、わが事務所も調査に同行する機会に恵まれ、目的意識の高い研究活動の一端を垣間見ることを通じ、わが事務所にとっても大いに勉強になっています。
関西学院大学の石原俊彦教授は、英国公共財務会計士協会(CIPFA)の運用・機能の調査に来られ、CIPFA本部で話を伺うとともに、わが事務所に同協会の事務総長のSteve Freer氏をお招きし講演を伺う機会がありました。以前も個別にFreer氏の話を伺ったことがありましたが、今回はそれを再確認できる機会ともなりました。
その模様は、わが事務所のホームページに掲載されていますが、その中で一つだけ気のついた点をあげるとすると、英国では地方自治体に公会計士の資格のある専門家が職員として沢山配置されており、専門家として機能を果たしているという点が強く印象に残りました。日本のように、ジェネラリストを養成する職員育成の方式とはいささか異なるやり方です。その公会計士の育成と公会計の標準的仕様を作るのに貢献が大きいのがCIPFAなのです。
石原教授の訪問の後は、日本の自治体法務に関心の高い、弁護士、大学教授の英国訪問が続きました。ロンドンから片道で4時間近くかかるミドルズバラ(Middlesbrough)という北ヨークシャーに所在する人口が14万人強のユニタリー自治体(県と市が合体した機能を持ち、県の傘下から抜け出ている一層制の自治体)を訪問先に選びました。ミドルズバラは市長が直接公選で選ばれている英国では珍しい自治体でもあります。
Ray Mallon市長に直接公選市長としての政治課題を伺ったのち、Richard Long法務部長の話を伺いました。ここでもやはり20人くらいの弁護士資格のある法律専門職員を抱えているという話が印象的でした。市の行政執行上、様々な争訟事件が起こりますが、市の行政の法適合性のチェックなどについても専門的な観点からチェックを行っているとのことでした。法務部では議会の支援機能も兼ねており、市の行政をチェックする市議会議員に対する法的観点からの支援機能も果たしているとのことです。
日本の自治体が単体で弁護士資格のある職員を20人も抱えるなどということは俄かには信じられませんが、英国では別に珍しいことではないようです。平均的な給与水準をLong部長さんに伺うと、年収で28000ポンド(600万円弱)と決して高くはありません。しかしながら、会計分野に限らず、法務部門においても英国の自治体は専門家を重視していることがよく分かります。
ミドルズバラでは、Stainton and Thorntonという同市に二つしかないパリッシュのうちの一つの会長をお務めのMaelor Williams氏のお話を伺うことができました。もう一つのパリッシュはNunthorpeというところです。それぞれ1100人、3000人の住民で構成する小規模パリッシュには常設の事務局はありません。非常勤の会計担当者を一人雇っているだけなのだそうです。Staintonのケースでは一戸当たりのPreceptと呼ばれるパリッシュの税金が8ポンド、年間予算5000ポンドでパリッシュの事業を執行しているのだそうです。Nunthorpeのケースは、各戸から年間3ポンドを徴収しているに過ぎないのだそうです。
しかし、草刈りや植物の植え代え、会報の配布などは、住民がボランティアで行っており、実質的には予算を大きく上回る規模の事業が行われているということでした。ミドルズバラにパリッシュが二つしかなく、他の地域には区のような別の住民組織ができているということでしたが、この辺りの経緯には市の成り立ちにまつわる複雑な経緯があるようです。この点はまたじっくりと調べてみると面白そうです。
Williams会長のお話を伺った後、実際にStaintonを訪問してみました。閑静な教会、緑の生垣がきれいな町並み、公園の花壇の手入れの行き届いている様子に、このパリッシュの構成員の細やかな感性が伝わってきます。まちを歩いていると、古くて風情のある小さなパブがあり、誘い込まれるように皆で立ち寄りました。パブの中には犬もおり、まちの皆さんの和気あいあいとした雰囲気が伝わってきました。90歳を過ぎても子のパブに通いつめ、数年前に亡くなったお爺さんの写真がその方の定席だったソファーの上に掲げられているのがとても印象的でした。もちろんそこのビールの味は最高でした。
どうもこの辺りには、地域を美しく保ち、落ち着いた風情を醸し出すコミュニティー活動のノウハウを持つ専門家も沢山いそうな雰囲気を感じました。
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