« 日本の「都市と農村の教育交流事業」を英国大学で紹介 | Main | JET壮行会とJETラグ(時差ボケ) »

July 07, 2008

“Let’s celebrate Ben’s life”

英国に赴任して一年近くになりますが、楽しいことばかりが続くわけではありません。7月6日の日曜日は、ブリストルで23年の短い寿命を駆け足で駆け抜けた若い英国人JET参加者を偲ぶ会に参加してきました。

亡くなった若者は、ベン・ラザルス(Ben Lazarus)君で、2008年の1月20日に不慮の事故によりJETとしての勤務地の和歌山県でお亡くなりになりました。

ご両親にとっては一粒種の息子さんで、その嘆きの程はいかばかりかと、お悔やみの言葉を探すのに難儀しました。私にも同じ年頃の息子がいるのですよ、と申し上げると、ご両親から私の息子のことを少し詳しく聞かれたりしました。

両親ともにブリストルの大学の教官をされておられるとのことで、お父上は英国人、お母上はスウェーデン人なのだそうです。ベン君が亡くなって半年たった後の追悼の式は、しかし、日本風の「偲ぶ会」とは異なり、「ベンの人生をお祝いしましょう(Let’s celebrate Ben’s life)」という案内状からも伺われるように、努めて明るい会合でした。

大使館からも水鳥公使が参加されておられましたが、彼女によると、このような開催方式の追悼の会は、英国では結構一般的のようです。死を悼むよりもその人の生きた年月を皆で共有し、「人生を楽しく過ごせて良かったね、とお祝いする」、ということなのだそうです。

会場も、1740年代にブリストルの大商人が大学に寄付した大邸宅で、敷地の一部は現在学生の寮としても使われているところでした。庭はとても広く、少し前までフィジックガーデンや果樹園があったそうです。庭の一角にとても大きな桑の木があったので、日本にはこのような大きな桑の木は珍しいですよ、と申し上げると、「桑の木が分かるのですか」と珍しがられました。私の田舎はその昔養蚕で有名なところで、子供の頃から馴染んだ木ですなのです、などという会話が成り立ちました。主会場となったホールの名前は”Goldney Hall Orangery”と呼ばれ、昔はオレンジ温室として使われていたということです。Orangeryという言葉で呼ばれる温室を持つことは、その昔は英国の富裕貴族の象徴だったそうです。Rimg1628

120名ほど集まった式でしたが、驚いたことに、とても多国籍の式でした。82歳のスウェーデン人のベンのお祖母さんが、半世紀前にスイスに行ってビジネスをはじめ、この会にはスイスから駆けつけたとおっしゃっておられました。6人の子供たちと久しぶりに会ったともおっしゃっておられました。英国の他にスイス、デンマーク、スウェーデンからも大勢の人がお見えでした。大学の教官仲間も大勢駆けつけ、それぞれの分野の蹟学と思われる方々が、日本人の参加者である我々に対して入れ替わり立ち替わり話しかけてきてくださり、とても細やかな気遣いを感じました。

ベン君のお母さんの話では、ベン君には従兄弟が15人くらいいるのだそうで、一人っ子ではあったものの、いとこ同士の付き合いが頻繁で、兄弟のように育ったとのことでした。休暇などで、世界中のいたるところに親戚で遊びに行くなど、本当に豊富な国際体験をしながら育ったとのことでした。スライドで紹介されたベン君の子供のころからの写真は、彼が如何にご両親から愛されて育ったかが分かるものでした。Rimg1639

JETに応募して日本に行くことにしたのも、世界のいろんな地域を見てみたいとの本人の意欲の現れであったそうです。ベン君を訪ねてご両親が日本を訪問した折には、ベン君は高野山、京都、桜島、屋久島などに連れて行ってくれたそうでした。ベン君は、大都会よりも伸び伸びとした農山村の生活が性に合っていたのだそうです。

ベン君が勤務した学校では、ベン君の評判はすこぶる良く、子供たちがベン君に似顔絵をたくさん書いてくれたようです。7歳から始めた柔道も日本に行ってから黒帯を取ったことがベン君の自慢であったそうです。

こうしたベン君の生前の人生を、皆で共有し、彼の思い出を忘れないために、ご両親は、「ベン・ラザルス旅行奨学基金」を作り、ベン君が歴史と政治を勉強したレスターの大学の学生に授与しようと基金造成を募っておられます。旅行が好きなベン君の気持ちを基金に託したのです。あくまでも将来に向けて、未来に向けてのチャレンジを大事にするということです。

「こんな事故に遭うなんて、息子をJETで日本にやらなければよかった」というような嘆きは一言も聞かれませんでした。ご両親からは、むしろ、JET事業がチャレンジングな世界の若者に異文化の国で生活する機会を付与する貴重なプログラムであるとの賞賛の言葉が何度も繰り返されました。そうして、事故の際には、日本の自治体、英国総領事館、自治体国際化協会(クレアー)本部が非常に良い連携を取り合い、完璧な対応であったと感謝されるほどでした。

レセプションの合間に、私からご両親に香山充弘クレアー理事長からのお悔やみの手紙を手交しました。その手紙を読んだご両親が、その瞬間だけ、目に涙が浮かべたのが印象的でした。


|

« 日本の「都市と農村の教育交流事業」を英国大学で紹介 | Main | JET壮行会とJETラグ(時差ボケ) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/41760780

Listed below are links to weblogs that reference “Let’s celebrate Ben’s life”:

« 日本の「都市と農村の教育交流事業」を英国大学で紹介 | Main | JET壮行会とJETラグ(時差ボケ) »