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May 04, 2008

英国の公的支出の地域間格差議論

英国では最近、英国内のスコットランドとイングランドの公的支出の差異が大きすぎるのではないかとの議論が喧しくなっています。

英国の中央政府が包括補助金をスコットランドなどに渡し、スコットランドなどはそれを元に財政運営をしていることから、納税負担に比べ一人当たりの公的支出額の少ないイングランドの関係者から、不満の声が出ているのです。

スコットランドなどに権限委譲を行ってきていることから、最近とみに行政サービスの差が目立ってきているとの評価もあります。

英国では中央政府が税源をほぼ独占し、スコットランドなどの地域政府や地方自治体は政府からの交付金で運営されています。これらの公的支出を可能としている財源計算の仕組みがバーネット・フォーミュラという算式であり、30年近く使われてきており、これまでその仕組みの抜本的な見直しは行われていません。

もともと英国の統一を維持するために投入された仕組みですが、2007年の春にスコットランドで独立を目指す政権が成立した中で、その見直し議論の行方は政治的にも機微な要素を含んでいます。

このような中で、3月9日の英国のクウオリティー新聞の「サンデー・タイムズ」は、この財政制度を批判的に取り上げる特集を行っています。「イングランド人である故のコスト負担」という表題で、「イングランに住む平均的な家庭はスコットランドに住む同じ境遇の家庭が無料で受けられる公共サービスに対して年に7,000ポンド(150万円程度)以上の追加的な負担を強いられている。その理由を探る」という問題意識に基づく記事です。

この記事は、高級紙らしく冷静に多方面からの分析を行っている記事であり、この問題にまつわる論点をほぼ網羅しており、事務所でも注目して読みました。皆様のご参考にその記事の概要を掻い摘んで紹介します。

タイムズの記事は、大学授業料に関するイングランドとスコットランドの格差(イングランドが年間3,000ポンド、スコットランドは無料)、医薬品が公費助成の対象となるか否か差異(スコットランドの助成対象医薬品の範囲のほうが広い)、無料老人ケアの有無(スコットランドは週210ポンドまで無料)、目の検査・歯科検診の費用負担の差異(スコットランドは無料)、薬の処方箋の費用負担の差異(スコットランドは将来無料化の方針)などの事例を挙げ、一人当たりの行政サービスの水準がイングランドの7,121ポンドに対し、スコットランドは8,623ポンドと一人当たり1,500ポンド以上の大きな違いがあると指摘しています。なおこの格差は、地域毎で比較可能な支出のみを取り上げており、国防など全国にその便益が裨益するサービスは除外しているとしています。

こうした行政サービスの差異を積み上げた英国の納税者同盟(注2)の試算を紹介し、「イングランド人である故のコスト負担」として7,000ポンド以上の負担を強いられていると主張しています。

地域別の行政サービスの格差に関する国会議論も紹介し、ダ―リング財務大臣が、「この問題に関する議論をすること自体は大事であり、今年の夏頃には何らかの議論のたたき台を呈示する」という答弁を批判的に引用し、「イングランドの納税者は議論よりも行動を求めている」と批評しています。

記事は、こうした公共サービス格差が生じるに至った制度の導入経緯に踏み込み、30年ほど前に当時のキャラハン労働党政権の筆頭財務副大臣であったジョエル・バーネット(Joel Barnett)によって導入された制度に問題があると指摘しています。当時、バーネットは「資金のより公平な配分を可能とする方式の作成を依頼され、併せて、スコットランド国民党(SNP)の勢力拡大を抑止しようとした」と記事は解説します。

この制度導入の結果、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは比例的に一人当たりの公共支出でイングランドよりも多くの資金を得ることとなったとし、当時は暫定措置され、いずれは一人当たりの支出の差異は解消されると考えられていたこの仕組みは、当時の思惑に反し長続きすることになったと振り返っています。

記事は、制度設計の責任者のバーネット氏自身が2004年に行った「このように長期間にわたり継続されることは想定外である。・・・イングランド地域にとって不公平な制度になってしまった。・・・その後の政権がスコットランドの反発を恐れて対応を怠ってきた。」との発言を引用して政府の「怠慢」を指弾しています。

一方で、記事は「イングランド」対「スコットランドなどの他の地域」という対立軸とは異なる視点も呈示しています。実は、イングランドとその他地域の差異以上に、イングランド内の9つに細分化された各地域とスコットランドなどの他の4地域との差異が拡大している事実も紹介しているのです。例えばイングランド内で経済的に最も恵まれているイースタン地域は6,144ポンドとスコットランドの水準を2,500ポンド近く下回っており、更に交通混雑が激しくサービス負担の水準が重いとされるサウス・イーストは6,304ポンド、イースト・ミッドランドは6,491ポンド、サウス・ウェストは6,677ポンドといずれもイングランド全体の平均を大きく下回っていることを指摘しています。イングランドの中で、ノース・イーストとロンドン地域だけはスコットランド並みの公共支出を確保していることも紹介しています。

そしてこの行政サービスの格差は、イングランドとスコットランドなどの境界地域の地方自治体に居住している人々にとっては鮮明に意識せざるを得ないものとなっている事実も紹介しています。スコットランドとの境界のイングランド寄りの地方自治体のバーウィック・アポン・ツウィードで2008年2月に二つのアンケート調査が行われ、いずれのアンケートにおいても住民の多くがスコットランドに属することを希望するという結果が出た事実も紹介している。大学の学費負担の差異と老人ケアのサービス負担の差異により、境界付近の住民に引越しを決意させスコットランドへの移転を促している事実も紹介しています。学術的な言い回しをすると、いわゆる「足による投票」です。

行政サービス格差の事例として、ウェールズの事例も引いています。ウェールズの看護士の給与引き上げ額(2.5%)がイングランド全土のそれ(2%)を上回っていること、薬の処方箋が前の年から無料になったこと、年金生活者と障害者がバスにただで乗れること、16歳以下の子供であれば無料の水泳レッスンを受けられること、地元で勉強するウェールズの学生には年間上限1,890ポンドまでの授業料補助があること、などを例に上げています。

これらの批判に対して、スコットランド側の受け止め方も紹介されています。勿論イングランドと比較して1,500ポンドもの上乗せサービスを受けていることを意識しての反論だ、と断りながらも、「イングランドがスコットランドに補助金を与えているという考え方は誤っている。スコットランドの老人はイングランドに比べてそれほど恵まれているわけではない。」とのスコットランド老人支援団体の責任者の声を紹介しています。

多方面の見方を紹介しながら、記事は更に、根源的な問に対する答が見出せないとしています。その根源的な問とは、「スコットランドがイングランドよりも多くの公的資金を配分される理由」です。

たまたま現労働党内閣の現首相と現財務大臣の二人とも選挙区がスコットランドであることがイングランドの納税者の先入観を掻きたててうるという見方を紹介しながら、実際に2007年の国会審議の一こまとしてイングランド出身のある国会議員が、「首相の選挙区の住民が薬の処方箋が無料なのに、それが有料の我が選挙区民はより多くの税金を負担しなければならないのでしょうか」との質問をブラウン首相にぶつけている事例も紹介しています。

2008年の3月の閣議の中で、イングランド出身の閣僚がバーネット・フォーミュラの見直しを主張したのに対し、スコットランド出身の閣僚は現状維持を主張するといった議事録の存在を、保守党の影の内閣の財務大臣であるジョージ・オズボーンが暴露するなど、政府内で見解の相違があることを記事は紹介しています。

一方で、スコットランドの独立を主張しているスコットランド国民党(SNP)は、スコットランドの財政面の完全独立を主張していますが、それを支える財源として北海油田収入をカウントしています。しかしそのSNPも北海油田収入がスコットランドのものにならない場合は、バーネット・フォーミュラに固執するという見方も伝えています。

結局のところ、焦点は北海油田収入ということになります。しかし政府に入り北海油田収入もイングランドからスコットランドへの「補助金」には及ばないという見方と、石油会社から入る税金を含めると「補助金」を上回るという二つの試算があることも紹介しています。

納税者同盟会長の見解は手厳しいものがあります。「イングランドの納税者が自分たちは受けられない水準のスコットランドの行政サービスに補助金を出していることは間違っている。スコットランドが追加的な行政サービスの水準を望むならば直接自分たちの負担で実施すべきである」という指摘です。

記事は、与党労働党の前の閣僚の「この問題はある時期に正面から取り組まなければならなくなる」との発言を取り上げつつ、以前この議員がバーネット・フォーミュラの見直しを提案した(これに併せてスコットランド選出議員がイングランドのみに関係する事案への議決権を制限する提案も行った=いわゆる「ウェストロシアン・クエスチョン」)際に、これが政府によって押し止められた経緯も紹介しています。

記事は、この議員の「英国内の地域ごとにバイアスの無い制度が必要だとし、財源は純粋に行政需要に応じて配分されるべきことを強調している」、を紹介しています。

記事は最後に、スコットランドとウェールズの住民サービスが充実すればするほど、イングランドに住む人の心の中で、この問題が持つ意味の重要性が高まってゆくことになると結んでいます。

ところで、以上の記事は、現時点の英国、特にイングランドの住民の気持ち、雰囲気をよく伝えていると言えます。私の事務所にも、英国人の現地職員が数人いますが、彼らにこの記事の内容について感想を聞いてみると、イングランドに居住する者としては、負担に見合う行政サービスの面で割りを食っているという意識が非常に強いことをひしひしと感じます。

しかしそれでも政府が正面からこの制度の見直しに取り組む姿勢を見せない理由は何なのか、バーネット・フォーミュラにまつわる歴史を紐解くことでその本質的な問題が探れると思っています。

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