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May 18, 2008

英国からの一時帰国時の故郷再発見

一時帰国で安曇野市内の有料老人ホームに入居している父親の見舞いをし、ホームの皆さまにお礼を申し上げ、併せてホーム運営上の課題などについて施設長の奥村真治氏からお話を伺う機会がありました。

入居希望者の待機待ちが大変多い中にも拘わらず、施設の設置がなかなか進まない事情などもつぶさに伺えました。入居者に無理のない負担で施設を設置し運営していくには、現在の公費助成の枠組みは非常に制約が多いこと、一般的には施設で働く人の転職率が非常に高く要員確保に苦労すること、しかしこの施設では入居者と家族のような接し方を図り施設内で一種のコミュニティ意識を醸成し介護士などの士気を高めて定着率を高く維持できていること、などのお話を伺えました。奥村さん自身は山が好きでこの地域に移り住むことになり、福祉ボランティアの延長線上で現在の仕事に従事するようになったとのことです。いかにも世話好きな人柄のよさそうな方でした。私自身は、少し前に、藤沢市の施設やスウェーデンの高齢者向け居住施設を見せてもらった経緯もあり、それとの比較などもできました。

ところで、こうした施設への入居者の中には、大きな家を持ちながらそこを空家にして入居する人も多く、施設入居の負担と家の維持費の負担の二重の負担でキャッシュフロー確保が厳しいケースがままあります。一方で、安曇野のこの地域も新しい小さな家が随分と建てられています。古い伝統的な大きな家が高齢化で住む人がいなくなり、その脇に乱立する分譲住宅の群れを見る度に、高齢者の住宅資産と若い家族の居住需要のマッチングがうまくできないものかと切歯扼腕の思いがしてきます。国土交通省などが何か考えているかもしれませんが、古い家を外観を十分に生かしながら改造しそれを若い家族に斡旋する、それにより生じたキャッシュフローにより、お年寄りが身体能力の低下に応じた必要十分なコンパクトな居住環境ないし有料老人施設への移転を容易にする、といったシステムを考えていくべきではないかと思われます。そうすることで若い世代の農村への移転環境も整備されます。英国では中古住宅の市場がしっかりとしています。

幸い安曇野市はそのようなマッチングをしようと思えば出来る需要と供給は十分にありそうです。地元自治体が協力し、民間セクターと共同でこうした仕組みのシステム化を図れば社会的信用度も増します。親の見舞いに来て、ホームの運営責任者の方との間で思わぬ政策論に話が弾みました。

見舞いを終えて実家に戻り、父親の書斎の机に座り、今は意識が緩んでしまっている父親が昔取り揃えた本などに目を遣りながら一冊の本を何げなく手に取りました。「務台理作と信州」という南安曇教育会が発行している非売品の本です。務台理作先生は安曇野が生んだ哲学者で、地元で大変敬愛されている方です。その先生が、信濃教育会雑誌の「信濃教育」に掲載した往時の論文をまとめて掲載した本でした。

私は、その中で、哲学の根本的な対立である「理性の哲学」と「危機の哲学」の対立に焦点を当て論考をされているものを読んでみました。カント、ヘーゲル、マックス・シェーラー、パスカル、ヤスパース、などの先哲の議論を紹介した後、時代の危機を十分に認識しながらそれを貫くべき指導原理を示した哲学者としてフィヒテのことを紹介しておられました。

フィヒテの1808年のエランゲンの大学での連続講演の一つ、「ドイツ国民に告ぐ」という講演は、非常に熱烈なもので、そこで述べられた危機の思想とそれに基づく教育思想は、務台理作先生がこの論考を書かれた1935年当時の日本の状況の中で大いに参考となるものとして紹介しているのです。

さて、フィヒテがエランゲン大学で公開講演をしていたこの時期、ドイツはフランス軍に侵入され、エランゲンの町もフランス軍の占領するところとなっていた時期なのだそうです。その最も危険な状態の中で行われたこの講演の中で、フィヒテは、当時のドイツ国民が道徳的堕落の淵に陥り、全ヨーロッパの風潮とともに極端な利己主義に毒されていることを述べ、特にその著しい道徳的頽廃を摘発し、これがフランスに対するドイツの敗因なのだと指摘したのだそうです。そしてこれを根底より救済するものは、ドイツ人の強固にして最も善良な意志を与える教育の力に待つより路はないと主張したのだそうです。そしてこれをドイツ国民全体に告げ、道義心を鍛錬し、真に国民的文化を創造する純粋なる精神、勇壮なる意思を奮い起こすことであらねばならぬ、と指摘したのだそうです。

務台理作先生は、哲学と教育は深い結びつきを持つものであるとの認識から、このフィヒテの講演のことを当時の長野県教育関係者に紹介したのですが、振り返って現在の日本はどうでしょうか。1935年当時は、美濃部達吉博士の天皇機関説が反国体的と糾弾されるなど、軍部が台頭し動乱の時代であったはずです。こうした危機の中で、改めて教育思想の重要性を語っている先生の思想は、そのまま今日の世相にも当てはめることができそうです。

フィヒテのような「道義心」、「純粋なる精神」、「勇壮なる意思」などというと、何やら物々しい響きがありますが、今風の言葉に直すとすれば、「正義感」、「おもいやり」、「勇気」といった言葉に置き換えられるもかもしれません。学力水準の問題は置いておくとして、学校でのいじめ、電車の中でお年寄りに席を譲らない子供たち、悪い行為に対する見て見ぬふりなど、おそらく当時より事態は深刻度を増しているのかもしれません。

日本が世界の中で委縮していると言われる今日、将来に向けての国土発展の鍵は、やはり長期的視野に立った教育の在り方に規定されることは間違いのないことのように思われます。私が現在居住する英国でも教育の危機が叫ばれ続けています。日本も同じです。そして、日本の、それも自分自身の郷里の哲学者の昔の論考に、今日的視点から見ても全く新鮮な内容が記されていることに、一筋の光明を見い出せたような気がします。

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