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May 05, 2008

これが本当の「フィッシュ・アンド・チップス」

事務所業務の一環で英国各地の地方自治体を訪問することがままありますが、スコットランドの自治体訪問も少しづつ実績を積み重ねています。

スコットランドは現在一層制の自治体制度になっており、スコットランド政府のもとに32のユニタリー自治体と呼ばれる地方自治組織があります。英国に赴任して10か月ほどになりますが、これまで、スコティッシュ・ボーダーズアバディーンアーガイル・アンド・ビュートグラスゴーの4自治体を訪問することができました。

スコットランドを訪問する前は、イングランドに比べて恵まれていない地域だという先入観がありましたが、訪問回数を重ねれば重ねるほど、その認識が誤りであり、豊かな自然環境、強烈な郷土への誇り、自立心の強い考え方、経済的な潜在能力の可能性をひしひしと感じます。そして何よりも自分自身の頭でものを考える気風があるということに強い印象を覚えます。

それでも、4月の中旬にスコットランドの西海岸に位置し、長い海岸線と多くの島々を擁しながらも人口は91,000人と少人数のアーガイル・アンド・ビュート(Argyll and Bute)を訪問した際には、地理的ハンディキャップの故に地域づくりに苦労しているだろうな、と想像しながらの訪問になりました。しかし、この自治体の事務総長のジェームズ・マクリーラン(James McLellan)氏に紹介された地元のコミュニティ活動家のクリスティーナ・ノーブル(Christina Noble)女史のお話などを伺うにつれ、実際にはコミュニティレベルの底力が溢れているのを実感しました。Rimg1213

ノーブルさんには、先ず地元のオイスター・バーに案内されました。ファイン湖(Loch Fyne)という氷河が削ってできた汽水湖の畔にあるケルンドウ(Cairndow)という地域にあるこのレストランは、ノーブル女史のお兄さんのジョニー・ノーブル(Jonny Noble)さんが創立したのだそうです。残念なことにお亡くなりになったお兄さんは、美しく肥沃なこの湖の資源を活用し、カキ養殖を思い立ち、それが成功し全国のレストランに出荷するとともに、1988年にはこのケルンドウに元の牛小屋を改築しカキレストランを開いたのです。最高の品質を誇るここのカキは評判を呼び、Loch Fyne Restaurants
という名前のカキレストランが、今では英国全土に38店あるのだそうです。

私もこのレストランでカキを食味しましたが、新鮮な生ガキは、英国に来て最もおいしいと感じた料理です。ノーブルさんにはカキとムール貝の養殖場も見せていただきましたが、自然環境との調和を留意した気の遣いようが伝わってきました。History
Rimg1210

ノーブルさんの一族はこのように地場産業を振興し地域の経済的自立を目指してきたのですが、彼女はそれに加え、地域の人々の活力を引き出すための仕掛けを組み立ててきていることも教えていただきました。「Here We Are:HWA」という組織を通じ、地域の人々の地域活動への参加を促し地域への誇りを作る活動をしているのです。HWAの活動を伺うと、目まぐるしく変化する現代社会の中で小さな農村のコミュニティが自分たちのよって立つ基盤を大切にしながら生き延び術が示されているように思えてきます。

「Here We Are」というこの活動の名前自身が活動の理念を示しています。「その地域にいる人々(people in a place)」こそが大事であり、地域の人びとの力を引き出すことこそが活動理念なのです。

そのような理念に基づき始めた活動がなかなか面白いのです。先ず、地域の記録、写真、物語などを集めて地域の歴史を検証することから始めたのです。それにより現在までの地域の変化が分かり、次の段階として将来この地域をどのような姿に持っていきたいか考え始める、ということになる、と言うのです。その次に、それを実現する手段を考える。その過程で、自分たちが本当に大事にすべき価値が何であるかを発見し、そのことが自分たちの祖先、そして自分自身がこれまで地域社会に対して貢献してきたことに対する自信と誇りを芽生えさせる、という発想の好循環を想定しています。日本で言う「温故知新」です。

実際にこのセンターを訪問すると、会議室のようなスペースは地域の昔を振り帰る写真で溢れていました。人びとの自分の故郷に寄せる温かい思いが伝わってきます。現在の暮らしを豊かにするための地域活動の種類もとても豊富です。湖に生息する生物を集めた小さな水族館、市民講座、地元自治体の行政サービスの窓口機能など情報量がとても豊富なのです。ニューズレターもコミュニティ活動の楽しみを引き出すのに役立っています。

その上で地域の人々には、コミュニティに必要なものは何か、自分の子供たちが先祖について何を知っているのかを、問いかけています。要は、主体的に考えてほしいということを言っているのです。

HWAの凄いところは、地球的視野でコミュニティづくりを考えてしまっているところ。つまり、地球環境保全を地域コミュニティで考えるというものです。その手法が奮っています。エネルギーの自給です。二酸化炭素排出を抑え地域でエネルギーを自給できないか、方策を探っています。太陽光、風力、小規模水力などについてフィージビリティスタディーを行った末でたどり着いたのが、地元産の木材を活用するバイオマス熱源利用でした。

たまたま地元に、Lakeland Smoltsというノルウェーの企業が鮭の孵化場を持っているのですが、HWAとの間で、温水供給に重油を使っていたのを木材チップに代えることに合意し、地元産チップの安定需要者確保ができたのです。私たちも実際にこの孵化場を見せてもらいましたが、地元出身の若者が、とても丁寧に熱意をもって鮭の孵化の仕組みを説明してくれました。この姿にノーブルさんも眼を細め、「この若い人には初めてあったけれども、地元の青年があんなに元気に働いていてくれるのを見るととても嬉しいわ」とにこやかに話してくれました。ノーブルさんの眼差しはとても暖かく、思わずこの地域の女神のように崇めたくなってきました。最近の超原油高でHWAの視点の正しさが再認識されています。Rimg1216Image3361

当然のようにLakeland Smoltsとの提携成功で、HWAの財政は安定しているのだそうです。一般向けのチップ販売も行い将来が楽しみです。もちろんHWAのこの事業には、地元で盛んな木材産業という産業集積があること、専門的ノウハウのあるALIenergyの協力があったという事情があることは確かですが、地域の将来を考えたノーブルさんたちの知恵の勝利であることは間違いありません。

ところで、更に驚いたことに、この会社への木材供給に対してHWAは自らに理念的な制約を課しています。チップの品質保持はもとより、孵化場から半径30マイルの範囲で産出した木材しか提供できない、というものです。長距離輸送に頼る木材チップの提供は、環境に優しくなく、サステイナブルではない、との理由です。木材自由化で、日本の山林を荒廃させつつ外国から安い木材を重油の大量消費により輸入している日本のビジネスモデルとは大違いです。貿易自由化を錦の御旗に押し進められてきたこれまでの市場経済化も、地球の将来を考えて少し考え直した方がいいかもしれません。

ところで、この訪問には、笑い転げたオチがあります。鮭の孵化場で木材チップが使われている、つまり、これが本当の「フィッシュ・アンド・チップス」という話をノーブルさんから伺ったのです。高貴な名前(ノーブル)なのになかなかユーモアのある方なのです。

現在、原油価格高騰で四苦八苦の日本ですが、私には、原油が高くなればなるほど、日本国内の地場産業振興のチャンスが増えると考えるべきだと思えてなりません。「ピンチはチャンス」のヒントがスコットランドの小さなコミュニティの取組にあるのです。実際のところHWAは、自分たちのフォーミュラ(手法)を他の地域に拡大し、サステイナブルな地球環境形成に役立ちたいと考えているのです。実践に裏付けられた自負心に、スコットランド人万歳と叫びたくなりました。


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