英国の詐欺的商法対応
過日知り合いの大学の教官から、詐欺的な電話やメールに関する生々しい話を伺いました。
以下その内容を紹介します。
・家にいたら、「総合管理センター」と名乗る女性のオペレータからの電話。いきなり「少し前に高額なおふとんを購入されましたよね」ときた。もちろん思い当たる節はないのだが、ピンと来たので「すみません、ちょっとそういうことは、女房でないと分らないんですが。あいにく今出かけていて。」と応じてみた。すると、オペレータは、そそくさと話を切り上げて切ろうとするので、「もうすぐ帰ると思いますし、何なら折り返させますが。」と言うと、「こちらの電話は発信専用なので、折り返されても応答できないんです」とおっしゃる。「じゃ、メモとりますから、お電話番号は?」と畳み掛けると、「また、ご連絡しますので、結構です。」と早く切りたい様子。「せっかくお電話いただいたのに申し訳ありません。本当に折り返させなくていいんですか?」と食い下がってみたが、言葉遣いはあくまでも丁寧ながら、最後は一方的に電話を切られた。もちろん、ほとんど詐欺的なセールスの電話である。狙いは、高齢者、特に単身の方々なのだろうかと思う。自分の両親や、伯父伯母たちも、それぞれ一人や二人だけで生活していることを考えると、こういう電話があったら危うそうな気もするし、決して他人事ではない。
・携帯にこんなメールが来てい た。「(株)セントラルサポートの白石と申します。お客様がご使用中のPC・携帯電話より以前登録された総合情報サイトから、無料期間中に退会処理がとられていない為に登録料金、延滞料金が発生しており現状未払いとなっております。このまま放置してしまうとお客様の身元調査後、ご自宅やお勤め先への回収業者による料金回収となります。そのような手続きを行いますと調査費用、回収手数料などはご利用規約どおり全額お客様負担となります。もし調査前段階の現状の額面にて事前に処理をご希望であれば、明日の正午までにご連絡をください。TEL 03-****-**** 受付時間 午前9時30分〜午後6時 (休業日 土曜・日曜・祝日) 担当、白石。尚、ご連絡をいただけない場合は明日の正午より手続き開始となりますので御了承下さい。ご連絡お待ちしております。」 これは架空請求のメールで、どうやら以前から同じ名前で活動しているもののようだ。もちろん、放置でよいのだろうが、警察に通報もしておいた方が良いのだろうか、などとも考えてみた。実は、以前、身内でこれに近い話でお金を振り込んでしまった例があって、本人が大分しょげているのを目の当たりにしたことがあるが、世の中には、気の弱い人も多いのだろう。無差別にダメ元で無数の脅しをかければ、そこそこの身入りがあるということのようだ。
・気になったので某警察署に電話をかけてみた。何でも、最近、携帯電話に電話番号だけで長めのメールを送れるようになってから、この手の架空請求が増えているそうだ。とにかく、「絶対にメールに応じて電話をかけないでください」という話だった。電話をかけると、相手方にこちらの電話の情報がわかり、そこからいろいろと先方へ個人情報が渡ってしまうことになるようだ。考えてみれば、もっともな話だ。しかし、こうしたメールを送っただけでは(形式的にはともかく事実上)犯罪にはならず立件できないというのは、実にもどかしいと思った。
以上の大学教官の生々しい事例を引き合いに出すまでもなく、日本の新聞を読んでいると、日本国内の治安が悪化の一致をたどっているように思えなりません。3月31日の読売新聞の特集でも、多くの日本人が自分自身が犯罪被害者になる恐れを抱いているとのアンケートが掲載されていました。
特に高齢者などを狙った「詐欺や悪徳商法」、「ピッキングや空き巣」などの被害者になる不安が多いとの結果が出ています。世界に比べ「治安のよい国日本」という旧来の日本のイメージは大きく揺らいでいるようです。日本人の倫理観も地に落ちた感すら漂います。
残念ながら筆者の周辺にも判断力の衰えた高齢者を狙った詐欺的事案による多額の被害を受けたものが少なからずいます。警察当局の「民事不介入の原則」という消極姿勢もあり、事案に対する当局の対応の腰の重さにひどくもどかしい思いをした経験もあります。後期高齢の両親を故郷に残している身としては、大いに気になるところでもあります。
ところで、英国でもやはり同様の事案があるようです。過日ロンドン近郊の町の鉄道の駅で、「Don't let them con you」という表題のパンフレットが目に付きました。それを見ると、高齢の女性が写真に写り、1万ポンドを搾取された被害者だと訴えかけていました。やや恍惚とした感じの80歳のおばあさんですが、この人に加害者は儲け話を持ちかけまんまと資金を騙し取ったのです。
このパンフレットは、安易な話にだまされないようにとの警鐘パンフレットなのですが、それによると毎年数百万人もの人が詐欺的商法により騙されてお金を取り上げられていると書かれていました。その被害の全体像がどのようなものなのかは分かりませんが、生き馬の目を抜く雰囲気のある英国では相当の被害が出ているに違いないと思われます。とにかく僅か一年足らずの滞在の間に、私自身がロンドン中心部のきちんとしたレストランで鞄の中から財布を抜き取られたくらいですから。
その一方で、危険度が高い分だけ、それに対する英国の備えというか、対応の仕組みは充実しています。私が遭遇した事案における警察の対応も、警察署の窓口でパソコンのデータベースに入力し犯罪証明を出し、即決でした。外銀系のカード会社の対応も非常時の対応に似つかわしく迅速で、カード再発行も3-4日のうちには完了です。日本のカード会社は、停止手続きは即時でしたが、再発行には時間がかかり、盗難から1ヶ月以上たってもまだ再発行が叶いません。日本の銀行の窓口対応も、顧客が非常時にも拘らずゆったりとしたまどろっこしい対応も気になりました。
ところで、上記のパンフレットの中に、「コンシューマー・ダイレクト」という政府が資金を提供して運営している機関の紹介がありました。この啓発パンフレット自体はその機関を所管する公正取引庁の発行によるものです。
「コンシューマー・ダイレクト」のサイト・マップを見ると、知りたい情報が分かりやすく紹介されています。騙されそうな手口とか騙そうとする相手の狙いなどが克明に書かれています。検索機能ももちろん付いています。予めきちんとこのようなものを読んでおけば被害者も相当減少するのでしょうが、そもそも高齢者はサイトにアクセスすることすら出来ないのですから、問題は深刻です。
いずれにしても英国ではこのような一般の人の弱みに付け込んだ詐欺的商法に対する制度上、運用上の対応が一応出来上がっているという点では、日本よりも一歩も二歩も進んでいるように見受けられます。こういう仕組みの検討も今後のわが国には必要です。多くの高齢者で泣き寝入りしている人が日本では非常に多いように思われてなりません。
しかし、性善説により物事が運営される仕組みを、性悪説に基づき改正するとなると、現在の制度設計が180度転換します。そのためには莫大な費用もかかります。しかし、残念ながら、市場経済化の流れの中での社会の流動化は、好むと好まざるとに拘わらず社会制度の在り方の変革を迫っています。古い観念(「民事不介入の原則」など)に縛られたまま手をこまねいたままで弱者向けの手立てを本格的に講じないと、過渡期の犠牲者が増えることになります。
The comments to this entry are closed.
Comments