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February 03, 2008

英国グラマースクールで日本語を教える日本人教師

英国の公立中学校には、小学校の卒業生を原則無試験で入学させるコンプリヘンシブ・スクールと呼ばれるものと、選抜試験を実施し成績上位の者を入学させるグラマー(grammar)・スクールと呼ばれるものの二種類があります。

公立中学校の殆どはコンプリヘンシブ・スクールなのですが、全国に164校と少数ながらもグラマースクールも存在しています。何故少数かと言えば、1965年と1976年の制度改正によって、多くのグラマー・スクールがコンプリヘンシブ・スクールに統合されたからです。当時の労働党政権の教育政策の結果ですが、小学校卒業時点での選抜制度は早すぎ、エリート主義を助長するという考えに基づくものでした。これに対して保守党は、保護者の学校選択の多様化を認める観点からグラマー・スクールを積極的に評価しています。

現在残っているグラマー・スクールは、実は当時の制度改正に対する個々の自治体や学校の抵抗の「生き残り」なのです。

このグラマー・スクールの教師の日本人女性と偶然ご一緒する機会がありました。2月2日に、ロンドン市内のサウスケンジントンのインペリアルカレッジで、国際交流基金主催の「大学生のためのスピーチコンテスト」があるということで、ニューカッスルからの出張の帰りに遅れて駆けつけた会場でお会いしたのです。

櫛田由紀さんという女性教師の方ですが、”Chatham Grammar School for Boys”というMedway市にあるグラマー・スクールの先生をなさっておられ、現在はリーズ(Leeds)大学の学生で日本語と哲学を専攻している教え子のMichael Downey君がコンテストで決勝に勝ち残り、彼の発表があるということで応援に駆けつけていたのです。

遅れて駆けつけた私は、「日本人独特の思いやり」という題の彼のスピーチを聞き逃してしまいましたが、スピーチが終わり発表までの間に櫛田先生にご紹介され、Michael君とも話ができました。評点をつけるジャッジから、「豊かさと幸せの関係如何」という質問があったのだそうですが、「質問の意味がよくよく理解できず、受け答えが不十分であった」と少し気落ちしていました。

私からは、それならば、東大の神野直彦教授が、最近その質問にぴったりの答えのような評論を書いておられるので、後で送ってあげるよ、と申し上げました。これは「生活経済政策研究所」発行の雑誌に書かれているものであり、「誰をも不幸にする豊かさ」という表題の文章です。

その概要は、以下の通りです。
・豊かさと幸福との関係には「イースタリンの逆説」が妥当し、一定水準の豊かさに到達すると豊かさと幸福との間には関係がなくなる。
・豊かな者をより豊かにすることを目指す経済政策を正当化する背後理念はトリクル・ダウン効果(trickle-down effect)である。豊かな者がより豊かになればその富のおこぼれが貧しい者にまで滴り落ちるという理論である。
・しかし、アダム・スミスやリカードがトリクル・ダウン効果を説いた時には、富は使用されるという前提が存在した。しかも人間の欲望には限度があるという想定があり、豊かな者がより豊かになれば、使用人の報酬を引き上げるなどというトリクル・ダウンが生じると考えた。
・ところが、現在では富は使用されるために所有されるのではない。富を所有することで人間を動かそうとする。つまり、権力を握るために富は所有されるために、トリクル・ダウン効果は生じない。
・「イースタリンの逆説」からいって、日本のような一定の豊かさを実現した国では、豊かな者がより豊かになっても、幸福にはならない。そうだとすれば、豊かな者をより豊かにする経済政策は誰も幸福にはしない。

Michael君は、その評論を是非読みたいのでよろしくお願いしますと言ってくれました。とても丁寧なまるで昔の日本人のような印象を持ちました。櫛田先生の話では、ギャップ・イヤーを活用し、日本に滞在したことがあり、その折に寺に居候し、四国の巡礼の道を辿ったことがあったのだそうです。その彼が、現在は日本研究で有名なリーズ大学で日本語と哲学を勉強しているのです。

さて、スピーチコンテストの結果ですが、日本語を専門に勉強している学生とそうでない学生を分けてコンテストが行われましたが、結果は、何と、Michael君が優勝でした。優勝の挨拶の中で、「ご静聴ありがとうございました」という言葉には思わず笑ってしまいました。一方、私の隣で心配そうに眺めていた櫛田先生は発表の瞬間、飛び上っていました。私も思わず、先生と握手をしてしまいました。Michael君のご両親もお見えでしたが、櫛田先生と抱き合って喜んでおられました。Rimg0795

その櫛田先生は、英国の教員免許を取得され、Chatham中学校で日本語を教えているのだそうです。学校のホームページを見ると、確かに学習教科として日本語と書かれています。櫛田先生のお話では、中等学校修了一般資格であるGCSEの成績には日本語は関係しませんが、Chatham中学校も実施しているその後のシックス・フォームと呼ばれる義務教育後の過程で取得する大学入学資格であるASレベル、Aレベルと呼ばれる資格では、日本語履修の成績もカウントされるのだそうです。

いずれにしても、櫛田先生が、校長先生をしっかりと日本ファンとして取り込み、日本の学校との生徒同士の教育交流も盛んに行っているのだそうです。実は今回の櫛田先生との縁も、昨年Medway市にお邪魔し、市の当局者との縁ができたことが発端になり、その市の当局者から話を聞いていたということで櫛田先生の側から話しかけてこられたものでした。

JET事業の推進を行っているわが事務所の立場としても、将来の英国を担う若い世代に日本への興味を持っていただき、ひいては将来JET事業に参加していただくことにつなげていくことは重要な任務です。

私の方からも、学校行事に協力できることがあれば何でもおっしゃってくださいと申し上げました。近くにいた大使館の水鳥公使やJALの岡田支店長にも声をかけ、それぞれの観点からグラマー・スクールに出前講座で出掛ける協力をすることになりました。

櫛田先生の話では、若い生徒の日本語熱は物凄いのだそうです。理由は、アニメや漫画、DVDによる映画。北野タケシ監督の映画は生徒の中で幅広く鑑賞されているようです。残念ながら「源氏物語」や「枕草子」に興味を持って日本語に入り込んでくるのではないようです。しかし、きっかけはともかく、入り込めばしめたものです。

中国や韓国は、英国においても語学をはじめとしてそれぞれの国の文化を売り込むのに物凄い人的財源的資源を使っているという話をつとに伺います。日本の場合は、残念ながら、緊縮財政の影響は、日本語の普及、日本文化の紹介の分野にまで及んでいます。長い目で見て効果の出る国際戦略は、どうも日本は不得意なのではないかと思ってしまうこともありますが、少なくとも、櫛田先生のように一人で頑張っている方々のバックアップを、我々なりにしていくことは最低限必要です。

まず隗より始めよ、ではありませんが、私が”Chatham Grammar School for Boys”を訪問し、自分の話せる日本のことを若い諸君にしてみようと思っています。英国版、「出前講座」でしょうか。日本にいる時に、母校の高校で、卒業後30年を記念して押しかけ出前講座を実施したことがありましたが、実現するとそれ以来のことになります。思えば、公立進学校であったわが母校の松本深高校も、英国に置き代えると、グラマー・スクールのような位置づけになるのかもしれません。


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