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February 11, 2008

ウェールズの炭鉱「Big Pit」で思った夕張炭鉱

2月7日にウェールズでわが事務所主催の日英交流セミナーを開催しました。今回のテーマは「自治体の地域再生への挑戦」と題し、経済的に苦境に陥った地域再生の取り組みを日英間で比較し相互に情報共有を図るという趣旨です。

英国側の事例発表は、産業革命以降、鉄鋼業と石炭産業で隆盛を極めその後の産業構造改革の中で塗炭の苦しみを味わい、その後地域再生を果たしつつあるウェールズの取り組みについて、ウェールズ政府、カーディフ市の幹部からお話を伺い、併せて苦境のウェールズにいち早く進出し地域経済に大きな根を張っている日本企業のパナソニックからも企業の立場からお話を伺えました。

我が国の地域再生政策と事例発表は、我が事務所側と東大の中村尚史準教授でした。中村先生は鉄鋼産業で隆盛を極めた釜石の衰退とその後の地域再生に向けた取り組みのお話をいただきましたが、ウェールズの置かれた環境に類似した事例であるだけに、出席者は日英両国に共通する課題認識を再確認しました。

このセミナーの模様は、ビデオに収録し、後日事務所のホームページに掲載するることとしており、関心のおありの方は是非ご覧いただきたく存じます。PUBLIC-IというIT会社のノウハウを活用したもので、英国では自治体の住民向け情報提供の手法として最近よく使われているものです。こうした手法の紹介自体が英国の現状説明になると思われます。

さて、ウェールズはそれこそ産業革命時に世界の産業を引っ張った地域でありましたが、その中でも当時のエネルギーの中心であった石炭を産出したウェールズは隆盛を極めました。一時期は600もの炭鉱がウェールズにあったのだそうです。今回のセミナーは結果的に旧産炭地域の再生事例発表にもなりました。

ちょうど1年前の2007年の冬に、私は夕張炭鉱を訪問する機会がありましたが、カーディフを訪問した以上は是非ウェールズの炭鉱を訪問したいと考え、カーディフ当局者にお願いし、”Big Pit”と呼ばれる大規模な炭鉱を訪問することができました。3_2

1860年に最初の本格稼働が始まったこの炭鉱が”Big Pit”(「大きな縦坑」)と呼ばれる理由は、石炭運搬用の軌道車が移動するのに十分な直径の採掘坑であったからなのだそうです。最盛期は1,122人の労働者を抱え、1980年の廃坑まで120年間続いた炭鉱なのです。
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ぼた山が沢山あることから、この地域が炭鉱であったことはすぐにわかります。採算が合わなくなり閉山したものの、この地域の石炭は燃料として質の高い石炭を産出し、埋蔵量も多いとのことだそうです。そう言えば、日露戦争時に、日英同盟下にあった英国政府は、このウェールズの石炭の対ロシア禁輸措置をとっただけではなく、ニューカッスルで製造された船艦「三笠」などの大日本帝国海軍の艦船の燃料用としても提供したのだそうです。

地下の坑内の石炭層の石炭は、手に取るとサラサラで、いかにも燃焼力が高そうに感じられました。坑内を案内してくれた元坑夫の英国人の話でも、ここの石炭はゆっくりと燃焼する家庭用の石炭とは違い、激しく燃焼する石炭であり、主として産業用に使われた品質の高いものであった、との解説がありました。

閉山して3年後の1983年に、この炭鉱は、産業博物館として蘇りました。ウェールズ政府の肝いりのこの博物館は、入場料は無料です。縦坑を当時のままのエレベーターで地下深く(90メートル)まで下ります。ランプ付きのヘルメットを頭に、バッテリーと非常用酸素マスクを腰にくくりつけ、重装備で地下深くに下るのです。

採炭技術の進歩に合わせた地下の炭鉱遺跡を順に回るのです。狭い坑道から比較的広い坑道まで、様々な坑道があります。地下の馬小屋も壮観です。一時期は80頭の馬がいたのだそうです。馬は4歳から13歳まで地下で働いたのだそうです。

最初の頃は子供の労働も当たり前で、家族が一緒に地下労働に従事していたのだそうです。体の小さい子供は地下労働に適していたのかもしれません。1日12時間働き、日曜日だけ読み書きを勉強する機会が与えられた、との解説でした。ロウソクを頼りの時代、地下深い炭坑内でロウソクが消えたらどうなるか、という体験実験もありました。漆黒の闇、というのはこのようなものか、というほど何も見えません。そのような中、当時の子供は炭鉱労働に耐えたのだ、という話には実感がこもります。

馬と一緒の地下の生活は厳しく、馬も人間も眼と肺を患うケースが多かったようです。ネズミとゴキブリが非常に多く発生し、それを駆除するために犬のテリヤも地下にたくさん入れたのだそうです。

私たちのグループにはドイツから来たという子供もいました。Rimg0819
ニュルンベルグから来たという子供でしたが、どうやらこうした産業遺産を巡るツアーシステムが出来上がっているようです。「欧州産業遺産の道」(European Route of Industrial Heritage ERIH)というサイトを見ると、欧州で訪問すべき産業遺産が非常に興味深く並べてあります。このドイツ人の子供も、このサイトを辿ってウェールズまで来たのかもしれません。因みに、Blaenavonと呼ばれるこの地域は、世界遺産にも登録されているのです。

ところで、一年前に訪問した夕張ですが、夕張の石炭博物館である「石炭の歴史村」の展示の仕方にも更に工夫の余地があるように思えます。〝Big Pit″は展示が本物だけに大人が見ても見ごたえがあるし、子供には圧巻だと思います。自分たちと同年齢の子供がそう遠くない時代につらい労働を当たり前のようにしていた歴史的事実は、現代の子供の脳裏に何かを残すのではないかと感じられます。"Big Pit"は基本的に操業当時の姿をそのままにしながら、内部の改装で展示機能を高めるという手法です。

衰退を単に嘆くのではなく、過去の歴史を紐解いて新しい視点で苦境を乗り切るヒントが、”Big Pit”にはあるように思われます。夕張の皆さん、夕張を応援する皆さんの訪問もお勧めしたいと思います。

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