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January 27, 2008

地域の脆弱性を学校が中心となって克服し教育効果を上げるマンチェスターの中学校

マンチェスターにおけるもう一つの訪問先学校はNewall Green High schoolでした。マンチェスター市教育行政当局のSean Irving氏によると、この学校の所在する地域は、公営住宅比率が非常に高く、社会的経済的にイングランドで最も疲弊したところであるとのことでした。

そういう地域の学校の水準を高めることは容易ではありませんが、訪問先の中学校はその障壁を見事に乗り越えた実績をあげているということで訪問先として紹介されたのです。

11歳から16歳までの児童生徒911人が通うこの学校は、逆境は意志と努力により克服できるのだということを証明する実績を上げているのです。「英国版プロジェクトX校」なのです。学校玄関の正面の掲示板には、この努力の成果を表示してありました。
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英国の義務教育は無償で提供されますが、給食費はそうではありません。しかしこの学校では44%の児童生徒が給食費免除の措置を受けているのです。そして家庭環境、身体的・学習機能障害などの理由により35%の児童生徒が特別要支援リストに載っているのです。これは英国の平均を大きく上回る数値です。深刻な学習機能障害を有する児童生徒は52名登録され、重度学習機能障害児のためのセンター校としてもこの学校は機能しているのです。

OfSTEDの監査評価でも、この学校は、顕著な実績(outstanding)を上げていると評価されています。もちろん最上級の評価です。しかしそれは絶対水準が高いという意味の評価ではなく、低い水準を引き上げた努力の付加価値が高い点に対する評価なのです。

児童生徒の大多数がこの中学校に入学する時点では学習能力は全国水準を大きく下回る水準にあるのです。それが5年間の中学校生活(5年間は義務教育、後の2年間はsixth formと呼ばれる任意の教育期間)の中で徐々に目に見える進歩を果たすのです。中学校の義務教育期間5年間のうち、最初の3学年はKey Stage3と呼ばれますが、中学入学当初に比べ満足できる結果を上げているのだそうです。しかしそれでもKey Stage3の最終年においても全国平均よりはなお低い水準にとどまっているのだそうです。しかし最後の2学年のKey Stage4になると努力の成果が顕著に現れ、Key Stage4終了時に実施されるGCSEと呼ばれる中等学校修了一般資格の全国学力テストにおいては、全国平均を追い抜く実績を上げているのです。

中学校入学時の水準を大きく底上げすることに成功したこの学校の成功の秘訣は、BBCのテレビ番組でも紹介されたのだそうです。

ヒアリングの中で伺った成功の秘訣かをいくつかあげてみます。

① 教員が個々の児童の状況を正確に把握し、それぞれが的確に個々人の目標に挑戦しえているのか、目標に向かって努力できているのかを確認する作業が行われている。
② 学校では、2000年から特別芸術カレッジ、2004年から科学・数学専門コース、2006年から職業研究コースという3つの特別コースを用意し、それぞれの生徒の進路希望に応じた選択肢の多様性を付与し、児童生徒の達成度を最大化できる仕組みを用意している。生徒はこれにより、将来への抱負を得るのみならず、実際にそれを実現できる道具を手にすることができる。
③ 学校では、生徒が自らの将来に対し高い期待感を抱き、それを実現できるようにそれぞれの目標に向かって自分自身で邁進できる精神文化を醸成する努力をしている。これは学業面だけではなく社会的側面においても同様に行っている。いまだに高いとは言えない不登校児童対策に力を入れており成果は上がっている。そのためのメンタル支援や生徒の安全確保支援にも力を入れている。
④ 学校では、「学習における社会的情操的側面の重視フレームワーク」(Social Emotional Aspect of Learning Framework ;SEAL)と呼ぶプログラムを取り入れ、生徒に責任ある行動、他人への思いやり、地域社会への貢献といった態度を身につけさせようしている。
⑤ 学校は、生徒の全生活面の支援を厭わず行っている。「生徒のことを最もよく知っているのは学校である」という信念に基づき、ベテランスタッフ、学業面や徳育面の専門家、落ちこぼれそうな生徒を支援するスタッフが密接に協働して生徒支援のスキームを作っている。この生徒支援に携わっている関係者の責任感と献身的姿勢により生徒支援は有効に働いている。特に「生徒全面支援学校」(Full Service School ;FSS)と呼ばれる仕組みを作ることで、この支援スキームを機能させている。Lindsey Shaffer氏をチームリーダーとする7人の専門家が、生徒と家族を一体的として考えフルサポートしている。子どもに関わることであれば何でもこのFSSに連絡するれば問題解決を図れる仕組みを構築している。タライ回しはしない。24時間のHelplineと呼ぶ無料SOS電話も用意している。
⑥ 学校は継続的にその実績を評価し、常に改善に向けて前進するというエトス(気風)を構築するようにしている。②にある3つの特別コースを設置したのもその現れだ。

これらの取り組みは、「とにかく学校は子供を大事にしたい(Every child matter.)」→そのためには「子供のことを最もよく知っている学校が、家庭と地域社会を巻き込んで中心となって機能しなければならない」→そのためには「学校理事会、学校長、ベテランスタッフのリーダーシップ、ビジョンの共有、責任ある関与が重要」という論理展開により実現してきているように思われます。とにかく、この地域では、Newall Green High schoolがコミュニティの中心になっているのです。

Ofstedの報告書には、「この学校は地域コミュニティに対して顕著な支援活動を行っている」と書かれています。普通、地域コミュニティのほうが学校を支えると考えるのが当然なのですが、地域コミュニティが疲弊しているこの地域では、学校こそが逆に地域コミュニティの脆弱性を補う機能を果たすというのは、「目から鱗」の感を抱きます。学校に与えられた権限を活用すればそれが実現できるということです。

地域の子供の教育こそが地域社会の存立、将来発展にとって最重要課題であるという確固たる認識のなせる結果だと感服します。この話に接し、社会環境は異なりますが、同様の観念が日本にもあったことを思い出しました。福沢諭吉は「京都学校の記」の中で東京遷都という事態に対処するために当時の京都の町衆が、人材育成を自分たちでやろうと小学校を自分たちで作った記録が書かれています。首都を喪失するという当時の京都人にとっての一大危機に際して教育を危機突破の基本戦略に据えた記録であり、疲弊したコミュニティを抱えるマンチェスターのこの地域の発想との間の思想的類似性を感じ取りました。

さて、実は今回の訪問は非常によくオルガナイズされ、Liz Neesom副校長が全体の進行を取り仕切っていただきながら、30分刻みの日程で、学校の様々な機能についてそれぞれの分野の責任者から入れ替わり立ち替わりで説明をしていただきました。学校概要、特別コースの説明、財務内容、新築中の校舎案内、ハンディキャップを抱えている生徒指導、FSS、SEAL、職業教育といった具合です。とにかく整然として体系的で、3時間の訪問時間は瞬く間に経過しました。学校運営の素晴しさが、訪問者への対応の有り様からも感じ取られます。どんなこともおろそかにしない。一期一会を大事にする発想です。それはどんな子供も大事にする、というこの学校の理念につながっているように感じられました。

学校給食センターで作った食事を昼食で頂きましたが、栄養バランスを考えたヘルシーメニューでした。生徒の中には家で朝食を取れない子供がいることにも配慮し、この学校では朝食を学校の食堂でも食べられるようにしているのだそうです。これも学校による家庭機能の補完なのでしょう。

我々の訪問に対する歓迎の意思表示なのかどうか分かりませんが、「生徒議会」(Student School Council)の 幹部の3名ともお話ができ、昼食を共にしました。Sorah、Thomas、Samの3人が生徒議会のことをいろいろ話してくれました。生徒が議会を通じて学校の在り方に意見を提出し、学校の意思決定に参画していると胸を張っていました。我々の訪問を学校新聞に載せたいということもあり、記念写真も撮りました。026

日本のことも多少のことは知っているようでしたが、私から、2008年は日英の外交関係締結150周年の記念すべき年であること、JET事業というプログラムがあるので将来参加してみたらどうか、を申し上げ、手元にあった日本の風景のカレンダーと絵ハガキを手渡しました。日本の中学校との(インターネットによる)交流を希望する旨の要望もあったので、Japan Societyの機能の一部に仲介機能があり、翻訳サービスもあるので活用してみたらどうかと資料をお渡しし水を向けました。彼らは、さっそく生徒議会で議論してみたいと言っていました。思わぬ生徒との交流もできました。

最後になりますが、SEALの説明をしてくれたJohn Gregory副校長が、「生徒同士の師弟関係プログラム」(Peer Mentoring Programme)というものがあるということを教えてくれました。これは中学に入ってきたばかりの第7年時の生徒の中で課題を抱えている生徒と、最終年次の第11年時の生徒の中から生徒を選抜し必要なトレーニングを積ませた上で、この両者をペアーを組ませ10週間に亘り様々な課題の相談に乗るというものです。Didsbury小学校の”Buddy Scheme”と似ている仕組みですが、年の離れた子供同士の関係は、やはり重要な視点なのです。


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