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January 27, 2008

年長者が年少者の面倒を見る「Buddy Scheme」を取り入れたマンチェスターの小学校

1月23日、24日にかけてマンチェスター市当局のご紹介により、同市内の小学校、中学校を訪問させていただく機会に恵まれました。

マンチェスターの教育行政当局のSean Irving氏が、一連の視察に付き添っていただけました。彼は2年前にケンブリッジ大学の歴史学科を卒業して、故郷のマンチェスターに戻ってきたのだそうです。ハンサムな若者の同行に、私と一緒に出かけた角南和子さんは何故か終始上機嫌でした。

思えば霞が関に勤務していたころ、中央教育審議会を傍聴する中で、2005年3月29日の義務教育特別部会において国立教育政策研究所小松郁夫教育政策・評価研究部長(当時)から、英国の教育改革の現状について伺う機会がありましたが、今回の一連の学校訪問でそれを実検する機会に恵まれることになりました。

学校訪問は昨年11月に伺ったロンドンのGreenwichにあるCardwell Primary Schoolに継ぐものでした。ロンドンのCardwell小学校は英語を母国語としない子供が7割を占める地域の小学校で、周囲には公営住宅が多く、経済的に貧しい層が多い地域にある小学校でしたが、今回伺ったマンチェスター市内の小中学校は、ロンドンに比較するとエスニックは少ない学校でした。

今回の学校訪問は、やはり昨年伺ったマンチェスター市教育行政当局のAngela Schofield女史からのご紹介によるものでした。その折に、一時期経済苦境に陥ったマンチェスター市は、教育の荒廃が進み、全国水準を大きく下回る学力水準であったのを、改善努力を重ね、全国水準に急速に近づいている努力の経過をご教示いただけましたが、その際にSchofield女史から、「教育問題に興味があるのであれば次回は学校現場を案内してもよい」とのお話があり、再度のマンチェスター市訪問となった次第です。

Schofield女史は、前回、「3歳児からの無償教育の実施、家庭環境などで脆弱な環境にある子供たちのリストを作成し、学校、福祉関係者、警察などがチームを作りその子供たちを個別に指導できる体制を整えている」、「マンチェスター市の教育委員会には18人のインスペクターがその活動を行える体制を構築しそれを支えるのに4人の管理職が別に本部に控えている」、というお話を伺ったのですが、今回は学校現場で実際に個々の積みあげを行って「学力向上」に繋げている実例を見せていただくことになりました。Schofield女史のご配慮で、経済的に恵まれた地域に所在する小学校と、経済的に苦しい家庭の子弟の多い中学校の双方を訪問させていただけることとなったのです。

先ずは恵まれた地域に所在するDidsbury C of E Primary Schoolです。この学校は、位置づけは公立学校(運営費が公的負担)なのですが、英国国教会(C of E)が運営してる小学校です。英国の公立学校には、自治体主導で設置されたものと教会をはじめとする民間団体が設置したものがあるため、4つの種類に分類されるのですが、私たちはそのうちVoluntary Aided Schoolと呼ばれる小学校を訪問したのです。なお、英国の公立学校にはこのほかに、Community School、Voluntary Controlled School、Foundation Schoolという公立学校の設置形態がありますが、最も多いのはCommunity Schoolであり全体の2/3を占めています。英国は義務教育にあっても歴史的経緯を引きずっているのです。

ともかくも、Didsbury小学校は、設立が何と1728年。280年の歴史があるのです。英国では、もともと教育は一部の特権階級を対象としたものであり、ビクトリア時代以前は、一般の人に対する教育は、教会等の民間セクターが中心となったボランテタリー学校で実施されていたのです。今回は、英国で義務教育が実施されるよりもはるか以前から教育に関与してきた歴史ある小学校を訪問させていただいたことになったのです。日本で言えば、寺子屋の母体となった設置主体がいまだに小学校の設置者になっていて、運営費は公的負担で賄われている、といったところでしょうか。

英国の小学校は5歳から11歳までの6年間なのですが、英国では3歳から4歳の就学前教育が無料とされていることもあり、就園率も高くなっています。そして独立の幼稚園(nursery schools)よりも小学校に幼稚部を併設(nursery classes within primary schools)するところが多く、Didsbury小学校も、その併設校の一つになっています。

Matt Whiteheads小学校長の案内で231人を教える施設を見せていただきました。Rimg0769
古くて歴史の趣を感じさせる校舎の中は、子供の活気で温かく明るい雰囲気にあふれていました。幼稚部から11歳児の教室まですべての教室に伺うことができましたが、児童は快活で朗らかで学校生活を謳歌している雰囲気が伝わってきます。

実際に英国で教育機関の監査を行っている教育水準局(OfSTED)の2006年の監査においても、子供たちの学校での態度は落ち着き、学校生活を十二分に楽しみ、持てる能力を伸ばしている状況の指摘があります。その証拠として、学校の欠席率はマンチェスター市でも最も低く4%程度なのだそうです。もちろん学校はさらなる向上を目指しています。

始業時間は8時50分で終業は3時10分なのですが、子供は7時30分から学校に来ることができ、希望者には朝食も与えられるのだそうです。放課後も6時15分まで学校に留まることができ、Didsbury小学校の子どもはこの学校がとても好きなのだそうです。訪問時には、「ハーメルンの笛吹き男」という演劇の練習をしていました。近いうちに発表会があるのだそうです。監督の女性の方は、プロはだしの人のように見えました。児童に対して映画監督のように指示を出していました。児童もそれによく応えて演技を修正していました。とにかく、児童の能力を高める様々な機会が与えられています。

コミュニティにもよく溶け込み、地域のお祭りであるDidsbury Festivalに毎年参加しているのだそうです。毎週水曜日の学校集会には、設置者であるSt. James and Emmanuel教会の牧師から説教が行われるのだそうです。もとより教会も小学校の運営に関与しているのです。

しかし、この学校にはキリスト教徒以外の生徒もいます。そこで、学校の教育方針としては、宗教的寛容さを教えているのだそうです。私たちが訪問した際にも、ちょうどユダヤ教の勉強をしているところでした。近々ユダヤ教会を訪問するのだそうで、その下準備の授業なのだそうです。

学校のクラブ活動などには地域のボランティアが参加し、学校と地域、そして教会が双方向で子供の教育に心を砕いていることが伝わってきます。

この学校は30人学級を実現しています。授業は、クラス内の机をグループ単位に分け、生徒が互いに向かい合って授業をしている風景が目新しい感じがしました。もちろん授業の科目にもよるのですが、発展度合いが異なる生徒ごとに異なる教え方をする必要があるというお話でした。一人ひとりの生徒の個別事情を的確に把握し、それぞれに適合した授業を行う姿勢が見て取れます。豊かな地域の学校とは言え、児童の家庭の背景、能力はそれぞれに異なりますが、この学校の学習進捗度合いは、社会的背景の差で大きな差異は見受けられないとのことでした。こういう学習機会が与えられると、塾に行って分からないところを補充する必要はないことになります。もっとも英国には日本の塾に相当する機能がそもそもはありませんが。日本の公立学校のように、塾の存在を頼りにし、生徒が分かっても分からなくても授業をとにかく進めていく、という手法はこの学校は採用していないようです。その効果は、この学校の全国学力テストの結果にも覿面に現われています。

また学習困難児童については特別に誂えた(tailored carefully)カリキュラムも用意され、専任の先生がついて面倒を見ていました。ハンディキャップのある子供も、一般の児童と同じ学校生活をさせながら、個別指導にも配慮しているのです。そうすることで人間の多様性、いたわり、寛容の精神を子供のうちから育めるのだ、という理念です。

学校内には、児童の学校内外の活躍の様子が、至るところに掲示されています。その中の掲示により、学校議会(School Counci)という児童が作る自主的意思決定機関があることに気がつきました。校長や学校理事会に対して、いろんな提案や意見を出しているのだそうです。

また、”Buddy Scheme”という仕組みには、思わず仰け反ってしまいました。年長の子供が年下の子供の面倒を見る仕組みなのだそうです。私はスキューバダイビングをやりますが、海の中で一人ひとりを見失わないために、二人一組のチームを組むのです。初心者はベテランと組む、というのが一般的です。何と、それと同じ考えがこの小学校に導入されているのです。

幕末期の薩摩藩において見られた「郷中教育」というものがありますが、年齢が異なる子供どうしで交流することにより、連帯感と世代を超えた労わりの精神を養うものとして大いに機能した昔の知恵ですが、英国にも同様のアイデアが生きていたのです。これは大発見でした。日本でもすぐにでも導入できそうな工夫です。

ところで、Whitehead校長先生は、財源論も含めた私どもの質問に的確に応えていただけるののみならず、子供のことは全て自分に聞いてくれ、という自信に裏付けられた雰囲気にあふれています。教育現場から学校マネージメントの世界に移行した経歴の持ち主ですが、学校運営に当事者意識を持って臨んでいます。これは英国のシステムが、学校運営の責任を学校理事会と学校長に委ね、この両者の間で話し合いながらあたかも一つの自治組織のような感覚で仕事が進んでいることによる面が大きいと感じられます。教職員の採用、学校運営も自分たちで決められる。決定権限があるのです。この学校の教師は地域のことを知りつくした勤続年数の長い教師が多いのですが、それも学校理事会の選択です。学校の設備投資、事業実施のための資金集めも任務です。その結果良い運営をしたところとそうでないところの水準に開きが広がる可能性はあります。それを是正させるために先述のOfSTEDがチェック機関として機能するという位置づけです。もちろん各学校間のパーフォーマンス評価は公開されます。

日本の学校現場の裁量のなさ、限定された役割に比べ、学校現場に責任と意思決定権限が降りている制度運営の良い事例を見せてもらえたということでしょうか。

一方で、その分、英国では地方自治体の教育行政当局の機能が減じられているように感じられます。しかし教育環境整備やデータの共有・提供、教育環境に恵まれない地域支援など、補完的に学校現場をフォローする面で機能が求められていると思われます。マンチェスター市の教育行政当局は、まさにそのような機能を果たしています。

さて、英国の仕組みと日本の仕組みのどちらが良いのか。俄かには即答できませんが、個別の仕組み工夫は少なくとも参考にはなりそうです。



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