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January 04, 2008

79歳で博士号を授与された青木寅男先生の思い出

正月明けにロンドンで、元大蔵省主税局国際租税課長をお勤めになられ米州開発銀行理事を最後に役所を退官、その後学究の道に入られ城西大学教授などを歴任された青木寅男様がお亡くなりになったとの奥様からの報に接しました。2007年10月に81歳でお亡くなりになられたとのことでした。

なぜ突然青木先生のことを申し上げるかと言うと、実は、地方消費税導入議論の頃、諸外国に地方自治体レベルで消費型付加価値税を導入している例が無いかという調査をするようにと当時の担当課課長補佐の私に命が下り、試行錯誤で知っていそうな人に聞きまくり、最後に辿りついたのが実は青木先生だったのです。

最初は、元東大教授の佐藤進先生の古典的名著「付加価値税論」などを読み、何とかヒントが無いかを調べたのですが手がかりがつかめず、窮余の一策として実際に目白の佐藤先生のマンションに押しかけ知っていそうな学者・研究者を片っ端から伺い、何人かの候補を御紹介いただいた中の1人でした。当時ご高名な佐藤先生とは初対面で、流石に気が引け、神経が太くて頼りになりそうな大西秀人課長補佐(現高松市長)も誘い、二人で佐藤先生のマンションに出かけました。日本酒がお好きだという話を伺い、一升瓶を下げて出かけましたが、奥様から「実は主人は肝臓が悪いのですよ」と言われて悪いことをしたなあと感じた記憶があります。

当時、政府税調では、消費型付加価値税を地方税として仕組むなどは「理論的にありえない」として、税調の幹部委員からは、「世界に皆無な税制を自治省はもち出している」と冷笑を買っていました。そんな時、当時の税務担当審議官から、ふと、「本当に地方自治体が消費型付加価値税を導入している例が世界に無いものか、少し調べてみてくれないか」とのご下問を頂き、手当たりしだいの調査とあいなったのです。

佐藤先生経由で引き寄せられるように出会ったのが青木先生でした。青木先生も必ずしも詳しいことはご存知ではありませんでしたが、ある一言が貴重でした。「確か、世界銀行のレポートでブラジルにそのような例があるというのを読んだような気がする」というその一言を頼りに、世銀の東京事務所に出かけてそのレポートを探し出しました。そうしたら「あった」のです。私の拙い能力で英語を「解読」し、確かに消費型付加価値税で原産地原則で税を分割しているブラジルの州税を「発見」するに至りました。

「理論的にありえない税が現実の世界にあるわけが無い」、逆に言えば、「現実の世界にある以上理論的に成り立たないわけが無い」、ということになり、政府税調で「地方分権派」の委員からも、「世界に例が無いという発言があったが、確かブラジルあたりでそのような例があるという・・・」という発言があり、爾後、税調の幹部級委員も、「世界に皆無」ではなく「世界に稀有」という具合に発言を修正されたのでした。あの時以来、税調の雰囲気が少し変わったことを懐かしく思い出します。

青木先生は大蔵省出身でありながら、学問的に実に公平な方で、意図的に情報を隠すようなことをされる方ではありませんでした。そのことは青木先生の生き方そのものが物語っています。青木先生の奥様によると、青木先生は最後の最後まで学究の心を失わず、78歳になられてから千葉商科大学の博士課程に入学され、翌年博士号を授与され、国際租税の大著を出版する一方、お亡くなりになる3ヶ月前まで車椅子で城西大学に出向き講義を継続されておられたとのことでした。凄まじいばかりの学問に対する探究心です。

当時を振り返ると、当時の自治省税務局が当時の大蔵省主税局と地方消費税議論を激しくやっていたことから、その年の地方財政対策がデッドロックに乗り上げ、作業をおこなっている別の局からはかなりの苛立ちの目で見られていたのではないかと想像します。税務局の幹部は心を痛めながら省内調整にも動き回っておられたはずです。私たちは課長補佐として前向きの作業に専念させていただいたことを感謝申し上げています。

そしてその時に変に妥協しなかったことが今日に至っていることは明らかです。今日地方消費税が無ければ、税源委譲の受け皿はどうなっていたでしょうか。交付税や譲与税ばかりが増え続けたはずです。その後の地方財政の推移を見るにつけ、「あの時あのタイミングしかなかった」という思いがしてなりません。おまけに「国民福祉税」を強引に導入する動きなどもあるなど、当時は大蔵省が全盛時代でした。壁は厚くともやはりやるべきことはやっておくべきときにやっておかないと、後世の選択肢が限られその後の制度改正の展開に大きな影響を及ぼすという思いを今更ながら懐きます。そしてそれを頑張れるかどうかは、まさに霞ヶ関の「矜持」だったのです。

なお、地方消費税導入の経緯は、その後「地方消費税―その理論と仕組み―」(佐藤進・滝 実編、地方財務協会)という本の中で詳しく紹介されています。

ところで、2008年度の税制改正で格差是正の観点から法人事業税の一部が暫定的に国税に位置づけられ地方に再配分されることになりましたが、その額はちょうど消費税1%相当のように見受けられます。私にはいずれこれが税源交換で地方消費税に移管される布石のように感じられます。私は今回の税制改正は、中期的な目で見た場合「一歩後退二歩前進」ということだと観察していますが、こうした「奇手」を打っても存外それが「悪手」に見えないのも、地方消費税という受け皿が控えているからなのです。そしてその影には青木先生などの学識が土台にあったことを忘れてはなりません。

私は青木先生の学識に触れて以降、先生とは10数年に亘り年賀状を交換し続けてきましたが、残念ながら今回が最後になってしまいました。しかしこの思い出を紐解くことで青木先生のご冥福をお祈りすることに繋がればと考え、当時のことを思い出しながらの記録を書いて見ました。

日本に帰国の折には奥様のお許しを頂き御仏前に参上したいと考えております。英国の税制は青木先生の専門分野でもありました。

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