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December 16, 2007

イングランド北部の都市再生@リバプール・ニューキャッスル

英国で仕事をしていると、自治体の議員の皆さんが、自治体の理事者として自治体運営に携わっているということの意味を実感することがままあります。

日本では、地方議会の議員が執行部に入ることがないので、行政運営の当事者として話をされることはありませんが、これに対して英国は、自治体の議員、特に自治体の執行部に加わっている議員の方は、まさに自らが責任者の立場でお話をいただけるので、話に重みが出ます。

12月に2回にわけ、リバプールとニューカッスルのイングランド北部を代表する大都市を訪問してきましたが、訪問先は両者ともそれぞれの都市の執行部入りをしている議員の方々でした。執行部入りをしている議員のことを「内閣構成員」といい、そうでない議員をバックベンチャーと呼んでいますが、今回リバプールでは、Richard Kemp議員、ニューカッスルはJohn Shipley議員を訪問しました。

実はご両人とは10月に大和日英基金のシンポジウム(「Local Government and the Regions」) の講師をともに務めた経緯があり、一度それぞれの都市を訪問する約束を果たすことも訪問の理由でした。

先ずリバプールですが、Kemp議員の案内で効率的に市の懸案の説明とあわせその現場をお見せいただきました。

Kemp議員は1974年から議員を努めておられ、英国地方自治の分野では大変有名な存在で、LGAという自治体連合体の副会長でもあります。この団体のEUへの代表も努め、国際会議での活躍もなさっておられます。先ごろは、地方自治体向けの月刊誌上に、地方自治分野に影響力を持つ50人のうちの1人にも選定されていました。

そのKemp議員のライフワークは、ソシアルハウジング、住宅政策なのです。その一環としてコミュニティ政策、近隣社会にも力を入れておられます。その観点から、今回もリバプールの住宅施策、近隣社会対策を実際に見せてもらいました。

リバプールは歴史的には奴隷貿易、産業革命での繁栄で大きな富を蓄えてきましたが、最近は衰退が著しいと言われ、現在はその復活に力を入れています。この町を訪れると、その繁栄の歴史を感じさせるものが沢山あります。臨海部には昔の貿易会社、銀行の支店の大きなビルや倉庫が軒を並べています。往時の繁栄を物語る博物館も沢山あります。奴隷博物館まであるのです。負の歴史もきちんと見つめないといけないとの発想があるのだそうです。町を見下ろす丘には昔裕福な人たちが住んでいたという瀟洒な住宅もあります。しかしそれ以上に目立つのは公営住宅です。とにかく社会的住宅が多いのです。Rimg0642Rimg0646

リバプールは、一時期、衰退する経済の中で、特にこの住宅の集まる地域は失業率が高く、低所得の人々が集まり、地域社会が疲弊したのです。それに対するリバプール市の対応は、疲弊した公営住宅は壊し、広場を作り、修理可能なところには資金を投下し、スーパーマーケットなどを誘致し利便性をあげ、併せてコミュニティ振興策を実施したのです。近隣社会維持サービス(Neighbourhood Management Services;NMS)という手法は新しいユニークな手法です。

地域レベルでその地域に特有のニーズに応じるためにこの仕組みを作っています。地域によっては問題が少ないところもあるのですが、ごみの投げ捨て、住宅の疲弊、若者の反社会的行動などがあるところもあり、それぞれの地域ごとに多様な課題に対応するために市域全体で5つのチームが作られ、各地域のパートナーと連携して住みやすくよく手入れされたコミュニティ作りを行っているのです。職業訓練も行い仕事の機会も創造しています。そうすることで社会的問題の発生にも取り組んでいるのです。Rimg0654
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Kemp議員の話では、この地域出身の若者をこのチームやパートナーに組み入れ仕事を与えていくことで、自分達同士で地域をよくして行こうという気持が醸成されてくるということでした。地域の清掃などを請け負っているパートナー組織の倉庫も見せていただきましたが、大型の芝刈り機、小回りの利くごみ収集機などが整然と並べられていました。地域の若者がこの仕事を請け負うことで、地域の馴染みでもあることからお互いに声を掛け合うことにもなり、迷惑行為なども減ってきているとのことでした。コミュニティ公園の管理を地域に委ねたところ、非常にきれいに管理が行き届くようになったということでもありました。

この5つの地域ごとにどのような取り組みを行うのか、計画書も作られています。そして市民が気軽に相談を持ちかけられるようにワン・ストップ・ショップが各地域に設けられています。とにかく市民と行政の敷居を取り払う努力が目に見えます。そのためのアクセスを重視しているのです。市内には、無料電話ならぬ無料インターネットの端末が設けられ、写真をメールで好きなところに送ることができる装置もあります。送付元がリバプールであることがメールに表示されるようであり、これでリバプールが宣伝できれば安い買い物だというのがKemp議員の話でした。 Rimg0637Rimg0641

こういう仕事をKemp議員はライフワークとして行ってきているのです。お話の端々から、自分の手作りの仕事に対する誇りと自負が伝わってきます。最近では、若手の地方議員に対する公職に奉仕するものとしての心構えなども講義する機会もあるようです。奥様も自由民主党という英国では労働党、保守党に次いで大きな第三の政党である自由民主党から選出されている市議会議員で、二人で精力的に仕事をこなしておられます。

このような社会政策に加え、ビートルズを生んだリバプールでは、EUと組んで「European Capital of Culture 2008」という華やかな一連のイベントを企画しています。このような欧州全体を視野に入れたプロジェクトを組むことで、市の活性化を企図しています。真近に迫ったイベント開始に向け町は華やいできています。Rimg0634_2

リバプール訪問後の10日後、ニューカッスルを訪問しました。ニューカッスルはやはり自由民主党のJohn Shipley議員にお招きいただきました。Shipley議員は与党のリーダーであり、事実上のニューカッスル市のトップです。市議会内で、ご自身自らパワーポイントにより市の抱えている課題を包括的にお話いただけました。

政治的な優先課題としては、市の持続的な再開発、経済発展、交通の改善、教育のレベルアップ、コミュニティの健康福祉の向上、安全で清潔でより緑の多い環境の整備、効率的な行政サービスの提供、コミュニティへの権限委譲、社会的公平とコミュニティの融合といった課題なのだそうです。

しかし、市の独自財源であるカウンシルタックスは市の財政収入の4分の1しかなく、国からの依存財源に頼る財源構成の中で、政府の地方財政の抑制基調方針には変化はなく、財政運営は楽ではありません。

おまけにニューカッスルは最近ショッキングな経済事案が生じているのです。ノーザンロックというこの地域を拠点にしている住宅金融会社の破綻です。サブ・プライム問題に端を発した金融危機の中で、市場からの短期資金調達に融資資金の大半を頼っていたノーザンロックが資金ショートを起こし、破綻状態に陥ったのです。現在、一時国有化を行うのか、バージングループなどに直ちに売却が可能なのか、といった議論が山場に差し掛かっています。地元としては多くの雇用源でもあるノーザンロックの将来を固唾を呑んで見守っています。Shipley議員は市のリーダーとしてこの問題にも取り組んでいますが、ノーザンロックの機能が四分五裂して各社に分散されることは困るとのお考えでした。Rimg0625

ノーザンロックは、財団を作り地域の文化スポーツ事業の支援にも尽力してきましたが、こうした分野の活動も停滞することになると市の魅力創出という点で必要な道具立てが失われることも懸念の元のようです。

ところで、イングランドの東北部のこの地域は、伝統的にコミュニティの団結力が他の地域に比較して強く、その結果犯罪の発生率も相対的に低いのだそうです。しかし、ここも炭鉱の閉鎖などによる経済停滞の影響が長く続き、英国経済の中に於ける南北格差として語られる機会が多くなっています。こうした中で日産などの日系企業がこの地域に進出するなど日本のプレゼンスも大きな地域です。

Shipley議員は、「この地域の歴史的遺産をベースに、文化と経済面でニューカッスルの力を付加し、市民のアイデンティティを糾合し人々の誇りを呼び戻していくことが大事だ」と語っています。市のよい面を強調していくことは大事な事です。伝統的なまとまりのよさは、何かのきっかけがあれば大きな力になります。

確かに、ニューカッスルの町並みは、歴史遺産そのものです。ニューカッスル(Newcastle)という名前の由来となったおは、実は相当古い城です。12世紀にヘンリー2世が建てたものです。駅の近くにあるこの古城からは町並みが見渡せます。私も螺旋階段を屋上まで上ってみましたが、本当に質実剛健の中世の砦のようなお城です。Rimg0620
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イングランド北東部の教会管区(diocese)を束ねるSt Nicholas Cathedralも大伽藍を誇っています。泊まったホテルが、ビクトリア女王が建てた名前もRoyal Station Hotelというホテルで、歴史の重みを感じさせる雰囲気に満ちています。1872年には明治政府の岩倉遣外使節団がこのホテルに投宿しています。とにかく今でもそのシャンデリアの大きさには圧倒され往時の隆盛がしのばれます。Rimg0629

ニューカッスルはこうした歴史遺産が市内の至るところにふんだんにありますが、歴史上の人的資産も並大抵ではありません。中でもWilliam George Armstrongの名前は、日本との関係でも切っても切れないものがあります。日本の江戸幕府崩壊を早めたアームストロング砲は当時長崎を拠点に活動していたジャーディン・マセソン社代理人の武器商人トーマス・グラバーを経由してこの人の会社から輸出されたのです。また、戦艦造船も行った彼は、日露戦争における大日本帝国海軍の主力艦船を供給し、日露戦争を日本の勝利に導いた「功労者」なのです。実は1872年の岩倉使節団も当時のエルズウィック兵器会社の経営者であったArmstrongと上記のホテルで会見しています。

東郷平八郎提督もこの地を訪問しているのです。戦前の日本海軍にとっては、ニューカッスルは、ある意味で「聖地」のような存在であったことは、大和日英基金の事務局長をされているMarie Conte-Helm女史が書かれた「Japan and the North East of England」(邦訳名「イギリスと日本」)にも詳しく書かれています。

実はConte-Helm女史はShipley議員と知り合いで、今回偶然タイミングが合い、訪問の晩に夕食を御一緒できました。自然に日英外交関係構築150周年の話になり、150周年事業の一環としてニューカッスルの地でW.G. Armstrongの業績と日本の関係を掘り起こすセミナーを我が事務所及びニューカッスル当局とともに開催できないかという話に発展しました。もちろん今日に於ける日産などの企業進出という展開も視野に入れた幅広い話題を含んだセミナーです。歴史を再度紐解いて今日の地域振興に生かすという視点はShipley議員の懐く「地域の歴史」「文化と経済面」、「アイデンティティ」、「人々の誇り」というキーワードの琴線に触れるものとなったようでした。早速、「日程調整をしよう」という話になりました。

今回も、ひとつの邂逅を今後の提携関係に生かしうる訪問となりました。

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