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December 09, 2007

ロンドン地下鉄の管理運営会社の破綻

ロンドンに生活して感じることは、地下鉄、バスなどの公共交通機関のプレゼンスが非常に大きいことです。ロンドンは赤い2階建てバスが有名ですが、通勤時間にはバスがロンドンの街路を埋めていると言っても良いほど公共交通機関への依存度は高いものがあります。

ロンドンの交通当局も、市民の公共交通機関利用を促進するために、混雑賦課金(Congestion Charging)と呼ばれる制度を導入し、ロンドン中心街での自家用車の利用を厳しく抑制しています。具体的には、ロンドン中心部の一定地域を料金徴収区域として設定し、祝祭日を除く月曜日から金曜日までの午前7時から午後6時までに同区域に入った自動車及び駐車車両の運転手は、8ポンドを支払わなければならないという内容です。8ポンドは日本円に換算すると2000円であり、この高額の賦課金が確実にロンドン中心部での自家用車の利用を抑制しています。なお、混雑賦課金上は、車両の種類による料金の格差はなく、電気自動車や代替燃料車、二輪車、タクシー、バス、緊急自動車等及び身体に障害のある運転手は、料金の支払いが免除されます。また、同区域内の居住者に対しては、料金の90%が軽減されています。

この施策によりロンドン中心部における交通混雑は目だって減ったとされ、更に混雑賦課金収入は公共交通網の整備に充てられ、副次的な効果としての騒音、大気汚染及び交通事故の減少等も実現しています。ロンドン市民の支持も得られています。

こうした規制による交通制御の一方で、公共交通分野においてはこのところ自由市場原理に基づいた政策が導入されてきています。

バスの運行全般に関しては、「1985年交通法(Transport Act 1985)」により、バス運行サービスが、自由市場(競争)原理に基づいて供給されるべきであり、地方自治体の役割は、包括的なネットワークの計画ではなく、市場が供給し得ない社会的に必要なサービスを確保することとされました。この背景には財政的な補助を行う前に、競争原理によるコスト削減を達成しようという目論見があるのです。

この法律の下で、広く競争を保証するために1986年10月にバスサービスに関する規制が緩和され、バス運行会社は公共交通運行免許を交通委員会(Traffic Commissioner)から取得することにより路線バスを走らせることができるようになりました。既存運行会社は新規運行会社の参入を妨げることは不可能となったのです。運行ルートの登録制により、当局は採算の合わないルートを把握することが可能となり、補助すべき路線の判断が容易になっています。ルートは、入札に付され、応札会社のルートの登録後は、会社が当局にサービスの変更・廃止について通知しなければならないとされています。また当局は提供されるサービスが適正でない場合、契約終結を含めた措置をとることができることとされています。

この結果、かつての公営バス企業は、管理者ごとに民営化され、既存の民間会社との競争にさらされることとなり、民間会社に取って代わられたものも多いのです。

これに対し、ロンドンの場合は他の地域とは状況が少々異なっています。ロンドンにおける地下鉄及びバスは、ロンドン交通局(Transport for London:TfL)が所管しています。ロンドンの交通サービスは、最初は民間企業の運営でしたが、1933年に公的団体であるロンドン旅客交通委員会(London Passenger Transport Board)による経営となり、その後1969年に大ロンドン市(Greater London Council:GLC)に移管されました。しかしサッチャー政権はGLCを廃止したため、1984年に制定された「1984年ロンドン地域交通法(London Regional Transport Act 1984)」により、ロンドンの地下鉄及びバスの運営業務はロンドン地域交通公団(London Regional Transport : LRT)という組織に移管され、国の監督下に置かれることとなりました。ロンドン地域交通公団は、quangoと呼ばれる特殊法人であり、公団の理事会構成員は大臣から任命され、その監督下で業務が行われていました。但し、LRTの下には各事業部門ごとに設立された子会社が存在し、例えば地下鉄の場合は、ロンドン地下鉄会社(London Under Ground Limited)によりサービスが提供され、同公団自体は、これを管理する立場にありました。しかし、ブレア労働党政権の下、グレーター・ロンドン・オーソリティー(Greater London Authority:GLA)に設立に伴い、LRTは2000年7月から再びGLAの指揮監督下にあるTfLに移管され、今日に至っているのです。

さて、そのTfLの所管であるロンドンの地下鉄に関しては、過去の慢性的な交通インフラ整備への投資不足に起因する故障や遅延、極端な混雑がかねてから大きな問題となっており、公共交通機関に対する信頼の低下、自動車利用の増大につながっているとの指摘がありました。

この問題への対応策として、政府は、1997年に「運営は従来どおり公共機関が行うが、施設の建設、維持については、パブリック・プライベート・パートナーシップ(Public Private Partnership : PPP)のもと、民間主体で行う」という新しい経営形態を提示しました。これを主唱したのが前財務大臣、現在の首相であるゴードン・ブラウンでした。ゴードン・ブラウンは、最初の15年間に、政府補助金、地下鉄利用料(ロンドン地下鉄会社の収入)、民間資金を併せて少なくとも130億ポンドの投資が必要とされたのに対して、これを賄うのに民間資金を活用しようと考えたのです。

この政府の方針に対し、ケン・リビングストン・ロンドン市長は、安全性の観点及び資産管理と運営は一体的に公共部門が行うべきとの考え方から、反対の立場を示し、政府の地下鉄計画の法的有効性について法廷に提訴する事態にまで発展した経緯があります。(2001年7月30日に、最終的な決定権は政府にあるとの理由で、高等法院は、GLAの訴えを却下しています。)

ケン・リビングストンの懸念の背景には、サッチャー保守党政権下で分割民営化された旧英国鉄道において、インフラ整備を担当する会社と車両運行会社を分離する方式で民営化が行われたなかで、各路線で重大事故やサービス遅延等が頻発した歴史的事実を意識したものです。

これに対し、政府は、地下鉄の運行や駅構内の管理については、公共部門であるロンドン地下鉄会社が引き続き担当すること、各路線が民間企業に売却される訳ではなく鉄道網全域の安全に対する責任は引き続き公共部門が負うことを強調し、懸念を押し切りました。なお、バス業務については、民営化され、民間会社との契約により、運行されています。

さて、問題はこのロンドン地下鉄へのPPP導入の顛末はどのようなものであるか、です。PPP導入によりロンドン地下鉄は、向こう30年に亘り、1つの公共セクターの運営会社(TfLの一部としての「ロンドン地下鉄」)と3つのプライベートセクターの施設建設・維持会社(infracosと呼ばれる)の4組織に分割されることとなりました。

具体的には、この3つのinfracosはロンドン地下鉄の資産である車両、線路、トンネル、信号機、駅舎を30年間に亘って民間移管(privatise)し、ロンドン地下鉄はこのPPP契約を管理するとともに地下鉄運転手と駅員を提供するという分割管理形態です。

3つのinfracosは地下鉄の3系統毎に分かれています。①Circle、Districtなど比較的地下の浅い部分を通るSSL(Sub-Surface Lines)、②Bakerloo、Central、Victoriaなどの路線の頭文字をとった中、深地下を通るBCV、③更に比較的新しく地下の深いところを通るJubilee、Northern、Piccadillyの各ラインの頭文字をとったJNPがその3系統であり、SSLとBCVがMETRONETに、JNPがTUBE LINESに移管されました。それぞれのinfracosとも民間会社数社の出資した合弁会社(consortium)です。

このMETRONETとTUBE LINEがロンドン地下鉄ネットワークへの投資に向けた資金造成を行い、地下鉄の近代化と機能改善に向けた工事と管理の責任を有することになりました。新規車両の投入や駅舎の改装の時期については、PPP契約書(2003年)に規定され、規定された内容どおりに地下鉄整備が行われているかを監視することがTfLの役割となっているのです。

このロンドン地下鉄のPPPに関しては、先にロンドン市長が懸念を表明したと記しましたが、2004年の時点で、National Audit Office(政府の監査機関)も警鐘を鳴らしていました。このPPPの価格設定が適正であるかについては限定的な確証しか得られないこと、そして最終的な価格がどの程度に膨らむか不確定要素があることを指摘したのです。契約額の大きさ、新規投資の多岐に亘る明細、そして地下鉄の資産状態に関して情報が不十分であることに起因するPPP契約の複雑さのために、途中で修正が必要になると指摘したのです。

実は、その懸念を裏書するような事態が2007年の夏に発生しました。Infracosのうちの1つであるMETRONETが破綻状態になったのです。METRONETが考えていた以上に必要な投資額が膨らみ資金繰りに窮したことが破綻の原因であるとされていますが、TfLは直ちに地下鉄の運用に支障がない対策を講じています。

一方で、METRONETに雇用されている保守管理要員の雇用確保を求めて、労働組合は9月初旬に地下鉄ストを打ちました。ウィークデイの一日に300万人を運ぶロンドン地下鉄のストは、ロンドンの交通をマヒ状態に陥れました。地下鉄から溢れた通勤客はバスを待ちましたが、超満員のバスにはなかなか乗車できず、ロンドンへの通勤者は忍耐を強いられました。私もチェルシーの宿舎からホワイトホールの職場に通うのに、徒歩とバスの乗り継ぎで凌ぎました。地下鉄から溢れた乗客が道路に出てきたことにより、ロンドン市内が一際混雑して見えたのは決して目の錯覚ではありませんでした。

しかし、このストに対して大きな批判の声は聞こえないように感じられました。元々スト慣れしている英国人の特性?という要素に加え、ストにより訴えようとする組合の声は一定の合理性があるという同情が市民の間に共感を呼んでいるようにも思われたのです。

公共部門に関わる政策のあり方に関し鋭い評論を行っているある雑誌(「PUBLIC」)の評論は、「new public managementの手法が基盤整備の分野に馴染むのか」、「値段が安いか品質が高いか、あるいは双方の理由に基づき外部の機関にサービス提供を委ねてよいものなのか」、「コントラクトアウトにより情報の非対称性が生じ、TfL内部に高度な知識を持つ専門家が確保できない場合には、契約のモニター自体が難しくなる可能性がある」、「それによりコストアップの要因になりかねない」、「民間会社自体が買収の対象となりうる中で、何十年にも亘る契約が果たして継続可能なのか」などの指摘を行っています。

では、METRONETの破綻で公共交通の基盤整備の手法としてPPP自体が否定されたのかというと、話はそんなに簡単ではありません。Infracosのもう1つの会社であるTube Linesは、PPP契約書にある仕事を約束の期限どおりに、また予算の範囲内でこなしています。政府も今後ともPPPを更に進めるとしています。

しかし、巨大インフラ整備を請け負ったMETRONETの破綻は公共交通基盤整備の面でのPPPの手法の適格性に一石を投じたことは事実であり、今後、この破綻に関する更に詳しい検証が待たれます。因みに、破綻の後、TfLはMETRONETの仕事を自ら行っていくことにしています。新たな公募を行っても引き受け手が現れなかったのです。

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