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July 19, 2007

飯山市小菅地区の柱松柴燈神事

7月の半ばの連休前半の14日、15の連日に亘り、飯山市小菅地区に伝わる柱松柴燈神事という奇祭を泊りがけでじっくりと拝見する機会を得ました。信州大学の笹本正治教授から、「前夜からこのお祭りを見ておくと共同体で支える伝統の祭りの全体像が見える」とのお誘いがあったからです。

総務省コミュニティ研究会の活動の延長線のつもりで伺いました。

私は笹本教授よりも一足先に飯山に列車で入り、飯山市総合学習センター学芸員の望月静雄さんのご案内で、飯山市内の歴史文化施設を駆け足で見せていただきました。070714_13150001

臨済宗の中興の祖白隠が教えを請うた正受老人が座禅三昧を送った正受庵、地元で仏壇通りと呼ばれる愛宕町雁木通り、千曲川を挟んで小菅神社と対峙する伝統の太々神楽で有名な若宮八幡宮、あじさい寺で知られる高源院、鍋倉高原の中に佇む森林宿泊施設「森の家」などをご案内いただきました。

あじさい寺のあじさいは、お寺のおばあさんがこつこつと一人で植えたものが一万本に達し、知らないうちに名物となったとのことです。高源院では民宿もやっており、先代は地元の人の出資を募りスキー場(戸狩温泉スキー場)経営にも乗り出した「経営感覚」のある禅宗の古刹のようです。070714_14030001

「森の家」では、指導員の渡辺貴光さんのお話を伺いましたが、全長80キロにも及ぶ信越トレイルという関田山脈の尾根伝いの道を手作りで作り上げつつある夢を語っていただけました。この施設で働く方は、飯山の自然に魅せられ全国各地から自然好きが集まっているのだそうです。望月学芸員の話では、「森の家」の皆さんはとても勉強しており、この施設での自然体験プログラムは極めて充実しているのだそうです。渡辺さんも、米国のアパラチアのトレイルを自身で見に行ったりと、個人的にも研鑽を積まれているようです。

市内を巡り、夕方近くに小菅地区の民宿に到着しました。小菅地区では、赤い幟が道の両側に立ち、お祭りの雰囲気が漂っています。地区内はうっそうとした木々が目立ち、見るからに神々しい風情を感じさせます。

小菅山は、戸隠、飯綱と並ぶ北信濃の修験の霊場だったのだそうです。役行者の開基と伝えられる小菅神社がその中核にあり、護摩堂から奥宮に通じる参道は、樹齢300年の杉が生い茂り、熊野古道の雰囲気と同じでした。小菅集落の鷲尾恒久さんのご案内で、この杉並木を歩きましたが、上杉謙信ゆかりの隠れ石、弘法大師ゆかりの御座石など、やたらに大きな石が目立つのは流石に修験の道です。鷲尾さんは、お祭りの中で笛吹きなど幾つかの役割を果たす中での案内役をお願いすることになり、申し訳ないことでした。070714_16380001

信州大学の先生や学生さんと民宿で夕食をご一緒し、その後、小菅のお祭りの前夜祭の模様を笹本教授のご案内で見て回りました。集落の入り口の仁王門から小菅神社の杉並木へと続く道は、ほぼまっすぐに斜面に沿って上がっています。晴れた日は、この道の真西に妙高山が臨めるのだそうです。笹本教授の話だと、小菅神社の伽藍を設計した人が参道の延長線上に西方浄土を意識して妙高山を位置づけたとのことでした。人工的な都市計画に基づく集落設計なのです。そう言えば妙高山のてっぺんは釈迦如来の頭に見えないこともありません。

獅子舞や猿田彦のしめ縄切りなどの儀式はとても幻想的です。後で聞けば、地元の菩提院の住職が獅子舞を舞い、翌日の神輿行列も仕切っていたのだそうです。文字通りの神仏混交です。070714_22290002

信州大学の人文学部や工学部の学生たちが、この一連の行事を手分けで詳しく取材していました。学問的にもきちんとした記録をとっておきたいとのことです。このお祭りが学術的側面からも貴重な伝統行事であることが次第に地元の方々にも理解され、地元の人たちの意識は自ずから高まります。戸隠や飯綱では廃れてしまった伝統行事が、小菅では保持されてきたことはすばらしいことのようです。

「集落の祭りが維持されているのは、地域共同体が元気に行き続けている証拠です」という笹本教授の言葉は、小菅に来てみると本当に実感します。

小菅区長の吉原一男さんたちが、このお祭りの責任者ですが、お祭りの翌日新潟中越地方で地震がありました。訪問のお礼を兼ねて吉原さんにお見舞いの電話をしたところ、吉原さんたち区の責任者で、地震の影響が地区にあったのかを見て回ったのだそうです。祭りの運営組織がそのまま地区の防災組織の役割も果たしているのです。笹本教授の言葉の通りでした。070714_21170001

夜の12時近くまで前夜祭を見た後、宿泊場所に向かい、翌日はいよいよ本番の例祭行列、神輿行列、柱松行列を見せてもらいました。ゆっくりと進行するお祭りは、あくせくせず、日常とは違う時間の流れを感じさせます。地区の皆さんが皆で役割を分担し、本当に生き生きと行事をこなしています。070715_13160001

最後の柱松柴燈神事は、木々の枝や葉などを織り込んだ「上」と「下」の二つの太い柱の飾りである「柴」に灯りを点す速さを競うものでした。火打石を使って火をおこし、それをススキの穂を束ねた柴に点火するのです。当日は雨で、なかなか点火しませんでしたが、ようやく「下」の柱松が煙りました。「下」が速いと「五穀豊穣」、「上」が速いと「天下泰平」が神慮ということになるのだそうです。今年は、上がなかなか点火せず、やはり天下泰平は望み薄かなあと感じていたら、翌日の地震でしたので、神慮は的確だったようです。070715_15390001

雨天にもかかわらず、この神事には沢山の人が見に来ていました。地元の方々の弛まぬ努力と笹本教授の学問的な観点からの励ましがあり、祭りはここまで盛り返してきたようです。祭りの時期には、都会に出て行った子供たちや親戚も戻ってくるのだそうです。地域のアイデンティティや誇りが祭りにより保持されているのを目の当たりにすると、コミュニティ振興のあり方とその地域の歴史・文化・伝統の保持、掘り起こしの関連性について、強く意識せざるを得ません。

またまた百聞は一見に如かず、の飯山紀行になりましたが、参道に掲げてあった小菅地区の人々の心映えを偲ばせる和歌が心に残りました。

 浅葉野の桂がもとの苔清水清き心をくむ人ぞ知る

「浅葉野」とはこの地の別名。「桂」の木は小菅によく見られる葉の香りのよい木です。お祭りの際に榊としても使われいます。心根のよき人の多い地域なのでしょう。

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