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July 08, 2007

武蔵野市と川上村の交流の実践現場を見る

6月29日と30日の週末の金曜・土曜の両日にかけ、武蔵野市交流市町村協議会の研修会に呼ばれ、長野県南佐久郡川上村に伺いました。

武蔵野市では、全国の9つの市町村と友好関係を結び、交流活動をしていますが、年に一回、そのうちの一つの市町村に集まり、お互いの地域づくりの取り組みなどについて議論しあうという研修会です。都市部と農山村部が具体的な取り組みを議論し会える貴重な機会となっているようです。

17回目の今回は、光栄なことに私が講師で御呼ばれしました。私からは、パワーポイントで、「都市と農村の交流によるコミュニティの再生 ~交流で共に蘇る教育と地域」という演題によりお話を申しあげました。都市と農村の子供の教育交流という武蔵野市や川上村の取り組みなども参考に、それを制度化して全国展開することが現代の教育再生と地域再生の双方の観点から求められている、という趣旨の話をしました。

その意味で、武蔵野市と川上村は、都市と農村の最先進地域であり、私としては、この機会に、子供の受け入れ施設が川上村でどのように整備されているかを見てみたいと思って参上した次第です。

川上村の冷涼な高原地帯には、武蔵野市のほかに町田市、三鷹市などが「自然の村」、「休暇村」などの名称で市民や子供のための施設を作っています。

2年前も藤原忠彦川上村長のお招きで川上村に伺いましたが、今回は、武蔵野市の招きで川上村を訪問することとなりました。実際に村内をご案内いただいたのは、小林仁史さんで、前回と同じでした。

講習会の後、小林さんの案内で、これらの施設を見て廻りましたが、大自然の懐深くに抱かれたこれらの施設は、十二分に子供たちの受け入れ施設として機能することを認識しました。

私は、その日の晩に、「武蔵野市自然の村」の中央棟に宿を取りました。同僚の谷剛史君と共にロッジ風の部屋に泊まりました。地元産の木材をふんだんに活用した宿泊施設の水源は裏山から流れる清流で、ミネラル豊富。風呂もその水を利用しているので、贅沢なミネラルウォーター風呂になっているのです。

翌朝は朝4時に起き、小林さんの案内でレタスの収穫風景を見に行きました。川上村は日本一のレタス栽培地なのです。土曜日は農協系統の出荷は休みなので、独自ルートの出荷を行っている古原和哉さんの畑を尋ねました。小林さんの話では、古原さんは有機農法を極めている高い技術をお持ちの方なのだそうです。モスバーガー用のレタスが古原さんの畑から出荷されているのだそうです。070630_04460001
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私も自分で鎌を使い採取したばかりのレタスを食べましたが、とてもみずみずしく甘いレタスの味には驚きました。

モスバーガーは土のチェック、糖度検査などとても厳しい検査基準を持っているのだそうですが、古原さんは十分にその基準をクリアーしているとのこと。元々農協職員であったそうですが、仲間と共に自分で土作りからはじめ、技術を高め、川上村の中でも有数の技能をお持ちのようです。古原さんたちの資材倉庫には、「何とか還元水」ではありませんが、「水を加工」する資機材までもがありました。この水でレタスはみずみずしさを保つのだそうです。他の川上レタスは出荷時の値段が60円/個なのだそうですが、古原さんのレタスは80円/個で売れるのだそうです。

役場職員であると同時にご自身もレタス農家である小林さんの話では、よいレタス作りには、技術と手間がかかるのだそうです。土作りが特に重要で、連作障害を避けるために輪作も不可欠のようです。レタス→麦→白菜→・・・といった順番で輪作をしないと特定の微生物ばかりが増えすぎて土が傷むのだそうです。麦は、栽培するだけで、ある程度大きくなった時点で畑を起こし土と混ぜて肥料にしてしまうのだそうです。もったいない気もしますが、土作りには不可欠な作業のようです。農家によっては輪作の手間を省くため農薬で土壌消毒を行い同じ畑でレタス栽培を続けるところもあるのだそうですが、土壌消毒により有用な微生物まで消滅させてしまい、長い目で見ると有害だということでした。

川上レタスは最近ではブランドイメージが高まり、台湾や香港にも輸出するまでになっているのだそうです。藤原村長の「攻めの農業」の姿勢を受け、農林水産省から若手キャリア職員である吉田篤史氏を役場の産業建設課の課長補佐として迎え、その吉田氏はフル回転でレタス輸出を支えているのだそうです。台湾や香港への出張はもとより、役場の中で、英語が飛び交い、彼はまるで商社マンのような活動を役場内でやっているとのことでした。

吉田氏は翌春には農林水産省復帰となるのですが、小さな村に在籍した経験は、とても貴重な経験として残ることでしょう。

レタス栽培視察の後は、千曲川源流地域の探索に十文字峠に続く山道を少し歩きました。2年前に藤原村長と歩いた道を更に奥まで踏み込みました。緑の苔が目に沁みます。滴る水の多さが千曲川源流地域の風情を感じさせます。最近は鹿が増えすぎているとの話ですが、途中の落葉松の木肌が鹿に食べられている実態も目にしました。木肌が剥がされるとその木は遠からず枯れてしまうのだそうです。070630_06080001
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千曲川源流地域散策の後は「武蔵野市自然の村」に戻り、武蔵野市の青木稔交流事業担当部長の御案内でキャビン棟、炊事場、キャンプファイアーなどをグルリと巡りました。同行の谷剛史君は、実は15年前に武蔵野市の小学生としてここで宿泊しているのです。15年ぶりの再訪で、彼も感慨ひとしおの様子でした。

青木部長も、本当に楽しそうにこの仕事に取り組んでおられる様に見受けられました。自分自身でも子供たちと一緒に様々な取り組みを行う中で、地に足のついた知恵が生まれてくるようでした。

たまたま武蔵野市から、ジャンボリーに向けての指導者の一団がお見えでしたが、お互いに挨拶を交わしました。070630_08170001

朝食は管理人の平柳悦雄、日出子さんにお作り頂いたものを頂きましたが、水も空気もとても美味しいので、食欲がそそられ朝食のご飯も沢山頂いてしまいました。平澤さんはとても器用で、木材を利用したいろんなオブジェを作っておられました。玄関に並べてある日本鹿のオブジェを見に来ていた本物の子鹿を昨晩私たちも目撃しました。

川上村というフィールドでは、農村で生活する人と、都会で生活する人が、お互いの足りない面を相補完する形で上手く調和が図られているように思われます。

川上村を訪問して川上村が好きになり、レタス農家の嫁さんが来たり、長年の武蔵野市との交流の中で、親、子、孫の3代に亘る世代を超えての交流が継続しているといった話を聞いたり、都市と農村がギスギスしない交流の理想のモデルがここに存在しているように感じました。

前武蔵野市長の土屋正忠衆議院議員は、疲れると「武蔵野市自然の村」に来るのだそうです。「あそこに行くと疲れが一挙に消える」とおっしゃっておられましたが、私もここに泊まってみて初めてその意味が分かりました。都会の疲れている小中学生に、人間回復のひと時を等しく与えなければなりません。そのことが地域の再生にも繋がるのです。070630_08480001

一つ気になったことがあります。川上村のレタス畑の一部に「畦畔管理」の手間を省くために除草剤を使っているところが目につきました。「武蔵野市自然の村」のすぐ下のレタス畑でも使われていました。除草剤は、基本的には「ダイオキシン」です。千曲川最上流域でこうした農薬の使い方はこの地域のイメージを損ねます。今後の村を挙げての善処方をお願いしたく思います。
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Comments

川上村のレタスの事が良くわかりました

Posted by: Cecilia | August 14, 2007 at 01:02 PM

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