« 久高島の国内離島留学 | Main | 仕草のコンテンツの宝庫@旭山動物園 »

May 22, 2007

「ラットレース」

藤原正彦氏のファンである息子が、久しぶりに藤原氏の本を薦めてくれました。「遙かなるケンブリッジ」という本です。以前「国家の品格」を薦めてくれた以来でした。

暫く放置しておいたのですが、息子の目が何となく催促しているのが気になり、通勤途上で読み進めるうちに、流石になかなかのエッセイであることを認識しました。

「国家の品格」よりもローキーで、真摯な記述のように感じました。国家・民族として栄華の極みを経験し尽くした英国の落ち着いた風情の真相に迫る観察眼が切れ味鋭く見て取れます。

同時にそのことは今の日本の有り様に対する痛烈な皮肉のようにも感じられます。市場経済という名前のフライパンの上で、皆が競争せよと急き立てられているような疲れさせる雰囲気に対しての皮肉です。

その極めつけである、「ラットレース」という言葉を巡る記述には思わず笑ってしまいました。

・イギリス人は競争のことをよくラットレースという。ネズミは一匹のネズミが走り出すとほかの全てのネズミも走り出すという習性があるが、こういう競争を最も嫌う。
・試験はラットレースであり笑いの対象である。日本におけるような受験競争は、典型的ラットレースだからイギリスでは起こらないし、アメリカの大学におけるような論文生産競争や会社での出世競争もイギリスでは流行らない。
・そんな競争に巻き込まれて自分を失うくらいなら、地位や名声はなくとも、田舎で趣味に生きていた方がまだましだと考える。
・「俗悪な勝者より優雅な敗者」を選ぶのである。
・競争に距離を置くから、ワーカホリックなイギリス人というのはめったにいない。
・ケンブリッジの数学者達も、多くは数学以外の何かを持っていて、悠揚として迫らぬ余裕を感じさせることがよくあった。
・第二次世界大戦直前のチェンバレン首相は、チェコのズデーテン地方割譲に関する、ヒットラーとの歴史的なミュンヘン会談の幕間に、蝶々を追いかけていたという。
・また彼らは、皆である目的に向かって一致協力する、というのも不得手である。つい距離を置いてしまうのである。
・右向け右の画一には耐えられない。
・共同で何かをする場合でも、個人の創造的努力が、最もよく全体に貢献すると考える。だから創造的人間は多いかわりに、個人主義的と評されることになる。

政府が様々な局面でインセンティブを付ける施策を講じようとしていますが、少なくとも画一的な競争を慫慂させようとしているなどと評されないような緩みとか品格を保持しなくてはなりません。

全国一斉学力テストなどは、イギリス的な感性からはラットレースの典型なのでしょうが、他方で、山村留学などをしている子供達を見ると、他の子供達は兎も角も自分はこの地域で伸びやかに勉強をしたい、とのマインドがあり、とてもイギリス的だとも思えてきます。

さて、藤原氏は、イギリス病の真の原因として、「表から見える努力を笑い、その結果としての成功を笑い、競争をラットレースと笑い、一致協力を笑い、画一を笑う」ことがあるとし、これでは国際経済競争に勝てないのが当然である、と分析しています。

ところで現在は、イギリスの国際競争力は大いに増し、ポンドの価値は上がり、在留邦人は物価高で四苦八苦だということです。藤原氏が帰国して以降、一体イギリスに何が起こったのでしょうか。さしものイギリスも、グローバリゼーションの流れの中で、経済などの局面ではラットレースの世界に飛び込んだのでしょうか。そこのところも興味深いものがあります。

イギリス滞在わずか1年の間に感受性豊かにイギリスの本質に迫っているように感じられるエッセイからは、大いに知的刺激を受けます。根源的なところでイギリスと日本は似ているという藤原氏の指摘にも、納得できるところがあります。そうは言っても、この様な伝統が、イギリスの一般大衆の間でも保持されているのかはよく分かりません。

「遙かなるケンブリッジ」の続編の、「今日のケンブリッジ」を藤原氏に所望したくなります。

|

« 久高島の国内離島留学 | Main | 仕草のコンテンツの宝庫@旭山動物園 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/15166988

Listed below are links to weblogs that reference 「ラットレース」:

« 久高島の国内離島留学 | Main | 仕草のコンテンツの宝庫@旭山動物園 »