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May 05, 2007

古い商家の佇まいが印象的なまち、須坂市

須坂市は、市民活動と農業のまちだけではありません。歴史と文化と景観に彩られたまちでもあります。

三木正夫市長とともに「田中本家博物館」を訪問しました。須坂藩御用達の豪商であった田中本家は、江戸時代の姿が美しく保存されています。ちょうど中島誠之助氏所蔵の古伊万里染付の展示も行われていましたが、田中和仁学芸員の話では、テレビ番組の縁で博物館と中島氏との間で交流関係が出来たのだそうです。

この博物館は、広い豪商の館・庭園をそのまま博物館としたもので、四季折々の風情も楽しめます。春夏秋冬のそれぞれの庭がありますが、これは天明の飢饉の際、公共事業を興して農民救済をしたことに由来するものなのだそうです。それだけ大きな規模の趣向を凝らした庭園です。Photo_41Photo_42

家訓の展示もありました。要は、贅沢をしない、弱い人たちに優しくする、といった内容で、家を長く続ける秘訣を綴ってあります。

その田中家も、須坂騒動というものに巻き込まれ、焼き討ちにあった歴史もあるのだそうです。明治時代、男性の当主が相次いで亡くなり、女達が家を続けてきたという苦しい時代もあったのだそうです。

田鶴さんという明治27年生まれで昭和になって80歳でお亡くなりになった方も、早くに夫に先立たれたのだそうですが、その方の幼少期からの着物、若い頃の着物、婚礼の着物、その後の着物が綺麗に展示されていました。入手先は「日本橋三越」なのだそうです。通信販売で購入したり、実際に東京に買いに出掛けたこともあったのだそうです。見た目にも華麗で品のよい着物が現在でも着ることができるような状態で展示してあるのです。

田鶴さんの新婚の頃の写真もありましたが、大変控え目な感じの美しい方で、思わず見入ってしまいました。

案内役の田中学芸員は、田中家の跡継ぎだそうですが、「幼少期から晩年まで三越の着物で一生を終えた明治の女性の遺品がこのようによい状態で保存されていることは三越にとっても貴重だと思いますよ。最近は着物ブームでもあるし」と申し上げ、新たな提携企画の可能性の話で盛り上がりました。

この田中本家の周辺は、お寺や古い商家が比較的よい状態で残されています。蚕業が盛んな時代、随分と財が蓄積された様子が偲ばれます。普願寺という浄土真宗のお寺は伽藍が大きく、杉や松も立派で、歴史の重みを感じます。
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街道沿いの商家も、外から来る人の目を意識し、古い風情を復活しようという努力の跡が伺われます。戦災を免れたことも古い風情が残った大きな要素だという話です。

古城荘という謙信公の隠し湯とされる温泉旅館に泊まり、おかみの杉山よ志子さんの心づくしの料理を頂きましたが、旅館の落ち着いた風情も、まちの歴史を体現しているように感じられました。

ただ一つ気になったことがあります。それは今更言っても詮なきことですが、小河川がコンクリートで固められていて、まちの風情にそぐわないということです。泊まった翌日、朝散歩をしましたが、小河川のU字溝は子供が歯に付けるリテーナーのような感じで、違和感を拭えませんでした。Photo_43

これを作ったときにはそれなりの時代背景はあったのでしょうが、もし改修することがあったら、景観やまちづくりのコンセプトといった観点も踏まえ、皆で議論して欲しいと思えてきます。唯一須坂市らしくない無粋な景観でした。

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