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April 01, 2007

「親戚の交流」は年寄りを元気にする

前年の3月松本市と合併した旧四賀村の会田地区にある「ほそばら」という手打ちそば屋に伺った折に、同地に居住し、久しくお会いしていない父親の叔母のことを思い出し、電話をしたことがありました。92歳の可祝というハイカラな名前のお婆さんです。

年度末の土日、久しぶりで夫婦で帰省し、両親のご機嫌伺いをしましたが、大正13年生まれと昭和2年生まれの後期高齢者の老夫婦は、やっとの思いで生きているのが実態です。

4月1日の日曜日は、前日とは異なり日和がよく、父親も体調がよいようで、久しく会っていない親戚に会いたいと言い出しました。最近は自宅とデイサービス施設と病院が自分の世界となっている父親としては、車で帰省した息子を有効に活用したい気持ちになったのでしょう。

そこで、先ず、島内の父親の姉のところに伺いました。大正9年生まれの「やよひ」姉は、とても元気で最近までゲートボールに打ち込み、「一番バッター」として名手の誉を誇ってきたそうです。最近では、島内で「新人」がゲートボールに入ってこないので、チームが解散になったと残念がっています。

その「やよひ」叔母さんが、たまたま今朝、会田の可祝叔母さんがどうしているかと、ふと考えた、と語ったので、では、一緒に会田に行きましょうか、と誘い、そのまま出掛けました。

会田の可祝お婆さんの家の記憶は皆微かであり、「ご主人の葬儀の時に行ったことがあったが」、といった程度であり、スーパーで聞いたり、電話番号を改めて調べたりして、泥縄式で何とか突き止めました。会田地区のある旧四賀村出身の松本市坪田副市長の携帯にまで電話をしてご迷惑をおかけしました。

直前ではありますが予め電話をして伺えたので、可祝叔母さんは、家の前まで出てきて、歓迎してくれました。息子の嫁さんも一緒に迎えてくれました。日和がよいので、皆玄関先で、昔話や近況報告に花が咲きました。本当に久しぶりの再会でした。暫くすると息子さんも帰宅し、皆で記念写真を採りました。Photo_1


可祝お婆さんは92歳の高齢ではありますが、記憶は確かで、最近のこともよく記憶しています。昨年3月に私が電話をしたことも覚えてくれていました。

年をとると、近所以外に出掛ける機会が失われ、昔のつき合いが途絶えてしまいがちです。たまの機会に、親戚巡りをすることは、年寄りを元気にする有効な手段であると再確認できました。80年-90年にわたる人間関係に勝る縁は有りません。久しぶりの親孝行で、新たな発見がありました。

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