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April 29, 2007

“Capital of Agriculture”都農町のブドウと土づくり

「頑張る地方応援プログラム」の地方行脚の一環で週末宮崎県を訪れました。

47都道府県の全てを皆で手分けして訪問し、市町村長さんたちと議論をするのですが、全体の日程では今週末までで29箇所、私にとっては4箇所目の訪問地となりました。長野県、広島県、福井県、宮崎県と続いています。残りの18箇所のうち、沖縄、大阪が今後の私の当番です。

こうした訪問は、意外に得るものが多いと感じるようになっています。訪問側の制度の説明は簡単に済ませますが、参加する市町村長さん達は、「頑張る地方応援プログラム」に対する意見だけではなく、自分たちが抱えている課題や悩みを短い時間ではありますが、端的にお話しいただけます。事前の内容のすり合わせ無しの現場対応での意見交換になります。結構厳しい意見は出てきますが、お互いの立場を相互に理解する機会にもなっているように感じます。

今回の宮崎訪問の機会に、折角なので、意見交換会の前日、以前から訪問してみたいと思っていた都農(つの)町に伺うこととし、併せて宮崎市の進めている地域コミュニティ税の議論についても市の当局者と町内会の関係者からお話を伺うこととしました。いずれも私たちのところで検討しているコミュニティ振興の秘訣が潜んでいるように考えた次第です。

都農町は、私の知り合いのある経済学者の方から、品質のよいワインづくりなど農業振興で地域づくりをしようと頑張っているグループがあり、最近では「土づくり」にまで手を広げていると伺っており、一度実際に現場でその事業に関わっている人達から話を聞いておきたいと願っていました。

都農町役場に河野通継町長を訪ねると、背筋と眉毛のピンと張った九州男児の典型のような雰囲気のある方がお待ちでした。都農の将来を本気で心配し、どうやったら地域を元気に出来るのか、ありとあらゆることを研究されておられる雰囲気を感じました。東大の神野直彦教授に心酔し、慶応大学の金子勝教授ともこのところ交流があるとのことでした。

河野町長は、保守政治家の大物であった江藤隆美元代議士の後援会幹部として地元でつとに知られておられる方のようですが、ソフトな語り口からは、権威ぶったところは全く感じさせません。私から、失礼ながら、保守派の町長が金子勝教授のようなリベラルな学者と意気投合するのは面白いですね、と水を向けると、「地域を守る気持ちには保守も革新もないのですよ」、と笑って答えておられました。

河野町長によると、江藤元代議士との出会いはまさに一期一会で、町長が青年団の団長をされておられたその昔、当時宮崎県議会議員の一期目の江藤隆美氏と、偶然列車の中で隣同士になり、話込む中で、その勉強熱心さに感心し、こういう人を国会に出したいものだ、と考えたことが縁の始まりだ、という話を伺いました。

都農の農業振興・地域振興に向ける河野町長の発想も全く同じであり、とにかく、「人」に着目し、これだと思った人に仕事をやらせる、という発想で一貫しているように見受けられました。河野町長の案内で、町の第三セクターである有限会社「都農ワイン」の小畑暁工場長を紹介していただき、今や英国のワイン百科でアジア1位に格付けられるようになった都農ワインづくりの誕生の経緯を伺いましたが、江藤代議士の誕生に向けたと同じ感性を思わず感じました。Photo_29

たまたま日経トレンディ2007年4月号の「ニッポン発が世界を攻める」の記事にも、「宮崎でよそ者が“しがらみ”に勝った」という見出しで取りあげられていましたが、この間の経緯を以下「プロジェクトX風」に書くと・・・

・都農町は生食用ブドウの産地だが年々その商品価値は下がり、廃業に追い込まれる農家が相次いでいた。
・そこで持ち上がったのがワイナリー構想だ。町が三セクを立ち上げ94年都農ワインは誕生した。
・だが見通しは甘かった。県との共同研究で試作を繰り返すが、「飲めたものではなかった」。専門家には、「都農のブドウで美味しいワインは作れない」との烙印を押された。
・ところが、96年北海道出身の醸造技術者小畑暁氏が工場長に就任してから事態は大きく動き出す。
・北海道出身の小畑氏は、大手清涼飲料水メーカーに勤務し、ボリビア、ブラジルのワイン関連事業所で経験を積んできたが、帰国後は熊本の飲料工場でくすぶっていた。
・そんな折に、都農町の醸造家募集の話を聞き、飛びついた。
・河野町長は、「世界に通用するワインを作る」との小畑氏の一言で、採用を決断した。
・しかし、小畑氏は、当時農家が持ち込む劣悪なブドウを見て愕然とした。売れ残りのブドウで十分との意識が当時は農家に蔓延していた。
・「良質なワインは良質なブドウから」という思いの小畑氏は、持ち込まれたブドウを農家に突き返した。
・「よそ者」が地元農家のブドウにケチを付けるのは地元ではターブーであり、説得と衝突を繰り返しながら確執は続いた。
・だが、96年秋、小畑氏の作ったワインの味に関係者は驚く。
・農家の意識にも変化をもたらし、持ち込まれてくるブドウの質も改善されていく。
・海外から果汁を輸入しワインを作るべきとの提案が持ち上がったが、世界で勝負するには日本独自のワインを作らねばならず、そのためには地元で育ったブドウで作るのが絶対条件だと、小畑氏は主張。その熱意で押し切った。
・他方、都農の地域は、ワイン専用種のブドウの栽培には向かない風土とされていた。
・しかし、小畑氏はここに非常識を持ち込み、土づくりから見直し(堆肥を積極的に投入、根を大切に草を絶やさない、土は浅く耕す)、試行錯誤の末、実がしっかりした都農独特のシャルドネを実らせた。このシャルドネから作るワインが後に、国産ワインコンクールの欧州系・白部門で金賞を受賞することになる。
・この変化を見た一部の農家が、同様の土づくり農法をはじめ、地元のブドウにも変化が生じ始めた。
・04年から国内のコンクールに出品を始めると、評判はいつの間にか海外にまで届いていた。
Photo_30

この「よそ者」工場長を庇護したのが他ならぬ河野町長だったということは、小畑氏自身がしみじみと語っておられました。「人」を大事にして存分に働かせるという、人の活用の術を72歳の河野町長は心得ておられるようです。

しかし、このワイナリーが盤石であると考えるのはまだ早計のようです。私から、課題は何ですか、と問いかけると、小畑氏は、このワイナリーが三セクであることから、常に町の政治の動きの中で翻弄され得ることを懸念していました。町がが様々な形でこの施設に関わっていることから、いろんな言われ方をするようです。批判する人は、地域産業振興の他の選択肢を提示することはないようです。一方で、毎朝黙々と草取りをするボランティアがいてくれたり、地元の工務店の塩月良一さんのように風でからんだ鯉のぼりを整える役回りを果たしてくれたりする人がいて、小畑氏は力を得ているようです。塩月さんには、役場内で偶然お会いしましたが、「よそ者」の小畑氏を地元コミュニティに紹介してくれたり、自分の撃ったイノシシを食材として振る舞ってくれたり、ファシリテーション能力が抜群の方と伺いました。

もう一つの課題は、今後のワイナリーの設備投資に向けての資金確保だということでした。地方自治体の三セクへの損失補償が厳しい目で見られているなかで、今後は、地方自治体の信用力を背景にした資金調達が難しくなっています。設備投資に向けた引当金が積めていない中で、次への展望をどう作っていくか智恵の出しどころだというところです。

都農ワインの施設の中で、土づくりのプラントも見せていただきましたが、地元で出る生ゴミや魚の内臓を日に400キロほど集め、グリーンガイヤというプラントで半日ほど発酵処理し、こうして出来た発酵処理物に地元で排出される家畜の糞尿を混合すると、一週間ほどで良質の堆肥が出来上がってくるのです。発酵処理物は土壌改良材として直接農地に投与しても効果があるとのことです。

これにより、農薬を相当程度減らすことが出来、最近都農を訪れた金子勝教授は、取れたての茄子を丸かじりしてその安全なことをアピールしたほどだということでした。

これが土づくりと組み合わせた都農ワイン、都農農法のエッセンスですが、私の目からすると、このシステムをパッケージにしてひとつのビジネスモデルとして国内外、特にアジアの開発途上国に輸出するようなことが考えられたらいいのになあと、思えてきます。そのパテント収入を都農ワイナリーの設備投資に向けられれば面白いなあと、夢想は広がります。

都農町の花房洋一郎農林水産課長も町長と一緒に廻っていただきましたが、花房さんは、町のサッカー協会の会長も兼ねておられるとのことで、中学サッカーに都農ワインカップを出すなどの工夫もされているとのことでした。ブドウの房を思わせる花房とはしゃれた苗字のようにも思われました。

土づくりに専門的に取り組んでおられるのは、河野正和さんという役場の農林水産課の身分を併任した方でした。他にやる人がいないのであれば、自分で取り組む、と、土づくりプラントにのめり込んでおられるのです。

小畑さんの話では、そういえばこの地域で動いているいろんな企画やイベントは、ほとんど数人の意識の高い仲間が仕掛け人になって動いているなあ、ということでした。黒沢明の「七人の侍」のような前衛集団のモデルは、どの時代のどの局面でもあるのかも知れません。

都農町の椿本謙次副町長と河野吉孝企画財政課長にもご挨拶いただきましたが、どうも都農町役場の管理職は、皆、河野町長の理念の下に、まちづくりのエバンゲリストとなってフットワークよく動いているように見受けられました。

都農ワイナリーのバルコニーから庭を見ると、役場の関係者が、作業服を着て作業をしていました。農山村地域で役場職員の果たすべき役割のひとつの有り様を垣間見るような気がしてきました。Photo_31

ところで、都農という言葉ですが、河野町長は、「農の都と書く」と皆に言っているとお話でした。私は、それであれば、英語表記は、“Capital of Agriculture”にしたらどうですか、と申し上げました。「日本の農業の都」と名乗るのです。とっさの一言でしたが、「これは面白い」、と思わずお互いに納得しました。

東京に戻ったら、インターネットで都農ワインを注文することを約束して、都農を後にしました。新酒の頃にまた都農を訪問したいと思います。

とにかく、芳醇な都農ワインの美味さに、思わず、テースティングと称して写真のワインを少量でしたが全種類頂いてしまった私でした。
Photo_32


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