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April 22, 2007

地域の誇りを創造する地域活動@川根振興協議会

3月21日に広島市で児玉更太郎安芸高田市長にお会いし、次回は安芸高田市を訪問し、川根振興協議会を見せていただきますと申し上げたことを、この週末に実現できました。

安芸高田市は、高田郡6町村の合併により、平成16年に発足した中国山地の真ん中に位置する人口33000人程の小さな市です。

しかし伺って思うことは、山間地域がとても美しく保たれているという印象です。石州瓦らを使った民家の家並みは重厚で、歴史の重みを感じさせます。とにかくこの地域は毛利元就の居城があったところなのですから。安芸国、石見国、備後国の三国の覇権を巡って、毛利氏、尼子氏などが鎬を削った地域にふさわしく、三国山などの地名や風景からは往時の面影が伝わってきます。

その安芸高田市は、少子高齢化の中で人口減少に悩んでいます。将来を展望する中で、「財政的に行詰まらないための生き残りをかけた合併」というのが児玉市長の意識だったのです。そして、その合併を支える仕組みが、「地域自治組織」というコミュニティ組織であり、「人間の基盤であるコミュニティの無いところに幸せはない」、「行政のための合併ではなく皆の暮らしのためにやるのだ」という話をして市民にも納得してもらってきたというお話でした。

その、「地域自治組織」の実態を今回じっくりと見せていただいたのです。安芸高田市で地域自治組織の活動を支援する自治振興課長の小田忠氏に、二日に亘り、フルアテンドをお願いし、この辺りの事情説明、キーパーソンとの話し合い、支援組織の方々との勉強会といった盛りだくさんのメニューに恵まれました。

一言で言うと、こういう人たちがいる限りはまだまだ捨てたもんじゃない、という希望が見える思いがしました。

小田課長よると、合併した市内全域に32の地域自治組織及び旧町村単位に6つの連合組織を設けた理由は、合併により取り残されることへの不安、議員や職員が減って住民の意向が繁栄されにくくなることへの不安を払拭し、互助共助のシステムを再構築し、市民と行政が協働でまちづくりを推進するため、ということでした。

小学校区単位、旧自然村単位、など住民が自発的に選択した区割りに基づき50世帯から2200世帯を超えるところまで、集落を基層単位として地縁型組織を創り上げたのです。

地域自治組織は、地区内の住民、企業、団体など全員参加です。そして地域内の様々なコミュニティの代表が機構を構成しています。各行政区の代表、民生委員代表、企業代表、農業委員代表、老人会代表、女性会代表など全員参加の地域活動のプラットホームが出来ています。ここで意思決定したことは地域の意見として市役所に届きます。財源は、年会費、寄付金、市からの助成金で賄われています。

そうは言っても、地域ごとに活動内容には大きな差があります。お祭りやイベント、資源ゴミの回収、地域の防災防犯活動といった比較的どの地域でも見られる一般的な活動から、宿泊施設運営、店舗の運営、地域の担い手確保、地域全体での農地保全、用地調整といった地域を共同で管理するといった踏み込んだ組織活動にまで手を広げているところまであります。

後者の代表が、今回伺った川根振興協議会なのです。川根地区は、昭和47年の水害で地域が孤立し、行政に頼らないで自分たちで出来ることは自分たちで、という自立意識が高まり、爾来、30年以上に亘り、地域活動を発展させてきたのだそうです。そもそもの運動のきっかけは、危機意識だったのです。

現在の川根振興協議会の会長の辻駒健二氏にお会いすることができました。辻駒さんは、この分野では伝説的な人物として、つとに著名な方です。小田課長も、辻駒さんの存在があるので、安芸高田の地域自治組織の取り組みが上手く動いている、と語っておられました。何と言っても実践の裏付けのあるリーダーの存在が大きいのです。辻駒さんは、川根の振興協議会の会長であるだけではなく、市の地域振興推進委員にも任命され、自治組織の運営の手法などについて指導助言をされているとのことでした。

その辻駒さんに、川根地域内をご案内いただきました。川根は19の集落、264戸、617人の地域です。江の川の支流に展開する谷沿いに発展した地区です。昭和30年代には最高で2198人の人口が、昭和の大合併や過疎の影響で、人口が1/3以下に減ってしまっています。子供が少なくなり、遂に高校、中学が無くなり、現在では小学校を維持していくのがやっとです。

地域の担い手を確保し、小学校を維持するために、「お好み住宅」という一軒家を廉価で提供することで若い家族を募集し、現在ではこうしたI・J・Uターンの家族の子供の小学生の方が圧倒的に多いのだそうです。

農地保全にも力が入っています。最早個人や集落の力で農地を維持管理していくことは困難であり、川根振興協議会の中に、「営農環境委員会」を設置し、組織的な農地の維持を図っておられるのだそうです。ほ整備はその有効な手段で、農家を督励しながら田圃を守っています。その守り方が、伝統文化の復活という手法を使っています。「はやし田植」という早乙女と太鼓の囃子により、賑やかに皆で盛り上げて田植えを行うというやり方なのです。Photo_27

毎年地区を選び、田植えをお囃子により、応援するのです。すると、都会に出ていった親戚もこの時期になるといても立ってもいられずに帰郷してくるのだそうです。「田植えをお祭り」にすることで、地域に伝統の誇りを呼び起こすのです。

いちど農地が荒廃すると、元に戻すのは大変な労力です。川根に限らず、田や畑にフェンスが張り巡らされているのが気になりました。このことを辻駒さんに聞くと、あれはイノシシ対策だと説明してくれました。田んぼが荒れるとると、イノシシが出てくる。周囲が耕作放棄地となると、他の田んぼもイノシシにやられる。イノシシは、米が大好物。一度イノシシに入られると臭いが米について売り物にならない、のだそうです。Photo_28

左の写真は辻駒さんですが、その先の農地の周辺部は、フェンスで囲んであるのです。

JAの撤退で物販店とガソリンスタンドが無くなる恐れが出たので、一戸あたり1000円の出資を募り、振興協議会が運営する小さなマーケットとガソリンスタンドも営業しています。住民が出資し自らの持ち物として皆で活用し守っていく意識があれば、赤字にはならないと、皆を説得したようです。それでもガソリンスタンドは、価格の高騰で結構厳しいという声も漏れてきていました。地区の人もどうしても価格が安いとセルフのガソリンスタンドを使ってしまうのだそうです。

行政との連携が大変重要だと辻駒さんが強調されています。住民と行政の対話の場が「地域振興懇談会」なのですが、当初は一方的な行政糾弾の場になりかけたのですが、児玉市長が耐えに耐え、住民の側も自分たちが出来ることもあるはずだ、という意識に変わり、現在はお互いの役割と責任を理解し合う場となっているようです。

振興協議会に対する市役所の職員のサポートも欠かせないとのことです。市の職員も住民として振興協議会のメンバーなのですが、市長は、仕事の一部分として積極的に振興協議会の活動に関われと指示をし、職員の中には、事務処理のまとめをサポートする役回りを買って出て、大いに評価を挙げているのだそうです。

職員は地域の課題が分かり、地域は行政の情報をいち早く知ることが出来る。相互に高めあう関係が出来ています。

しかし、ここにも微妙なところがあるようです。余り職員が前に出ると、仕事を背負い込んで苦労することになる地域もあるようです。そういうところは職員も警戒してあまり前に出ない。しかし、自立心の強い地域は、職員にばかり責任を押しつける雰囲気がないので、職員もどんどん個人としていろいろ提案し、それに対して地域も意見を言う、という前向きな関係が成り立っているのだそうです。「俺もやるからあんたもやれ」ということが大事だと言うことです。

また、職員によってのファシリテーション能力の差異もでるようです。こういう能力の高い職員を沢山かかえた市役所こそが、これから光り輝くのでしょう。市役所の職員にとっては、「地域が人間道場」になってくるのです。児玉市長も、「人は現場で鍛えるのが一番」が持論なのだそうです。安芸高田市の職員は、給料の中から授業料を払うべきかも知れません。

更に、小田課長の話では、住民の意見を理念・目標として纏め上げる機能も重要だということを認識したとのことです。明治大学の小田切徳美教授が、この地域のアドバイザーとして、住民の気持ちや考えを、地域理念として昇華させるのに重要な機能を果たしたとのことでした。「それで地域が目覚めた」、と。アカデミックな機能が地域振興においても触媒になるのです。

さて、自立するのは経済・財政が大事です。辻駒さんは、年金に加え、一人年間30万円を稼げないか、と提案しているのだそうです。30万円だと月に2.5万円。一日だと1000円弱。それぞれ何か工夫できないか。これがインセンティブになり、生産活動に繋がり、コミュニティビジネスの原動力になると考えています。

「人の流れ」を「小さな経済」に繋ぐため、「ほたるまつりin川根」を開催したり、先ほどの「はやし田植」といった伝統芸能の披露もその発想に基づくもののようです。

私のように、川根を視察するグループが大変多いのだそうです。しかし、話を聞いてただ帰ってしまうのでは、川根にとっては余り意味がない。「エコミュージアム川根」で宿泊し、地域の食材を使った薬膳を食べてもらうことで、地元にお金が落ちることが求められているのだそうです。
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この薬膳料理は、裏庭でとれたばかりのタケノコ、ツクシ、刺身こんにゃくなどの地場の山菜と鮎、イワナ、鯉といった川魚がふんだんで、旬のものを頂くことで、元気になった気分になります。特に、川根地域振興会の役員の方々も交えての「地域の魅力を語る会」を兼ねての懇談会は、一期一会の得がたい機会となりました。

この薬膳料理も地域振興会の役員をされておられる料理長の心づくしでした。川根郵便局長の藤本悦志さんも役員としてご参加いただきましたが、藤本さんとは、宿泊施設で二次会までおつき合いいただけました。

この藤本さんのご協力もあったと想像しますが、川根では毎月23日を「文(ふみ)の日」とし、「真心メール」と題し子供達がお年寄りへの手紙を書く事業をやっているのだそうです。最初は、手紙をまともに書けなかった子供も、お年寄りからの返事をもらって、次第に感情豊かに中味のある手紙を書けるようになっていったのだそうです。お年寄りも元気になり、子供も文章力が高まり、地域の連帯感が高まる。そこに郵便が介在している。ちょっとした智恵のプラス効果の連鎖です。

辻駒さんとの話の総括は、「農村の価値を自ら認識し、そこに住み続ける自信と誇りを創り上げていく活動」を目指している、ということでした。それこそ誇りまでが空洞化したらだめになってしまいます。

確かに、この地域の農村は、美しい。例えば、傾斜地の田んぼは、石垣で囲われています。それこそ何百年もかけて築かれてきた文化遺産です。日本の田園風景こそが日本を代表する真の世界遺産なのかも知れません。
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しかし、それを維持していくことは至難の業です。ほ場整備が行われるとこの石垣は撤去されます。災害が起きて石垣が崩れると、コンクリート製の無粋な壁に代わります。早く手を打たないと美しい中国山地の石垣田園風景が無くなってしまいます。今は、年輩の方々が、先祖から引く継いだものを自分たちは守りたいという矜持で踏みとどまっています。

農山村では、農業は採算度外視の地域社会の生命環境維持機能を果たしています。「諸外国と同じ採算ベースで競争せよ」という発想は考え方の基本で間違っています。農地が荒れたら水源地が荒れ、人々の心もすさみ、日本の文化が廃れるような気すらします。明らかに環境に優しい日本の伝統的水田農業こそが世界のモデルとなるべきなのに、そうなっていない。どこかで間違えてしまったのです。

ではどうするか、日本の次世代を担う子供達に、日本の農村文化の真の価値を実体験させる機会を作ることが不可欠のように思えてなりません。グリーンツーリズムという仕組みや、山村留学などの仕組みがありますが、この際、もっと大規模に、義務教育課程に農山村で半月あるいは1ヶ月単位で一定期間滞在し、そこで落ち着いてじっくりと勉強をし農村の生活文化に親しみ、各人が第二第三の故郷を作っていけるような制度を作ることがとても大事だと思えてきます。都会の子供は農村に対するシンパシーが無くなりつつありますが、それを回復することを考えていくべきです。慶応大学の新進気鋭の若手経済学者が、いとも簡単に、「農山村で生活が出来なくなるのであれば都会に移住してくるべきだ。それが経済合理性だ。それでも居続けたいのは本人の贅沢であり、それを交付税で面倒見るべきではない。勝手にさせるべきだ」などと言い放って高い原稿料をもらっているようなことは、「学問の堕落」とまでは言わないまでも、経済学・財政学の本来の機能から考えると、とても悲しいことです。一度、こうした経済学者は、研修で川根に来るべきです。

子供の農山村の実体験により、農村のお年寄りの経験能力が生かされます。漬物の天才、山菜取りの天才、渓流釣りの天才、投網の天才、キノコ取りの天才、地域伝承の天才、地域の歴史の語り部、郷土料理の天才・・・自らの知識経験が次世代の子供達に生かされ、感心してもらえることは、自信を回復させ新たなエネルギーを生みます。

この様な話を辻駒さんに申し上げると、「自分は63歳だ。あと10年経ってどうかという不安がある。地域がひとつになって農地を守るという運動をしてきたが、それは農地は個人のものではなく地域の財産だからだ。年寄りに誇りを持って外に出てもらいたい。今の60歳から80歳の人たちは難儀な時代を生きてきた。ちょっとした仕掛けがあれば動き出す。その仕掛けが何かと考えていたが、子供の地域間交流を国を挙げてやってもらうことになると、地域は大いに元気が出る。とても元気が出る話だ。」との感想をお聞かせいただけました。

その晩は、蛙の鳴き声が美しい合唱のように響く川根エコミュージアムでぐっすりと眠りました。この施設の裏の小川には、1メートルのオオサンショウウオが飼われているのです。同じ敷地で、オオサンショウウオと過ごした一夜でもありました。


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