「掃苔」
通常国会も始まった金曜の夕方、10年近く続けている官民の勉強会の仲間の定例飲み会で、水戸藩の藤田東瑚の縁戚関係者である藤田某氏から、最近、「掃苔」に凝っているという話を伺いました。
迂闊にも初めて聞く言葉で、意味を伺うと、「墓石についた苔を掃い清めること」つまり、「墓参のこと」であり、俳句の世界では、特にお盆の墓参を意味し、秋の季語ともなっているのだそうです。
あとで広辞苑で調べて見ると、そこには載っておらず、比較的新しい語彙のようにも思われます。
この藤田某氏は、週末暇があると、都内の「掃苔」を行い、東京の幕末史の舞台となった事件の跡をたどっているのだそうです。桜田門、坂下門など江戸末期のテロの現場、新選組の縁の場所、彰義隊の戦跡関連箇所などを訪れているのだそうです。
特に、水戸藩士の関連した事件あとを「掃苔」し、碑文を読み墓石に手を合わせると、何かが語りかけてくるような気分になるのだそうです。先祖の血と某氏のDNAが共振共鳴するのかも知れません。
中公新書で、「幕末江戸散歩」という、「掃苔」愛好者向けの本も出ているようです。
結局、飲み会の最後の結論は、仲間で地域の歴史発掘も行い、これからの人生も心身共に健康で楽しく明るく生きていこうということになり、平均年齢50歳代の勉強会のおじさんおばさん達は盛り上がりました。
私もこの話に参加し、10年以上も前に熊沢蕃山の墓を古河市の鮭延寺に「掃苔」したことを思い出しました。蕃山は、江戸前期の陽明学者で岡山藩池田家で家老職を務め治水・飢饉対策などに功績をあげながらも、その著「大学或問」が幕政批判とされ、禁錮の身となり古河藩松平家に幽閉されました。古河在住4年にして亡くなり、鮭延寺に葬られたのです。
昨年古河市役所に赴任した職場の後輩に、蕃山先生の墓所を尋ねるように言っておいたのですが、「蕃山先生墓所掃苔」という言葉でインパクトを以て言うべきだったかも知れません。
これからの人生の密かな楽しみのひとつに、「掃苔」を加えることにしたいと思います。


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