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January 22, 2007

ライネフェルデと夕張

夕張市を訪れ、646棟、4000戸を超える夕張市の公営住宅の量、しかも、入居率69%という低さを伺って、思わずドイツのライネフェルデの団地再生の事例を想起しました。

旧東ドイツの中の西側国境近くに位置する小さな町であるライネフェルデは、夕張市程ではないにしても、類似の栄枯盛衰の歴史があります。(この経緯は http://www.wendy-net.com/nw/news&view/danchi2.html が詳しい)

ライネフェルデの町には、東ドイツ政府がセメント生産と紡績の工業基地を建設した結果、1961年当時2600人だった人口が東西冷戦終了時の1989年までに1万6000人に膨れ上がり、ライネフェルデはこの間、流入人口に見合った団地を建設したのだそうです。

しかし、ドイツ東西統合により大きな経済変化がこのまちを襲い、ライネフェルデの産業は衰退し、人口は2010年に半減すると予測され、1989年までに4000人が町から転出していったのだそうです。その結果住戸も空家となりました。

そこで、ライネフェルデの市長は1994年から2年間で団地のマスタープランを作り、「未来型小都市」にふさわしい街並み再生を模索したのだそうです。 

その処方箋は、住棟を建て替えるのではなく、傷んでいる部分を補修しながら、部分的に増築や改築を行うという団地再生の手法であり、更に、「減築」と呼ばれる、住棟の1部や全体を取り壊して、開いた空間を市民生活の質を高めるために活用する手法なのだそうです。人口が減少せざるを得ないところで、都市を再生し雇用機会を創出し居住環境の質を高めるために採用された苦肉の手法なのだそうです。

さて、この手法が夕張に当てはめられるのか、というところが問題です。

つらつら考えるに、この問題を解く鍵のひとつは、都市と農村の交流による需要喚起にあるように思えてきます。

夕張市の資源として、思いつくものでも次のものがあります。
①膨大な公営住宅のストック
②まだ十分使える余裕のある小中学校の校舎
③明治以来の炭坑の歴史を実地で教えられる自然博物館
④雄大で冷涼な大自然
⑤パウダースキーの19本のゲレンデ

仮に、都会の小中学生が、学期単位或いは1-2ヶ月単位でクラスまるごと、順繰りで夕張で公営住宅を活用した寄宿舎生活をするとしたら、どうでしょうか。

学校の先生と共に、自然の中で、まとまった期間、じっくりと友達や先生と寝食を共にしながら生活と勉強を共にする。そして農村の地域社会の人々とも生活体験を共にする。日本の近代化の歴史を支えた夕張の歴史と先人達の生き方にも共感する。

これは、教育再生につながる話です。夕張だけではなく、全国の都市と農村の交流事業として行うことも十分に有り得ます。

膨大な投資を行わずに、夕張も子供達も心身共に元気になるやり方は、なくはないように思えます。

多分都会の子供の親は、「塾があるのでそんなのは無理だ」と言うかも知れません。しかし、その話を聞くと、教育再生会議の野依さんが、「塾を禁止すべし」、とおっしゃっている言葉の意味も、よく分かってくるような気がします。

小中学校の時代からの塾通いと、親から離れたところで安心できる寄宿舎生活を経験することと、どちらが子供の情操教育・自我の目覚めに効果があるか、少し考えてみてもいいかもしれません。

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