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December 11, 2006

お祭りは「予防的危機管理」

12月9日に信州大学に講義で伺った折に、笹本正治人文学部教授にお目にかかり、短い間でしたが貴重なお話を承ることが出来ました。

過日、小宮山淳信州大学学長さんとお会いする機会があった折に、偶然、武田信玄の研究家として著名な笹本教授の話になり、信州大学に来る機会があったら、笹本教授を紹介するというお約束を頂け、今回お会いできる機会が与えられました。

平成19年のNHK大河ドラマは「風林火山」ですが、そこで再び脚光を浴びるのが武田信玄です。その武田氏の研究ではつとに知られる笹本教授なのですが、実はその研究領域は戦国時代史だけでなく、中世から近世にかけて、災害史、山村史、商人・職人史、音や色の印象の変化など多岐にわたっています。

笹本教授のことをこちら側から存じあげてから、もう5年ほど経つでしょうか、私が防災の仕事をしていたときに、小谷村の蒲原沢を訪問し、その際に、地元消防団の関係者から、実はここでは、土砂崩れのある前には沢に「黒い水」が出るという言い伝えがあり、平成8年12月6日に14名の治山工事従事者が亡くなった蒲原沢の土砂災害の折にも、災害の前にその兆候があり、懸念した地元業者は工事を休んだが、そうでない事業者のところで多数の出稼ぎの方が亡くなられたという趣旨の話を仄聞しました。

この災害の後、土石流関係の労働安全衛生規則の一部を改正する省令が改正され、事業者は、降雨、融雪又は地震に伴い土石流が発生するおそれがある河川において建設工事の作業を行うときは、一定の措置を講じなければならない旨定められるに至っていますが、この災害事例を切っ掛けに、災害にまつわる伝承というものが防災対策上からも非常に重要であることを認識しました。防災も歴史に学ぶことは多いはずです。

そこで、小谷村に関わる災害伝承の論文がないか調べて見ると、笹本正治という人が、「災害文化と伝承―長野県小谷村の土石流災害と伝承―、『京都大学防災研究所年報』第41号B-2、63~75頁、1998」に論文を書かれていることが分かりました。

その論文の印象は強く、その後、内閣府の中央防災会議で我が国の過去の災害の記録を発掘していく研究を行う必要性について消防庁としても積極的に働きかけを行い、その後一定の研究成果が蓄積されるに至っています。消防庁でも、中小の災害にまつわる災害伝承について、内閣府とは別途の研究会を立ち上げ、検討を継続しているはずです。

その後、担当部署を異動し笹本教授のことは記憶から遠ざかっていましたが、今年の春に、坂城町の中沢一町長から坂、城の歴史発掘を行う中で、笹本教授の支援を受けた旨伺う中で、記憶が蘇りました。(http://tokyo-nagano.txt-nifty.com/smutai/2006/03/post_a0c8.html#more)

そして、小宮山学長との話の中で、再度の「記憶再生」、となったのです。この日まで笹本教授とはお会いしたことがなかったので、どんな人かとても楽しみでした。

お会いして見ると、純朴そうではありますが、とてもエネルギッシュな印象を受けました。もちろん知識は抜群にあります。歴史考証をきちんとし、学問に対するひたむきさも感じました。しかし、何よりも、話が面白いので、時間の経過を忘れてしまいそうでした。

話はコミュニティ議論から始まり、私の方から、「コミュニティが必要なのは、希に起こる災害に対して、地域社会が連帯して立ち向かえるようにするためであり、その連帯を確認するために、毎年毎年お祭りを行い、共同体意識の高揚をしているのではないでしょうか」と問を発すると、笹本教授は、「そういう見方は当たっています。そして、そもそもお祭り自体が災いを遠ざけようとすることから発した行事なのですよ。古来から神様というものは、人に危害を加えるものだという認識があり、その神様を饗応し、祭り上げることで、危害を加えないように慰撫したのがお祭りなのですよ。」と御教示いただけました。

笹本説によると、お祭りとは、「除災」であり「予防的危機管理」の行事だったのです。

こうした話から始まって、飯田市の遠山郷のお祭り、飯山市の小菅地区のお祭りのすばらしさなどをご紹介を頂きました。こうした伝統文化がすばらしいものであることを地元の人に伝え、それを本として出版することを通じて、地元の人やその地域の出身の人たちが、改めて地元地域を見直す切っ掛けとなっているのだそうです。地域活性化の起爆剤に歴史発掘という手法が十分に有効なのです。

笹本教授を中心にまとめたこうした歴史文化・自然を発掘した本は、地元で結構な販売部数となり、家によっては数十冊もまとめて買い込み、遠くに離れた親戚などに配っているという話もご紹介いただけました。

信州大学は、独立行政法人になったからではないのでしょうが、地域との連携にも力を入れ、笹本教授は、歴史文化の発掘により、地域社会に自信を与えることで、地域への貢献活動を積極的に行っておられるのです。

しかし、地域の歴史・文化の発掘に必ずしも熱心ではない行政当局に対して、辛口の言葉も伺いました。例えば地元松本市は、「岳都、楽都、学都」を表明していますが、大規模な山城として史跡指定されている「埴原(はいばら)城」(http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/TokaiKoshin/Nagano/Haibara/index.htm)に関しては、市はこれまで全く関心を示してくれないと、嘆いておられました。埴原城は戦国時代の山城として素晴らしいものであり、早く保存の手を差し伸べなければならない、と、力説されていました。

恥ずかしいながら、私も埴原城に関しては全く知識がなく、地元出身者として恥ずかしい思いがしました。期せずして、折を見て、笹本教授の案内で、小宮山学長も交えた現地視察の約束ができあがりました。

松本に関しては、女鳥羽川が人工河川であることもお教えいただきました。武田信玄の指示かどうかは不明だが、との前提付きでしたが、松本城の外堀を作るために、上流から90度に川を曲げ、女鳥羽川を作ったのだそうです。この急角度の河川構築のために、女鳥羽川は度々水害に見舞われることになったのだそうです。

また、長野県は信州蕎麦で有名ですが、昔は、蕎麦自慢は恥だとされたのだそうです。中国大陸では蕎麦を食することは貧しさの象徴であり、決して自慢するようなことはないのだそうです。蕎麦くらいしかとれない貧しい地域であることを人には言えないのです。笹本教授の出身の山梨でも同様の意識があり、蕎麦自慢をすることはないのだそうです。ところが、長野はそれを平気で自慢する。笹本教授によると、そこが長野の凄いところで、逆境を逆手にとって逆転の発想により売り込みにつなげる、のだそうです。智恵で勝負の長野県、ということになるのでしょうか。

武田信玄に関する話も伺いました。余りネタをばらすと、笹本教授の特許を侵害することになりますので、以下さわりを少しだけ紹介します。

・「信玄堤」で武田信玄は有名だが、これは武田信玄の功績というよりは、当時の甲斐の国に、それだけの土木工事を行う技術の蓄積があったということに意味があり、甲府盆地の大規模堤防工事を一括して行ったリーダーシップがあったという点で信玄の功績が位置付けられる。

・「甲陽軍鑑」は、江戸時代に書かれた武田家の軍学書だが、記述内容には不正確なものもあり、すべてが正しいものと考えるのは間違っている。歴史書というものは、後世の史観からデフォルメされるものであり、誰がどの様な意図で記述をしたのかという観点から見なければならない。山本勘助が実在したかどうかは怪しい。

ところで、笹本教授が地域の歴史や伝承を紐解き、深く地域社会に入り込む理由としては、それを現代の地域社会に生かしたいから、なのだそうです。現在山村中心に、地域社会、コミュニティが崩壊しつつある、上流部のコミュニティが崩壊すると、下流地域にとって水源地管理が出来なくなり、ゆゆしき事態になる、それは日本の国土構造全体の脆弱化につながる、との懸念をもっておられます。そのために、地元密着のアカデミズムとして何が出来るのかを模索しておられるようでした。

私の方からは、政府でも、格差社会の是正の一環として、政府を上げて地域活性化方策の検討を始めており、その中で、地域社会の担い手をソシアル・キャピタルと命名し、その機能を高める方策の検討を始めていることを申し上げました。私どものところでもそれなりの検討を始めつつあることを申し上げ、埴原城趾を訪ねながらの早急な智恵の共有関係の構築を、誓い合いました。


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