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November 13, 2006

「上げ潮」の経済成長と社会の安定

先週、経済成長、市場経済、社会変化に関する3冊の特徴的な本を読みあさりました。内橋克人氏の「悪夢のサイクル」(文芸春秋)、中川秀直自民党幹事長の「上げ潮の時代」(講談社)、山田昌弘氏の「迷走する家族」(有斐閣)です。

それぞれ、市場経済主義路線の中での格差社会の現状認識、経済成長に対する考え方、その影響が個々の家族のレベルに及んでいる影響、それに対する処方箋などについて、異なる視点から相補完する形で論陣を張っておられ、それぞれに読み応えのある内容でした。

内橋氏の「悪夢のサイクル」では、野放図な市場原理主義と投棄マネーが実体経済を破壊し人々の暮らしを荒廃させていく過程を、各国の事例に基づいて検証し、このサイクルは、ミルトン・フリードマンに始まる「ネオリベラリズム」主義の考えによって生じた、ただの景気循環ではない「悪夢のサイクル」とも呼べる循環であることを論証しています。ジョセフ・スティグリッツ氏の「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」の内容を日本に置き換えて解説したものという趣も感じました。

内橋氏は、日本でも竹中平蔵前総務大臣やオリックスの宮内義彦氏がこの考えに基づく規制改革施策の推進役になり、日本経済もこのサイクルの中に組み込まれていると考えるとこれまでの経済状況の推移がよく分かり、今後の推移も予測できる、と書いています。

これに対して、中川幹事長の「上げ潮の時代」は、自民党政調会長時代の多くの専門家との勉強の成果を元に書かれた本であり、中川氏はこの中で、小泉政権の規制改革の成果を総括しつつ、経済成長があってこその富の分配であり、IT投資などの成果が発現する今こそ我が国にとって経済成長の上げ潮のタイミングであり、国の政策もタイミングを逸せずに「Seize the Moment」(潮目を捉えよ)と熱っぽく語っています。

九州大学の篠崎彰彦教授の分析資料を元に、「失われた10年」にあっても日本には2.5%程度の生産性成長率があったことを前提に、これを基礎力として生産性上昇トレンドを加え、年率で3.5%から4%の生産性上昇を確保すれば、生産年齢人口減少による経済成長率減少要因の0.7%~0.9%を十分カバーできると主張します。その生産性確保の要因としては、IT資本ストックとアウトプットの関係を示す「S字型生産関数」が持ち出され、IT投資というものは、ある時期を境にその経済効果が大きく花開くことが米国の事例で実証されていると書かれています。日本も、この経験理論を元に、適切な政策誘導、すなわち、規制緩和を行えば、経済成長が加速する、という理屈になっています。

たまたま過日、篠崎教授ご自身からお話を伺う機会がありましたが、教授からはこの本の中で書かれている考え方を更に分かりやすく解説して頂けました。

規制緩和を巡り、内橋氏はその負の側面に注目し、中川幹事長はそのメリットを強調しています。中川氏が、外資の導入も積極的に行って行くべきとし、リスクマネーの流入にも一定の評価を行うのに対し、内橋氏は、トービン税などにより、短期資金の国境を越えた異動に一定の規制をかけるべきと主張しています。

一方で、内橋氏と中川氏の両者には共通した面もあります。教育の充実ということです。内橋氏はPISAの学力調査を引き合いに出し、フィンランドの義務教育の充実ぶりを賞賛していますが、中川氏も、経済成長のためには「人こそが鍵」と断言し、より高い教育水準への財政支出、低生産性部門から高生産性部門への雇用者移動のための訓練に対する財政支出の重要性を指摘しています。しかし、中川氏は、教育支出は、教員の給与に消えてしまってはならない、直接教育水準をよくするように使われるべきだ、とも書いています。

中川幹事長の本の中では、内橋氏の論調をはじめとした格差社会拡大に対する批判を意識した記述が何ヶ所も出てきます。中川氏は、ドッジラインで有名なジョゼフ・ドッジの「富は先ずこれを創造してからでなければ分配できない」という言葉を引用し、いわゆるトリクルダウン・エコノミー論を掲げます。

このトリクル・ダウンエコノミー論に対しては、東大の神野直彦教授などが、個人間の格差に関しては税の累進税率緩和で所得再分配機能を弱め、地域間の格差に関しては地方財源の圧縮で財政調整機能を弱め、垂直的にも水平的にも、トリクルダウン・エコノミー論さえもが機能しないのが日本の現実ではないか、と別の観点から論じておられ、今後の制度のあり方の議論が注目されます。

ところで、もう一つの本である山田氏の「迷走する家族」では、戦後の高度成長期から今日に至る経済構造の変化の中で、我が国における家族の意味合いが大きく変化し、より幸せになる家族と、幸せになれない、あるいは家族すらもてない若者が増えている現状を豊富なデータを駆使して語っています。

高度成長期には、「豊かな家族生活」という目標があり、誰もが努力すれば実現できる「戦後家族モデル」があったが、いくら努力しても収入増が見込めない若者が増える中で、この「戦後家族モデル」は崩壊し、新たな家族モデルが見つからないままに、個人も社会も、「家族」とどう向き合えばよいのかわからなくなっている現状を描いています。

山田氏は、①男性の職が不安定化することにより、戦後家族モデルの実現率が低下、②最初から豊かな生活環境を当然のこととして育った現在の若者にとっては、戦後家族モデルというのは最早努力して手に入れたいモデルではなくなっている、③そして、「戦後家族モデル」に変わりうるような新しいモデルが不在、と分析しています。

晩婚化や、未婚率の増加、更には少子化は、その結果であるとし、現在、将来ともに希望をもてない若者が、精神的不安定さを高める可能性を強く予見し、その結果として見込まれる社会不安、犯罪発生率などの増加を懸念しています。

そして、山田氏も他のお二人と同様、対応策としての教育投資の重要性を指摘しています。

中川幹事長は、現職に就任する前は自民党の政策責任者であり、現在は党全体の取りまとめ役でもあります。その立場からすると「上げ潮の時代」に書かれている内容は、その相当部分が安倍政権の政策に組み込まれていくことは十分に予測されます。そのメリット・デメリットをどう捉え、そのマイナスの側面をどう緩和していくのか、今後とも多方面からの議論が見込まれることは必定です。その意味でも、視点は異なるものの、大いに啓発される3冊でした。

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