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September 18, 2006

「格差社会拡大はモノづくり日本の基盤を崩す」

普段は余りビジネス書などは読みませんが、新聞の書評でとても評価が高いので、経団連会長の御手洗冨士夫経団連会長と丹羽宇一郎伊藤忠商事会長の対談集「会社は誰のために」を読みました。

日本を代表する企業のトップの経営の視点がよく分かり、それなりに勉強になりましたが、私が特に注目したのは、丹羽宇一郎氏の視点です。丹羽さんは熾烈な国際ビジネスの競争を体験した中で、日本の今後の行く末に関して、格差拡大に憂慮の念を示しています。

丹羽さんは経済人らしく、その理由の一つに、モノづくりの力を発展させていくためには中間所得者層を大事にしなければならない、と断言しています。モノづくりは、もちろん技術者のたゆまぬ努力と研究の成果だが、それを支えているのは商品に厳しい目を持った中間所得者層で、品質にうるさい中間所得者層がいたからこそ、日本の生産技術が発展してきた背景があると分析しています。

そして、今後相対的に低所得者層が増えると、消費も価格重視に比重がかかり、多少品質が悪くても安ければよいという志向が生まれ、現実に中間層をターゲットにしたスーパーマーケットは衰退し、百円ショップなどのロープライスの店が勢いを増しているとし、人々の消費行動が変わってきていることに注目しています。問題は、この消費者のニーズに合わせてモノづくりも合わせざるを得ないということです。品質を落とし、価格重視の商品を打ち出すような方向転換では、今後日本が拠って立つべき高付加価値の製品を生むことなど出来ないと、断言しています。

所得の二極化は、単に所得の問題ではなく、経済の在り方にも大きな影響を及ぼし、日本のモノづくりの力をより発展させていくためにも、一部の金持ちではなく中間所得者層を優遇していく政策が急務だとしているのです。

丹羽さんは、資本主義には弱肉強食の一面があり、放っておくと非常に横暴なものに変わっていくとの懸念を表明しています。欲深さを断ち切れないのが人間の業であると同じように、資本主義もまた強欲さとその肥大化といった業が存在する。それをチェックする機能が、資本主義の成立・発展段階では、プロテスタンティズム、ロシア革命前後からは社会主義だった。社会主義が存在したからこそ資本主義は順調に発展してきた側面がある、というのが丹羽さんの見解です。

その社会主義が崩壊した現在、資本主義の暴走を食い止める有効な体制や思想はない。宗教や社会主義に代わるもの、それは「個々人の倫理観」であり、謙虚で慎ましく生きることを美徳とする日本の精神風土に根付いた自戒の精神、日本人の自立自省の精神から生まれる「恥を知れ」というのもその一つであるというのが、丹羽さんの見解です。

丹羽さんの分析では、我が国の二極化は進み、貧富の差が拡大しつつあるという見立てです。平成16年の法人企業統計調査では、全法人企業従業員の72%を占める資本金一億円以下の中小零細企業の平均給与は過去10年間で16%下がり、資本金1億円から10億円の中堅企業では9%下がり、資本金10億円以上の大企業の場合は1%上がっているのだそうです。

公共投資抑制の議論も、格差拡大の要因になりうると丹羽さんは指摘しています。日本の公共投資はGDP比5%前後、フランスは3%程度、イギリスドイツは2%程度と日本はまだまだ水準は高いが、公共投資は雇用対策の側面もあり、単純な削減議論は雇用面のセイフティーネットを危うくしかねない。現に、欧米では効用対策のセイフティーネットを作るのにGDP比3-4%を費やし、公共投資と合わせるとほぼ日本と同水準のGDP比となる、と分析しています。

単純な公共投資削減により、地方は相当疲弊し、雇用のセイフティーネットを考えなければならない。さもなくば地域格差はますます拡大し、社会は混乱していくだろう、と指摘されています。

資本主義社会では、必ず強者がルールを作る。かつては労働組合もあったが組織率も低下し、現実には弱肉強食社会の暴走に歯止めをかけるほどの力は持ち合わせていない。大局観の欠如した一部の金持ちや政治家などが自分に都合のいいようにルールを作っていく。汗水かかない拝金主義者が跋扈する現在の日本はまさにそういう状態になっている、と辛辣に現在の日本の現況を分析しつつ、格差がこれ以上広がっていったときに日本はどうなるのか、という視点に立って大局的にものを見ることの重要性を篤く語っておられます。

マルクス経済学者の言葉であれば、まあそうか、という一般的な感想に終わるのですが、このことを語っているのが、他ならぬ日本資本主義の中核企業の大手商社の責任者だった方なので、ある意味で新鮮な驚きを感じた次第です。しかしその答えは、丹羽さんの経歴に隠されています。名古屋大学時代に安保全学連の闘志として知られたのが丹羽さんです。正義感だけで学生運動に身を投じておられたのだそうです。その際に感じた当時の共産党組織の体質として、自らの言動が社会正義であるかどうかよりも、権力に媚びへつらう輩だけが最終的に組織に残る、という脆弱さがあったのだそうです。しかし、そのような体質は、どんな組織にも多かれ少なかれ存在し、これは、人間の弱さ、ある種の業と言えると述べています。ついつい自己保身に走るのが人間である、ということを忘れずに経営にあたるべし、というのが丹羽さんの考え方の原点にあるようです。

そういう原点に立っておられるためかどうか、丹羽さんは、社長就任後も、電車通勤を継続したとのこと。運転手付きの車での送迎生活に慣れてしまったら、自分の目線が世間の目線や常識とずれてしまうのではないかとの怖さがあった、と書いていますが、謙虚で慎ましく生きることを美徳とする日本の精神風土を自らの日々の行動にあてはめてゆくという知行一致の思想を思わず感じました。

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