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September 07, 2006

少子化対策への「選択と集中」

少子化対策で全国的に有名になっている長野県下伊那郡下條村を訪問し、人口4200人の小規模な村が少子化対策を推進するに当たっての当局者の生の声を伺う機会を得ました。我々の訪問の前には、韓国のテレビ局が泊まりがけで取材に来ていたとのことでした。

下條村の伊藤喜平村長は平成4年に村長に就任されましたが、当時は人口が3859人まで落ち込んだのだそうです。それが今日では、35年ぶりに4200人を超えることとなり、小さな村でもやりようによっては何とか生き延びることが出来るという自信になっているように見受けられました。

しかし、その裏には大変な苦労があります。財政資源、人的資源が制約されている中で、究極の「選択と集中」の見本のような行政運営が見て取れます。

役場に伺って先ず驚くことは、役場が閑散としていることです。お盆休みの職場ような雰囲気です。事情を聞くと、職員を削減しているのでいつもこんな具合なのだ、と。一般行政職35名の体制で、類似団体の56%の人員でギリギリの運営なのだそうです。一般行政職員に加え嘱託職員23名で業務を補充しているとのことですが、下條村関係者からは、新人が入ってこないこととギリギリの人員でやっているので人事異動がなかなか出来ず、全体を見る職員が育たないことが心配だ、との声も少し聞こえてきました。

午後の半日を、伊藤喜平村長、熊谷浩平助役、串原良彦総務課長から徹底したヒアリングを行いました。下條村の理事者からの話なので、何の遠慮もない話を端的に伺えました。ヒアリング自体、この3名のみで対応され、担当者は本来業務に専念させての話し合いになりました。

下條村は、明治22年に発足以来、昭和の大合併の折りにも村を二分した議論を経ながら合併を見送り、117年間単独村で現在に至っているとのことです。役場を中心として一村がコンパクトにまとまって、村人の暮らしぶりの満足度が高いようです。隣接する飯田市街まで時間距離で20分の距離で、平成19年に供用開始の三遠南信自動車道天竜峡インターからは7分の至近距離です。後で紹介する下條村の少子化対策の成功の裏には、こうした下條村の地政学的位置づけがだいぶ影響しているように感じられました。

下條村の財務指標はとても健全です。財政力指数は0.22と低いものの、経常収支比率は70.1%、人件費比率は15.2%ととても健全で、起債制限比率2.0%、実質公債費比率5.2%の数値は、長野県下で最も健全な数値を誇っています。起債残高は30億円余りですが、交付税措置分を除いた実質負担債務残高は7.8億円余りと少ない一方、一般会計基金残高は、28億円弱と、村の規模からすると余裕のある規模を誇っています。

「幸せ係数」とも言うべき平均寿命で見ると、男子の平均寿命が80.1歳と県下一、全国第6位を誇り、生涯出生率は平成10年からの5カ年で1.97人と県下一、直近の平成15年からの3カ年の数値では2.12人と、俄に信じがたい急上昇ぶりを誇っています。年齢別人口構成を見ても、0歳から14歳までの人口構成比率は17.3%と県下一を誇っています。65歳以上人口も28.6%と低くはありませんが、類似団体から見ると10ポイントほど低い指数です。

どうしてこの様なミラクルが可能になったのか、それが現場視察の目的でした。結論から言うと、村の行政姿勢が、「選択と集中」という、はっきりとした行政理念があったということです。そしてそれを可能とする、地理的条件、地方財政制度の存在を忘れてはなりません。

伊藤村長は、地元のガソリンスタンドを経営しておられた実業家でした。村会議員を経て、平成4年の村長当選直後の役場職員の仕事ぶりに対する評価は、職員の意識改革の必要性を感じ、職員が能力の5割ぐらいしか発揮していないとの印象を持ったのだそうです。当時の役場職員のスタイルは、「新しいものに飛びつかない」、「前例踏襲」だったのだそうです。

そこで、ほかの世界を体験させる指示を出し、1週間の物品販売業の現場に派遣し、人様にものを買ってもらうことの大変さを実地で体験させるというノルマを課したのだそうです。

そういう意識改革を経て、「何となくもたもたし」、「役所仕事のようなことをするな」と言われていた職員が変わり、今では村民から大いに信頼されるようになった、とのことでした。尤もこの点は、当の職員の方々からは伺っていないので、やや一方的かも知れません。

兎も角も、今日では、行政のスリム化の効果もあり、役場も普通の半分の人数で切り盛りし、村民も、役場がギリギリで頑張っている以上、自分たちも役場に無理なことは言えない、というように意識が変わり、身近な生活環境は自分たちで汗をかいて整備しようということで、資材支給事業(住民が自分たちで生活環境を整備)が大幅に普及しているのだそうです。

村道整備、農道整備、水路整備など一定規模以下の事業は、村がセメント、骨材、二次製品などを村民に支給することで、事業は村民自らがボランティアでやってもらうということにしたのだそうです。平成4年以降14年間で1000カ所以上、資材供与費は2.4億円の事業実績になっています。業者に発注すると通常は資材費の6倍の経費がかかることから、単純に言えば13億円のコスト減が図られた勘定になります。

この事業の効果は絶大で、村民の参加意識がとても高まったようです。資材支給事業は村の事業計画にない事業をやってもらうのですが、事業の水準は生半可ではないとのことです。建設業が本業の土木技術者が指導者になり集落の環境整備に協力しているのです。自宅のバックフォーを持ち出し、集落環境整備に協力しているのだそうです。昔は、この人達の会社が受注していた事業を、謂わばボランティアで引き受けているのが実態のようです。一方で、村の建設事業者は大幅に淘汰されているようです。

村長によると、「昔は集落の集会で寡黙で小さくなっていた建設事業従事者の方が、ボランティア活動での技能・力量を認められ、地区での地位が上がり、今や集会では上座に座るようになっている」とのことです。収入は落ちたものの、名誉は獲得したようです。行政運営にメリハリがつくと、村民も役場に、「だめもとのようなこと」を言ってこなくなったそうです。昔は集落に一人くらいの役場向けの「無理難題の言わせ役」がいたようですが、今はそういう人もいなくなっているとのことです。

こうした地道な取り組みに加え、下水道事業への取り組みで、村財政に大いに貢献した決断もありました。それは、全村合併浄化槽一本にまとめたということです。平成元年から整備を検討してきた公共下水でしたが、公共下水や農業集落排水による整備費は45億円程度かかる見込みとされ、合併処理浄化槽で代替すれば、6.3億円の総事業費で済み、ランニングコストも余りかけないで済むとの試算を元に、当時の国や県の指導とは異なる対応を断行したというものです。この効果は絶大で、隣接する町村の中には、下水道事業の財政圧迫により、財政状況が悪化している団体も少なからず見受けられる中で、先見の明のある決断であったと評価されています。

こうした政策の「選択」の結果が、起債制限比率、実質公債費比率の激減につながり、節約した財政資源の「集中」投資に繋げることに繋がったということなのです。

下條村では、こうして節約した資金を、子どもの海外研修、若者定住のための住宅建設などの子供向け対策に使うようにしたのです。

若者定住住宅は、優秀な人材を下條村に「誘致する」というものです。国や県から補助をもらわない単独事業なので、入居用件は村が自由に設定できるのです。入居者の人柄を見て、地域に貢献できるか、地域行事に溶け込めるか、消防団への参加なども条件にしています。飯田市に車で20分で通える条件の上に、小学校中学校も近くにあり、中学生までの医療費は無料、近所の支援で子育て環境抜群という居住環境の中で、村が将来を嘱望できるような若者が移転してくるのだそうです。若者向け住宅は、一棟12戸、一戸あたり64㎡、家賃36000円。定職のある人を対象に募集しています。2割は村民出身、6割飯田市出身、2割その他出身という構成だそうです。現在10棟目を建てていますが、村長によると、「需要がある限り増やしていきたい」とのことでした。

マンションは、一戸あたり900万円、一棟1億円で建つのだそうです。プロポーザル方式で事業者募集をしたために、4-5社の競争になり、優良建築が可能となり、居住者の満足度も高いとのこと。当初は、抽選方式でやったところ、偏屈な人が入居し、一棟居住者すべてがおかしくなった失敗を踏まえ、面接方式に変え、地域に馴染める人かどうか十分審査するようにしてきたとのことです。若者中心の事業との位置づけを想定し、「団塊の世代の入居は当面考えない」とのことでした。

つい最近も、この新住民が、村長と一緒に、「木の枝打ち作業」にも参加してもらっており、順調に地域社会活動に参加してもらっていることを実感したとのことでした。

「官から民の時代に村営住宅でもないだろうに」という批判があるのでは、と水を向けましたが、建設事業者が、村が事業主体でないと信用できないということで、村が建設主体なっているのだそうです。村長の意識では、官か民かの手法は絶対的なものではなく、その地域の事情によってより適切なものを活用したらよいとの意識があるようです。

入居者の奥さん方の間では、図書館が若い主婦に人気のようです。大変利用率が高く、ここが奥さん方の間の情報交換の場となっているようです。通学路、国道修繕の意見も、この場の情報交換から出てくるとのことです。

この村営住宅に入居した若者が、ベビーブームで、村の人口の社会増に大いに貢献しているということなのです。第二子第三子を生もうか生むまいか迷っている家庭の主婦に対して、近所の先輩主婦が、「私も大丈夫だったから頑張ってみたら」とアドバイスがあり、その気になるという、幸せの好循環が出来上がっているようです。

村営住宅在住者のアンケートをとると、居住者全体で、飯田市勤務が7割、村内は3割の人が勤務という結果になっています。このことから、冒頭に挙げた下條村の飯田市の集積の活用という「ちゃっかり」した対応も透けて見えます。しかし、置かれた環境を最大限活用するということは当然のことであり、しかも財政的にも柔軟に対応できるように「選択と集中」という政策を着実にとって来た村政運営の面目躍如という側面は大いに評価されるべきでしょう。

しかし、少し巨視的に見ると、この下條村の対応を可能にしているのが、地方交付税であることを忘れてはなりません。先述の通り、下條村の財政力指数は、0.22と小さいのです。下條村の歳入の半分は交付税です。村税の4-5倍の規模の交付税収入により、下條村は生き残っているのです。下條村の選択と集中は、この交付税の使い道を、下條村なりの工夫で選択してきているのです。

仮に財務省が主張しているように、「投資的経費を経常経費に使い回しているのはけしからん」ということになると、下條村の取り組みは、「使い回しの典型」となり、財源を剥奪されることになりかねません。財務省の主張通りに交付税改革が行われることになると、下條村の少子化対策の成功は、「泡沫の夢」に終わりかねません。それこそ、谷垣財務大臣の言う「地域の絆」の接着剤が無くなり、絆は途切れてしまいかねません。

下條村の取り組みを許容するような地方財政制度が引き続き存続できるのか、「使い回し」を咎める財務省の歳出圧縮圧力が大きな支持を受けるのか、今後の数年間の国全体の財政論議の行方が注目されます。

下條村の対応を見るにつけ、財政の役割は何なのか、ということを考えさせられます。少子化と人口減少が重なり、これからの日本の国土構造の在り方を真剣に議論しなければならない時代に入っています。 

今回一緒に下條村を訪問した、イギリス勤務から帰ったばかりの同僚職員は、「寄宿学校についてどう思いますか。イギリスはエリートが寄宿学校に入っています。日本でも、農村部に都市部の若者を寄宿させる仕組みを導入できないかものか、考えられないでしょうか」という質問を村長さんにぶつけていました。幕末、最後の将軍の徳川慶喜公は、幼少の頃、父親の命で、惰弱にならないように江戸ではなく水戸で過ごしました。

これからはそういう発想をしていくこともあり得るかも知れません。子供が自然に恵まれた農村部に溢れ、むしろ年配者は、身体能力の衰えをカバーするために、都市部にコンパクトに居住し、社会福祉や公共事業の負担を軽減する、ということ社会形態も真剣に考えないといけないかもしれません。過疎法の見直しが、今後予定されていますが、このような方向性が政策議論の前提になっていくことも必要だと思われます。

少し前に訪問した、高齢者の方々の「コンパクトリビング」の藤沢市の事例などは、その先駆けのようにも思われてきます。飯田市で最近出来た高齢者向けマンションには、エレベーターの下の階にスーパーがあり、そこで高齢者が買い物が出来るので重宝しているという例もあるようです。

ところで、下條村の生徒は学校へは歩いて通うのだそうです。スクールバスは敢えて導入していません。遠いところで4キロ。「まあ、歩きましょうや」ということのようです。安全対策としては、子どもが帰る時間であることを村民に知らせ、村民の目でそれとなく注意してもらう取り組みもあります。闇雲にスクールバスなどにより、子供を隔離することは、下條村では採用しないとのことです。

一方で、村長の問題意識として、学校が閉鎖的であるとの認識があるようです。それもあってか、村では教育長が「欠員」なのだそうです。結果として校長と学校設置者の村長との関係が深まり、今では地域の社会教育への積極的な学校参加も得られ、とても良好なのだそうです。教育長や教育委員会が両者の中に入ると、「話がややこしくなる」のだそうです。学校教育の中に村づくりをかませる実例として、中学校の生徒会に年に一度議場を使わせる、という取り組みもあるようです。なかなか面白い議論で、村長も楽しみにしているとのことでした。

それでも、県の教育委員会の人事異動により、突然校長が異動してしまい、残念なこともある、とのことでした。逆に、扱いに困る校長が割り当てられることもあり、その場合はまた大変だとのこと。子供の教育こそが、その地域の将来を決定づけるほど重要であるにも拘わらず、人事権や学校運営、教育内容に学校設置者がタッチできない制度的もどかしさを、村長は大いに嘆じていました。

教育の地方分権化も、今後の教育改革の大きな課題になっていくものと思われます。

さて、下條村長は、単に若者を集め、少子化対策を目論むことで終わる気はないようです。実は、村に若い人がいるということは、企業誘致の大きな武器になるのだそうです。実際、そういう村の勢いを材料に、企業誘致の交渉中なのだそうです。政策のプラス思考の連鎖反応はどこまでも続きます。

あわせて、IT環境整備中なのだそうです。地デジにあわせてケーブルテレビを個々の家庭まで引くことで。若者定住、企業活動の基盤を整えつつあるのです。現在のADSLに比べ、格段の情報スピードが実現できれば、サテライトオフィスの可能性も増すことでしょう。

効率化を図る村長が何ともしようのない悩みの一つに、国保運営者としての悩みがあるのだそうです。特に、終末期医療と未熟児医療。ものすごいコストがかかるのだそうです。国保運営者としてレセプトを見ているのだそうですが、余命幾ばくもない100歳近い老人の医療費が月に600万円くらいかかって、請求書が回ってくるのだそうです。従来ならば助からなかった未熟児医療も同様に大変なコストがかかっているようです。こつこつ爪に火をともすように節約しても、高額医療のレセプト一本で、それらの努力が吹っ飛んでしまう実態に、行政運営の責任者としては大いなる矛盾を感じておられる様子でした。人の生命に関わる問題で難しい課題ですが、医療哲学や宗教面も含めての多方面からの検討が必要です。

夕方、下條村の関係者に加え、松島泰阜村長、小木曽根羽村長も加わり、議論をさらに深めました。たまには現場に赴き、星空の下で町村長とじっくり話すことも必要なことです。

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Comments

hola que tal como estas

Posted by: mary | September 29, 2006 at 05:32 AM

始めまして、gooブログ検索で下條村を検索して知りました。現在寂れ行く天竜峡、南信州の活性化の一助にと私の宣伝を兼ねてブログで各地を紹介しています。貴ブログの下條村についてのところを主としてリンクさせていただきたいのお願いします。23のブログを作っていまして、合計読者数は1,900アクセス程度です。下はその中の三越コミュニティブログで、左サイドバー下で昨日と今日のアクセス数を見ていただけます。

リンク目的は、元気の無い所に下條村の事例をご紹介させていただきたいと思います。

http://mcs.mitsukoshi.co.jp/weblog/myblog/597?pageno=-1

Posted by: 矢ヶ崎嘉秋 | September 26, 2006 at 10:20 AM

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