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March 27, 2006

歴史発掘による地域アイデンティティーの確立

合併で市町村の区域が拡大する中で、地域のアイデンティティーをどうやって確保するのか、自分探しの動きが急であるように思われます。

これは合併により区域が大きくなる市町村と、合併に依らずに現行区域でやっていこうという市町村で差異はないようです。

過日、坂城町の中沢一町長が、東京にお越しになった折に、坂城に縁のある「村上義清と信濃村上氏」に関するイベントを平成17年8月と11月に行った内容が本にまとまった、と、この題名の本をご持参になられました。

中沢町長の気持ちには、合併50周年を新たな起点に、平安時代から戦国時代にかけて全国各地で活躍し、時代を担った村上氏の発祥が坂城町であることに着目し、町の文化・歴史を掘り起こし、過去に誇りを持ち未来に向けて、町民の新たな一体感を醸成したいとの意識がおありのようでした。

坂城町と言えば、町内に点在する多くの小規模工場が実は世界の最先端の技術と集積を形成している地域として有名です。一時期の勢いはないようですが、現在も最先端の製品を世界に送り出しています。その坂城町は、技術だけではなくその歴史も見るべきものがあるということを強調していきたいというのが中沢町長のお考えなのです。

昨年の歴史イベントを単に一過性のものに止めず、書籍として出版したことは、なかなかのものです。信州大学の笹本正治教授が、このことを強力に推し進められたようです。催しの内容を活字にすることで未来に残す必要性を強調されておられます。

笹本教授は、日本史、特に武田信玄の研究家として著名な方ですが、実は、災害史の分野でも知る人ぞ知る、で、私も少し前に防災を仕事としていた折に、災害伝承の分野の専門家を探す中で、笹本先生の研究実績に巡り会い、防災関係の雑誌に投稿をお願いしたことがありました。「防災につなげる災害伝承」という表題で、全国各地で伝承される言い伝えやちょっとした「兆候」、更にはその地域の地名から昔の災害履歴を推察し、将来の防災に生かすという論旨だったと記憶しています。そうした発想の原点が、今回も面目躍如です。

その先生が引き続き御活躍されておられるご様子に、懐かしさを覚えましたが、この本の内容も読ませるものがあります。村上義清は、武田信玄に攻められ、越後の上杉謙信を頼り、村上氏の失地回復が川中島の合戦の一つの切っ掛けであったという話が紹介されています。この信濃村上氏が、瀬戸内海の村上水軍の村上氏、「太平記」に出てくる後醍醐天皇の息子の大塔宮守良親王の身代わりとなって吉野で自害した村上義光とも関係があるのではないか、という話が、この本に書かれています。

地元の坂城町立村上小学校の生徒が、校歌の歌詞の意味を調べて発表していますが、その歌詞の中にも歴史上の人物のことが記されているとのことです。

芳野の山の花と散り
越路の雪に埋みても
しるきその名は 世に絶えず
残る古城に み社に
今も言いつぎ 語りつぎ
ありし昔を しのぶなり

吉野の山で散ったのは村上義光、越後で客死したのが村上義清、この二人を偲んだ校歌の歌詞が村上小学校校歌になっているのです。そのことを子ども達が調べて発表しています。

村上小学校には別に歌碑もあり、「死出の山 こもるも嬉し 天照らす 神の遠裔の皇子となのりて」という短歌が書かれているのだそうです。短歌は、尊皇で有名な水戸藩の藤田東湖の作で、村上義光のことを歌った短歌が、小学校の片隅にあるということです。

子ども達が身近な自分の学校の校歌の意味をきちんと調べることで、自らの郷土の歴史文化を学ぶことは非常に意味のあることです。彼らはこのことを一生忘れないでしょう。

子ども達の発表の中で、目に留まったのが、校歌の作詞者でした。浅井洌という方です。実はこの方は「信濃の国」の作詞者でもあります。一時期、松本深志高校の前身の松本中学の教諭でもあった浅井洌は、自由民権運動にも関わっていた時期もあり、教え子の木下尚江にも影響を与え、歴史に詳しい教育者として有名な人です。県内の小・中学校の校歌の多くの作詞を手がけておられます。

長野県は郷土史家が沢山おられ、歴史好きの方が多い地域ですが、行政と学会と教育界が一緒になり、こうしたイベントを行い、それを書籍にまとめ、広く情報共有・発信をし、地域社会のアイデンティティーを確立しようとしている姿に、将来の希望を見出せる思いを新たにしました。「愚者は経験に学び 賢者は歴史に学ぶ」ということでしょうか。

坂城町を訪問する機会があれば、是非、坂城の歴にに因む史跡を訪ねたいと思いました。

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Comments

来年のNHK大河ドラマは「風林火山」。「天と地と」(’69)「武田信玄」(’88)に続き、川名島の戦いが主戦場となります。その前段、信玄に苦渋を飲ませた村上義清も悲哀の勇者として登場してくれることでしょう・・・。

冬季五輪以降では、何かとマスコミの耳目を集めた田中県政。その功もあれば罪もあり、いつまでも内紛状態が続くのは不幸な状態です。「風林火山」とあわせて、ポジテイブな展開(攻め)が待たれる信州です。

Posted by: sisizanoushi | April 14, 2006 at 05:37 AM

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