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March 12, 2006

元職場同僚との伊豆大島センティメンタルジャーニー

3月11日、12日の週末を利用して泊まりがけで伊豆大島に行って来ました。10年以上前に同じ職場でお世話になった当時の上司の呼びかけで、当時の同僚が14名集まり、一緒に旅行をしようという話になり、挙行したものです。

旅行先も、当時職場旅行で行った伊豆大島を選びました。若かった当時のメンバーも経年変化ですっかり熟年になり、センチメンタルジャーニーのような旅行になりました。

竹芝桟橋からジェット船で1時間40分ほどの行程で伊豆大島の岡田港に到着しました。その日の波の具合で元町港と岡田港とどちらを使うかを決めるのですが、今回は岡田港でした。伊豆大島が意外に大きな島であることを再認識しました。島の海岸線の距離は62キロ、島を巡る道路も50キロほどあるのだそうです。

土曜日は、伊豆大島で唯一の大島ゴルフクラブでプレーしました。私たちの組は9ホールのゴルフ場を2度廻りましたが、他の2組は3度廻っていました。私にとっては久しぶりのゴルフで、天気は良かったのに、無くしたボールの数が非常に多いゴルフとなりました。

大島温泉ホテルという、三原山を正面に臨む温泉ホテルに泊まり、そこで、島の名物料理を頂きました。夕食後も、部屋に皆で集まり、昔話に花が咲きました。ホテルは中高年の観光客で一杯でした。

翌日は、観光バスでの島内観光でした。お任せ観光も、のんびりとしてなかなかのものでした。長谷川誠さんというバスの運転手の方が、観光ガイドも兼ねていろいろ話をしてくれました。特に20年前の1986年11月の噴火時のことを分かりやすく話してくれました。

1986年噴火は、三原山火口内の溶岩噴泉、カルデラ外側の割れ目噴火という火山活動の結果、1万人規模の全島避難という事態になったことで知られています。特にカルデラ外で側噴火をおこしたことは、およそ540年ぶりの事態であったとのことです。伊豆大島火山では、カルデラ内で生じる中心噴火のほかに、カルデラ外側の山体斜面において側噴火が起こることがあり、島の南東部にある波浮港も、この側噴火によりできた火口なのだそうです。波浮港火口は当初は内陸にあったものの、1703年の元禄関東地震の際の津波によって海とつながり、その後の湾口の拡張工事によって現在の港として整備されたとのことです。最新の側噴火が、1986年の割れ目火口の噴火ということになるのです。

三原山は、ハワイのキラウエア火山、イタリアのストロンボリー火山とともに、世界三大流動性火山の一つに数えられているという話も聞かせていただきました。玄武岩質の火山は、溶岩がゆっくりと流れるので、火砕流などが起こる火山とは異なり、比較的安全だということになるのだそうです。しかし、爆発的噴火の履歴もある火山ですから、必ずしも安全だとは言えないのでしょう。

当初三原山の火口内の噴火があった際には、溶岩が外輪山でくい止められるとの判断もあり、火山活動目当ての観光客が増えるということで、観光で成り立っている地元はとみに活気づいたようでしたが、その後、外輪山の下の山体斜面で11個の火口が次々に火を噴き、溶岩が元町方面に流れ出したことから、喜びが一転、全島避難という非常事態に至ったという話も伺いました。

割れ目噴火の火口付近に遊歩道があり、そこを歩いて下ってきたところに、昭和天皇の行幸記念碑が建っていました。昭和62年6月の行幸で、結局これが最後の行幸になったとのことでした。天皇陛下の被災地訪問は、地元を大いに元気づけることとなったはずです。

割れ目噴火の火口跡を歩いたのは、4年ほど前に有珠山を訪ねた時以来でした。このような自然探訪は、特に子供の理科教育に有効だと思います。有珠山の時にも同じ感想を持ちました。

三原山の探訪の他には、椿園も訪ねました。450種もの園芸椿と自生の藪椿が楽しめる日本最大の椿園でした。温室育ちの椿もあり、「金花茶」という黄色の花を咲かせる中国産の珍しい椿が目を引きました。ちょうど気品のある綺麗な花を咲かせていました。伊豆大島で他に目についた花は、五倍子(キブシ)という珍しい花でした。三原山の割れ目噴火の火口にもキブシが自生していました。過酷な環境に強い植物なのでしょうが、大変綺麗な黄色い花でした。アセビの花がもっと鈴なりになっているイメージです。別の観光バスで来ていた俳句の同好会の方が、このキブシの花言葉は、「出会い」ですって、と話していたことばが耳に入ってきました。そう言えば、今回、この旅行に参加した元同僚が、たまたま高知県に勤務先していたときにお世話になったという高知県JA会長ご夫妻とばったり同じバスに乗り合わせたという偶然もありました。

バスの運転手兼ガイドの長谷川さんの話では、伊豆大島には300万本の自生の椿があるということでした。「どうやって数えたのかは分かりませんが」、と言って観光客を笑わせていました。なお、大島桜の早咲き種が、純白の清らかな花を咲かせていました。長谷川さんの話では、この大島桜は島内に130万本あるのだそうです。

伊豆大島は、政治犯の流刑地である八丈島とは異なり、その昔、軽犯罪の罪人の流刑地だったようです。赤穂浪士の関係者も流刑になったようです。しかし、それ以前から、良質の炭の原料として有用な椿を求めて伊豆大島には東北地方からこの島に人が渡ってきていたのだそうです。そのような島の歴史もバスの中で聞きながら、ゆったりとした島内旅行を楽しみました。


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