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February 10, 2006

1100年を経ても成田山新勝寺にお参りしない土地柄

2月8日に茨城県常総市の合併記念式典に出席してきました。遠藤利常総市長によると、旧水海道市と結城郡石下町が合併し、常陸の国と下総の国に跨る地域という意味の常総市という名前がついたのだそうです。鬼怒川と小貝川がこの地域を縦断し、真っ平らな板東の地域です。

真っ平らだけに、どの自治体と合併をするかについては、紆余曲折があり、旧水海道市は伊奈町、谷和原村との合併話が破綻、旧石下町は下妻市、八千代町、千代川村との合併話が破綻し、それぞれ「はみ出た」自治体同志が結びつき合併に至ったとのことです。

合併式典の際の挨拶で、茨城県自民党県連会長をされておられる山口武平県会議員がそのことに触れられ、「もともとの茨城県の計画とは異なった形の合併となった。その意味では『お見合い結婚』ではなく、『恋愛結婚』ということだ。相思相愛なのだからそれで良かったと思っているんだ」とユーモアたっぷりに語っておられました。

山口先生は、また、「昭和の大合併の時には合併の是非を巡って傷害事件や焼き討ち事件があったり、随分と騒然としたんだ。当時の合併はまるで喧嘩だ。華やいだ雰囲気などはなかった。今は随分大人しくなったものだ。当時は戦争が終わって10年程しかたっていない時期でまだまだ血気盛んな時代だった。」と50年前の昭和の大合併と今回の平成の合併を両方経験した山口先生ならではの立場で、双方の雰囲気の違いを感慨深く語っておられました。

その山口先生は、昭和30年に県会議員となって以降、50年に及び県会議員を続けておられ、大正10年生まれで今年で85歳になられます。私も茨城県時代に随分とお世話になりましたが、当時と変わらぬ矍鑠たる姿に、改めて圧倒されるとともに、こちらまで元気を頂いたような気持ちになりました。

式典終了後、暫時、山口先生を囲み、市の関係者と少しく懇談しましたが、この地域の土地柄を偲ばせる興味深いお話を伺うことができました。

この地域は、平将門が1100年近く前に「乱」を起こした地域です。今回合併した旧石下町には、将門の館を想定した「豊田城」もあるほどです。平安中期の西暦939年、平将門は下野、上野の国府を落とし、関東一円を手中に収めて「新皇」を名乗り、岩井(茨城県坂東市)に政庁を置き、「乱」を起こすことになった歴史を私どもは知っていますが、山口先生の話では、板東市や常総市の一部の地域では、成田山新勝寺にお参りすることがないという1100年近く続く風習があるのだそうです。

成田山新勝寺は、将門を調伏するために朝廷(朱雀天皇)によって建てられた寺院(「新勝寺」の寺号は、将門に新たに勝った因縁によるとのこと)ですが、弘法大師敬刻の不動明王ご尊像と「天国の宝剣」の霊験により、乱は平定されています。しかし、将門の子孫や将門を慕う地元の人は、いまだに将門に対する義理立てをしているという話には、驚かされます。

常総市の合併式典に出席して、1100年前の平将門の時代に思いを馳せることができ、改めて歴史の積み重ねの重みを感じるとともに、山口武平先生を見ていて、この方の血の中にも、平将門の血が流れているに違いないと、得心した次第です。

ところで、今年の正月の初詣に神田明神を参詣しましたが、神田明神の祭神の一柱として平将門が祀られています。神田明神は、幕府によって江戸城の鬼門にあたる現在地に遷座され、幕府の尊崇を受けていましたが、これは、徳川幕府が朝廷に反逆した将門を将軍居城の鬼門に据えることにより、幕政に朝廷を関与させない決意を表したとの解釈もあるのだそうです。

合併式典で平将門に思いを馳せることになるとは思っても見ませんでした。


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