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October 16, 2005

子供向け防災教育実践の苦心談

土曜日の1日、午前11時から午後7時まで、田町の建築会館ホールで、子供向け防災教育実践団体の事例発表会を聞いてきました。

以前の仕事の延長線上で、防災にも関係を辛うじて維持しています。防災教育チャレンジプランという防災教育への資金援助制度への参加です。
http://www.bosai-study.net/top.html

北は気仙沼から南は鹿児島まで、20団体の中間発表を週末の一日で聞きました。一団体約30万円の助成を受けて、主として子供向けの防災教育の取り組みを実施しているのですが、取り組み状況を年度途中で伺い、実行委員のアドバイスを受けながら、更にブラッシュアップして取り組みの実を上げる、という趣旨の中間発表会でした。順調に行っている事例もありますが、当初の見込みが外れ悩みが深い事例もありました。

当初障害児へのメールでの情報提供を試み県立の聾学校に協力を申し込んだところ、学校側との調整が上手く行かず、やむなく対象を全く異なる高校生に転換したところ、活用実績が上がらず、その趣旨を発表会で弁明をせざるを得ないというところもありました。

それでも、我孫子市の湖北小学校、市川市の行徳小学校、徳島県の由紀中学校など、総合的学習の時間を有効に活用し、体系的に防災教育を行っている事例は興味を引きました。生徒にその地域を十分に調べさせ、防災マップづくり、防災新聞づくりなどに成果を結実させているのには、少しずつではありますが、学校現場への防災意識の浸透が実感されます。PTA活動として防災教育に関われないかと模索する大阪市立長吉中学校のPTA会長さんの苦労談も伺えました。

しかしながら、担当している先生方の話では、学校全体の支援を勝ち取るのは大変な苦労で、熱意のある担当がいなくなれば、結局元の木阿弥であると、その現状に危惧の念を抱いておられました。

高知県では、県教育委員会の主催で、教師向けの防災講座が今年始めて開かれたのだそうです。高知県は、そう遠くない時期に、南海地震に必ず見舞われる地域であるにもかかわらず、です。

担当の先生方の話では、「正規のカリキュラム」に防災教育を体系だって組み入れて欲しい、そうすれば否が応でも防災教育が体系化する、と、異口同音に話しておられました。個々の教師の熱意に頼るのではなく、仕組みとして組み入れることが必要だと実感しました。

全体としての授業時間が少なくなっている中では至難の業かも知れませんが、例えば理科の授業の教材として、地震のメカニズムを組み入れるとか、「稲むらの火」を国語の教材にするなどの努力により、工夫は可能だと思えます。「稲むらの火」を英語教材として取り入れ、英語の授業で防災の心構えを勉強するといったことも可能なはずです。

要は、学校全体が組織的にそういう問題意識を持つことが大切だと、先生方の話を伺っていて再認識しました。防災は一部の熱心な先生に任せておけばいいや、ということでは、人任せの上滑りな動きになってしまいます。教育委員会の問題意識も重要かも知れません。

「今世紀前半に必ず日本を襲う、国難とも言うべき南海東南海地震を迎え撃つのは、今の子供達なのであり、その子供達に、生き延び、適切な災害対応が出来る知識技能を身につけてもらうのが、今の大人の義務」、というのが、実行委員長の林春男京都大学教授の弁でした。この問題意識から、防災教育のモデル事例を支援するこのプロジェクトが立ち上がっているのです。チャレンジングなプランの蓄積により、他の団体へのノウハウの提供に役立つことを期待しているのです。林教授の問題意識は、これらの事例を要素分析できるようなシートに様式統一し、蓄積し、ノウハウとしての汎用性を持たせたいというところに発展しつつあります。

知的障害児が被災した場合に、避難先でのケアをどの様に行うべきかという深刻な問題意識に基づく事例発表もありました。新潟中越地震は、その課題の重要性を再認識させた災害でした。「境おもちゃ図書館ポッポ」という団体は、「障害児のための防災」という観点から初動準備、常備、いざというときの自助と共助という観点から、知的障害児を抱える親御さんのネットワークを形成して、災害対応の心得の支援をしています。コミュニケーション能力の面で通常では思いも寄らないネックを持つ方々の被災に備えた対応は、とても行政だけでは対応できず、日常的にそういう経験の蓄積のある関係者のネットワークの中で、経験とノウハウの共有を積もうという企画事例です。これこそ痒いところに手の届くNPOの活躍の場だと、思い知りました。


事例発表後の懇親会の後、発表会に同席した福祉関係者の方などと一献やりました。期せずして福祉事務所の現状の悩みを伺う機会となりました。

精神病関係の方の生活保護関連事務は、ケースワーカーの悩みの種だそうです。本人との対応、地域社会との関係、どこに居住させるか、といったことで、団体間の「押し付け合い」が問題になりがちなのだそうです。生活保護の国庫負担率引き下げ議論の動向によっては、更に深刻なことになりはしないかと、真剣に心配しておられました。

また、細かい話ですが、生活保護費不正受給の弁償金に関し、地方は国負担分を予め自前で国に返還し、本人から弁償金を戻させた時点で、先払いの国負担分をやっと補填できるのだそうです。地方自治体は生活保護法上強制徴収の権限も与えられないにも拘わらず、国は自らの手を汚さない不合理な制度だ、とその方は憤っておられました。

更に、生活保護ではありませんが、障害者の自立支援に上限を加える制度改正案に関連し、国(厚労省)は、障害者団体に、「国が負担する上限を上回る部分はこれまでどおり地方が負担できますから安心してください」と説明しているのだそうです。国が障害者の支援費制度を導入する際に、上限無しの制度を導入し、その後、支援費が鰻登りになったことに慌て、給付の上限の設定を制度化しようとしています。しかし、仮にそれが国負担に関してだけで、障害者団体には、地方は上限無しに支援費を出せますから、と話し責任転嫁の議論をしているとしたら、それはひどい話です。一度導入した上限無しの支援費支給制度を制約することは障害者の人権を制約することに繋がるとの批判を受け、右往左往している担当者の姿が浮かび上がります。しかし、仮に、障害者団体には、地方が上乗せするのは可能です、と釈明しているのだとすると、現場の福祉事務所は持ちません。

この福祉関係の方のいらっしゃる地域では、26人の重度の障害者にかかる支援費が、年間3億円なのだそうです。これに比較し、この同じ区の50万人分の防災教育予算は2.5億円なのだそうです。難しい問題ですが、国も地方も財政資源の制約条件が非常に厳しい中で、効果的な福祉行政の在り方について、もう少し皆で知恵を出していくことが必要かも知れません。

防災と教育と福祉、それに財政、それぞれ相互の微妙ではありますが密接な繋がりに関し、現場の悩みが垣間見えた一時でした。国の当局者は、そういう現場の声を裏切らない制度改正に、心がけていかなければなりません。

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