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October 21, 2005

グレンジャーテストによる生活保護率変動分析

生活保護の保護率の地域間格差に関して、これは地方団体の実施体制等の問題に原因があるので、地方の負担割合を増やすことで地方自治体の負担感に訴えて、保護費の抑制等を図るべきではないかという議論から、「生活保護費及び児童扶養手当に関する関係者協議会」が設置され、生活保護の地域間格差に関しその原因を探り、負担率の見直しなどが議論されてきました。

(生活保護の地域間格差の原因分析の場)
この協議会は関係閣僚と地方団体の代表及び学識経験者から構成される場ですが、この下に専門的な立場から保護率の地域間格差の原因分析を行う場として学識経験者と総務・財務・厚労省、地方自治体の関係者からなる「共同作業の場」が設置されています。

平成17年10月19日の第5回生保協議会に、この共同作業の成果である「生活保護費及び児童扶養手当に関する関係者協議会共同作業における議論のまとめ」が提出されました。このまとめは、生活保護の地域間格差の要因を統計学の各種ツールを活用した科学的観点から精査した結果です。

(厚生労働白書での「断定」)
実は、平成17年版の厚生労働白書では、早々と、「現業員の充足率が高い地域では保護率が低く、充足率が低い地域では保護率が高くなるという一定の相関関係が見られる」とし、「生活保護の保護率は、近年、上昇傾向にあり、また、その地域格差も拡大傾向にある。保護率の地域差は地域経済や家族構成など地域の特性にも影響を受けるものであるが、地方自治体の実施体制の問題や取り組み状況もその一因として考えられる」と、地方自治体の取り組みの状況が保護率上昇の原因であると「断定」しています。

要は、厚生労働省は、各自治体の福祉事務所の体制が不十分であることから保護率格差が生じていると主張し、その主張の下に、地方の負担率を上げ給付の負担感を増せば、地方は真剣に体制充実に取り組み、厳しく認定するようになるはずだ、という論理の展開をこのところ政治の場や実務の場で行ってきています。

しかしながら、末尾に掲げる今回の共同作業の結果は、この点に関して、ほぼ完璧に厚生労働省の主張を退ける結論となっています。共同作業の結果の「2」以下は両論併記的になっています。これは地方自治体と厚生労働省の論理展開の「戦跡」ですが、この結論の背景には膨大な分析データがあり、それをじっくりと紐解くと、地方側の主張の有意さが際だってきます。

(経済・雇用情勢や社会的要因が保護率を決定づける)
その結論のエッセンスは、「保護率と、失業率や高齢化、離婚率等との相関は高く、経済・雇用情勢や社会的要因は保護率・保護費の上昇や保護率の地域間較差に極めて大きな影響を及ぼす」としつつ、厚生労働白書で、「保護率の地域差の一因」と断定された「現業員の充足率」に関しては、「保護の実施体制や実施状況には地域間で較差」があるが、「これらの指標と保護の動向の間の相関のあるデータ等も見受けられるが、相関のないデータもあり」、相関関係ははっきりしないとされ、更に、保護の実施体制と保護の動向の因果関係に関しては、「保護の動向が実施体制の在り方に影響を与えるものの、実施体制の在り方が保護の動向に影響を与えているものではないことを示す統計的時系列分析」が行われています。

(グレンジャーテストで否定された実施体制と保護率の因果関係)
この因果関係の分析に関しては、時系列のデータに基づいて統計的因果関係を分析する「グレンジャーテスト」という手法が用いられました。これは、二つの変数XとYがあるとき、Xの過去の情報によって、Yがよりよく予測できるとき、統計的に有意にXはYに対して因果関係があるということが言えるという分析手法です。これを被保護人員数・保護率と現業員数・充足率に当てはめると、被保護人員数・保護率は現業員数・充足率に対して明らかな因果関係が認められたのに対して、現業員数・充足率から被保護人員数・保護率への因果関係は無い、との結論が得られたのです。

要は、その地域の生活保護の受給者が増えると、それに対応するために厚生労働省の定めた基準に沿った現業員数の配置が後発的に起こる一方、現業員数・充足率が増減したからといって、それで地域の生活保護の受給状況に影響があるようなことはない、という普通の人から見るとごく常識的な認識を、統計学の手法で裏付けただけの話です。厚生労働省は、これを何とひっくり返して解釈し、現業員数・充足率と被保護人員数・保護率との相関関係を因果関係と誤って理解し、閣議決定を経た白書にその誤解を記述してしまったのです。

(厚生労働白書の「勇み足」)
実はそれだけの話ですが、この分析の持つ意味は大きく、前述の厚生労働白書の記述は明らかに勇み足的な分析であったことを宣言しているに等しいのです。今後、速やかに白書の記述の訂正が行われることを期待したいところです。(閣議決定を経た白書の記述変更をどの様な手続きで行うのかは、よく分かりませんが・・・)

(厚生労働省自らが招く保護率上昇)
今回の共同作業の結果は、更に、「厚生労働省の制度運営に係る通知等が保護の動向に影響を与えている」という見方も加えています。国民健康保険料滞納者のうち生活困窮者への生活保護申請勧奨、DV被害者やホームレスへの保護の適用方針等が保護の現場では保護率上昇要因となっているとの認識が示されているのです。

厚生労働省は、保護率上昇が地方自治体の現場の問題が要因であると言いたかったのですが、実態はそうではなく、社会経済情勢や、更には自らの保護認定の促進につながる制度運用にあったという事実が指摘されているのです。

もとよりこれらの運用方針自体が非難されるべきであることを指摘している訳ではなく、厚生労働省自らの対応を棚に上げ、地方自治体の現場対応が問題だ、と指摘する姿勢が疑問視されているのです。

(理論的には決着のついた生活保護負担率議論)
第5回生保協議会での以上の報告を受け、今井宏総務副大臣から以下の趣旨の発言がありました。

・ 経済・社会的要因を表す失業率等の指標により、保護率の地域較差の理由をほとんど全て説明し尽くすことができるとの分析を伺った。単なる相関ではなく寄与度にまで踏み込んだものであり、共同作業の大きな課題の1つであった保護率の地域較差の原因については、共通認識を持つことができたのではない。
・ そもそも、本協議会は、保護率に地域間較差があり、これは地方団体の実施体制等の問題も一因があるので、地方の負担割合を増やすことで保護費の抑制等を図るという議論から設置された経緯がある。
・ しかし、経済・社会的要因を表す失業率等の指標により、保護率の地域較差の理由をほとんど全て説明し尽くすことができる、すなわち地方団体の実施体制が問題なのではない、との分析が得られたことから、議論の前提が崩れた。その意味では、当初の協議会設置の目的については、結論が出たものと思われる。
・ 一方で、協議会の途中から、医療扶助を国保の負担に振り替えることなど、全く別の観点からの地方負担の在り方の議論が出されているが、これは本協議会の当初の任務の範疇を超えるものではないか、との印象を拭い切れない。
・ なお、生活保護制度の在り方そのものについては、これまで本協議会においても相当踏み込んだ議論が行われているが、さらに、社会保障制度全体を見通した幅広い分野にわたる、きめ細かでバランスの取れた対応が不可欠であり、社会保障審議会において、引き続きしっかりとした専門的な議論が必要と考える。

生活保護の負担金を巡る議論の結論は、この今井副大臣の言葉に言い尽くされた感があります。今後の議論の展開が注目されます。

<参考>
「生活保護費及び児童扶養手当に関する関係者協議会共同作業における議論のまとめ」 
平成17年10月19日第5回生保協議会提出資料

1 失業率等の経済・雇用情勢、高齢化等の社会的要因の影響について
保護率と、失業率や高齢化、離婚率等との相関は高く、経済・雇用情勢や社会的要因は保護率・保護費の上昇や保護率の地域間較差に極めて大きな影響を及ぼしている。

2 生活保護以外の社会保障制度や厚生労働省の制度運営の影響について
生活保護以外の社会保障制度における自己負担の増加や給付水準の上昇、低所得者施策の在り方や生活保護の適正実施に必要な厚生労働省の制度運営に係る通知等保護の動向に影響を与えているという定性的な見方もあるが、定量的にはその具 体的な影響の有無や程度を示すデータは示されていない。

3 地方自治体における保護の実施体制や取組状況等について
(1)地方自治体における保護の実施体制や実施状況には地域間で較差があり、これらの指標と保護の動向の間の相関のあるデータ等も見受けられるが、相関のないデータもある。なお、保護の実施体制や実施状況と被保護人員数等の保護の動向の因果関係については、保護の動向が実施体制の在り方に影響を与えるものの、実施体制の在り方が保護の動向に影響を与えているものではないことを示す統計的時系列分析が行われたが、これに対しては、この分析の有意性に関して問題があるとする反論も示された。
(2)保護の適正化や就労自立支援、高齢被保護者や傷病・障害被保護者が入院せず、在宅や施設で暮らせるようにするための支援等に組織的に取組むことは重要であり、これにより保護率低下や保護費削減に一定の成果を上げている自治体がある。ただし、全国平均的には高齢者世帯や傷病・障害者世帯が8割を超えている現状においては、就労自立支援が保護率を低下させる効果は限定的であると考えられる。

4 その他
病床数と医療扶助費の相関については、一人当たり医療扶助費のデータの取り方によって、相関があるとするデータとないとするデータがある。

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Comments

「保護率が各地域によってかなり違うことも問題だ。最も低い富山県と、最も高い大阪府を比べると、10倍以上の格差がある。生活保護と関係が深い失業率などにこれほどの差がないことを考えれば、自治体による保護認定の手法などにも原因がある、とみるのが自然だろう。」という11/18日付の読売新聞の社説が出ましたが、この点について4ヶ月かけて、そうでないとの論証を行ったのが、政府の協議会です。それを全く勉強していない論です。新聞の社説も、意外にいい加減なのですね。

4ヶ月間の議論の結果は以下のリンク参照。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/10/s1019-4d.html

Posted by: むーさん | November 18, 2005 at 11:10 PM

この動向をとても気にしていました。貴重な情報をありがとうございます。

Posted by: Ange | October 28, 2005 at 05:51 PM

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