向坂逸郎氏と山川菊栄氏
出身高校の20年先輩と最近知り合いになる機会があり、「向坂逸郎ーその人と思想」という本を頂戴しました。
その先輩からは、「既に過去の人物、思想といったものかもしれませんが、その生き様は何らかの参考になるかと思います」との添え書きとともに本を頂きながら、忙しがってなかなか読む機会がありませんでしたが、今回遅ればせながら読了しました。
社会正義を実現するための学問を志し、戦前の思想統制の中で大学教授の職を追われ、その機会に、「マルクス・エンゲルス全集」を世界で初めて編纂することを実現し、戦後は社会党の理論的支柱の旗頭として社会主義教会の先頭に立ち、労働組合運動を率いた反骨の人の伝記物です。
著者の小島恒久氏は九州大学の元教授ですが、向坂逸郎先生と同じ志の元、マルクス経済学を学ばれた方のようで、アカデミックな雰囲気のある伝記物として読みました。
向坂逸郎氏が、元々大牟田の三池炭坑に縁の深い家系であったことから説き起こし、晩年に至るまでの波瀾万丈の人生を描いています。思想と行動が一貫するということが、如何に苦しく、しかし、それを乗り越えたときの充実感というものがいかばかりかということが端的な読了感です。
世の中の情勢が大きく変わり、社会主義教会派の議論は、今では歴史上の議論となってしまっていますが、戦前戦後の少なからぬ日本人が本をむさぼり読み、学習し、貧しさを克服するために世の中をよりよく変えようと真剣に考えていた時代があったということを思い起こしました。
向坂先生が九州大学を「依願免職」となり、世界で初めて「マルクス・エンゲルス全集」編集を開始したのが、中目黒4丁目の借家であったと紹介されています。たまたま現在の私の宿舎が、中目黒にあり、80年近く前に、この地で若い知性の集まりが、燃えるような熱意で知的作業にいそしんでいたということも初めて知った次第です。
子供心に、父親の書棚にも、このマルクス・エンゲルス全集があったのを思い出しました。
「資本論」の翻訳のために松本近郊の扉温泉明神館にこもったという話、松本の梓川と奈良井川の合流地点で合宿勉強会をやったという話なども紹介されており、私の母校のある故郷との縁もあったとの事実に親近感を覚えました。面白いもので、読書とは、本を読みながら、主人公と自分自身との接点を求める意識が常に働くものだと再認識しました。
ところで、この本の本文中には出てきませんが、本の中の写真に何度か登場しておられる山川菊栄さんに目が留まりました。この方の書かれた「幕末の水戸藩」という本を、茨城県在職中に読みました。たまたま3年ほど前に、三鷹駅前の古本屋で、この本を再度発見し、思わず購入した記憶が蘇りました。山川菊栄氏が祖父の日記や故老の聞き取り内容を綴った内容が中心の本でしたが、丹念に聞き取った中味が写実的で、市井の人の目を通して語られた幕末の水戸藩の混乱の状況について、想像力を逞しくした思い出があります。
この山川菊栄さんは、向坂逸郎氏と同志の関係にあった社会主義者・山川均氏の妻で、戦後に旧労働省の初代婦人少年局長をつとめた人物です。山川菊栄氏の生家は水戸藩士で、曾祖父・祖父は『大日本史』編纂局総裁をつとめ、徳川斉昭公や藤田幽谷・東湖父子とも近しく交わった家系とのことです。「かながわ女性センター図書館」には、戦前・戦後の女性労働の歴史を学ぶ上で貴重な資料である「山川菊栄文庫」があるのだそうです。
向坂逸郎氏の伝記を読みながら、水戸の3年余りの暮らしを懐かしく思い出しました。
私にこの伝記本を送って頂いた先輩は、やはり向坂逸郎氏を慕う反骨の人です。「生き様を参考にするように」とのご指示通りに私の人生が行くとは思えませんが、思わず背骨を伸ばさせる気持ちになるような骨太の読み物をご紹介頂き、先輩のありがたさを噛みしめています。


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