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September 17, 2005

安曇野水土記

関東農政局安曇野農業水利事業所の関係者から「安曇野水土記」という20頁ほどの小冊子を頂きました。水利を中心とした安曇野の風土の形成を、この地に暮らした農民達が如何に作り上げてきたかという観点から、歴史を振り返り美文調に解説したものです。

私も高校生まで安曇野に暮らしましたが、迂闊なことに、この地域の開発の歴史というものには、いささか疎かったというのが正直なところです。この冊子を拝読し、水利と切っても切り離せない安曇野の発展の歴史をつぶさに感じることが出来ました。

「安曇野」というと、今日では歳時記の詩趣を思わせる懐かしい地名として、全国ブランドとなっています。もともとは、堀金村出身の臼井吉見氏の長編小説「安曇野」が安曇野を有名にした経緯はありますが、今ではこの小説以上に安曇野は人々の脳裏に定着しています。

しかし、実は、この詩的イメージとは裏腹に、地理的条件は厳しいところだったというのが現実なのです。今では長野県屈指の穀倉地帯となっていますが、恵まれた地形や風土がそれをもたらしたのではなく、この地に暮らした農民達が、自らの手と足で、水利を巡らし、この地の水土を作ってきたのです。

安曇野は、扇状地で、尻無川(しりなしがわ)が見られるところとして有名です。北アルプスの水が、谷間の水を幾筋か集めて安曇野に流れ下るものの平野部に出たとたんに流れが忽然と姿を消し、それが扇状地の先端部で、再び湧水として姿を見せることになるのです。安曇野はこの湧水をワサビ栽培に使っているのです。

その意味するところは、北アルプスという水の宝庫を持ちながら、水田や畑を作ろうにも、「地表に水がない」というのが安曇野だったのです。

その課題を解決するために、「川から水路を引く」、ということが、この地域の成り立ちを支える上で決定的に重要な営みだったのです。先人達は、安曇野を毛細血管のように張り巡らせる水路を営々と造り上げ、今日に至っています。水路に沿って水田が出来、水田集落も出来る。そういうことの繰り返しで安曇野は発展し、今日を迎えたのです。安曇野ではこの水路のことを堰(せぎ)と呼んでいます。私の家の前にも新田堰という水路がありますし、本家の家の脇には、温堰(ぬるせぎ)が流れています。

「安曇野水土記」によると、安曇野の農地1ヘクタールを潤す幹線水路の長さは、平均で124メートルあり、全国の倍、長野県全体の1.2倍の長さがあるのだそうです。安曇野は水路の密集盆地だったのです。

水路には縦堰と横堰があり、斜面をまっすぐに降りてくる水路が縦堰、これに対して、等高線と並行にスキーの斜滑降のように斜面を横切る水路が横堰と呼ばれるのだそうです。安曇野には、実は縦堰に加えて横堰があり、双方の水路が直角に交わって交差しています。私の家の前を流れている新田堰も横堰であり、木曽山中から源を発する奈良井川の水を横堰として安曇野に持ってきたのです。本来ならば梓川からの取水が便利なのですが、梓川は上流部の取水により水量が少なく、梓川を横断して水量豊富な隣の奈良井川の水を引いてきたのだそうです。安曇野は、北アルプスだけではなく、中央アルプス(木曽)の水も利用しているのです。

その最も最たる例が拾ヵ堰(じゅっかせぎ)です。穂高町一帯の原野に如何に水利を引くかを検討し、文化13年(1816)、奈良井川からの取水により、この大複合扇状地の中央を570メートルの等高線に沿って横切り、約1000ヘクタールの水田を潤すという安曇野一の大水路が開設されました。長さ15キロ、勾配1/3000。近代的水準器のない時代の手堀りの水路だったのです。着工から3ヶ月で完成。10ヵ村を潤すので拾ヵ堰と名付けられたのです。等々力孫一郎という庄屋が、26年間に亘って土地を詳細に調べ、松本藩への交渉を成立させたのだそうです。青木新兵衛という松本藩土木掛がこのプロジェクトを理解し推進役となったのだそうです。

今では、拾ヵ堰は、水路周辺の景観が美しく、安曇野らしい景観を作っています。水路の近くに越してきた新住民の方たちが、その景観を愛し、何とか今のまま保存しようと様々な運動もされているようです。それはそれとして貴重で有り難いことです。ただし、これらの水路開設の歴史を紐解くとき、これは与えられたものではなく、人工的に作り出してきたものであり、将来に亘ってこの地域発展の農業基盤であることを忘れてはなりません。人知れず水路開設の労苦に耐えてきた先人のことを深く学んだ上での環境保全運動であって欲しいと思います。

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