« 「池坂やまびこ会」 | Main | 「草間彌生」と「源智の井戸」 »

August 28, 2005

同級消防団長の急逝で知った高校生活

松本市から長野市に抜ける途中に麻績村という山村があります。聖高原で少しは名を知られた村です。そこで消防団長をしていた高校の同級生、T君がが急に亡くなりました。

たまたま昨年、30年ぶりくらいでお会いする機会がありましたが、突然の訃報で驚いた次第です。

今回、偶然にも、生坂村を訪問する機会があったので、やはり高校同級の村議会議長のFさんとともに、高校同期からの志を集め、弔問に伺うことにしました。

Fさんのご自宅にからゼンリンの地図を片手に、車で麻績村のTさんのご自宅に向かいました。T家訪問はFさんも初めてだそうです。麻績村の高(たか)というところにある集落にある家です。高という地名にふさわしい高台にある集落でした。遙か向こうの山辺に、坂井村や本城村の集落が睥睨できます。

連絡無しで伺いましたが、お父上と奥様がいらっしゃいました。1時間近く話をすることが出来ました。お父上はひどく気落ちしたご様子で、「まだ早すぎた。私が代われたら。」とこみ上げるようなお話がありました。

82歳のお父上は、以前2期村会議員をされておられたそうです。顕彰が飾ってありました。軍隊にも行かれたようで、上海に駐屯されていたとのこと。

T君は健康を気遣いながら、村の消防団長の職責を果たしてこられたようです。奥さんも、ご主人が何故こんなに消防団のことに一生懸命なのか、理解に苦しむほど、打ち込んでおられたようです。「消防団のことがあるから、ひょっとしてここまで生きて来れたのかも知れない。もし消防団のことがなかったら、もっと早く逝っていたかも」という話もありました。

確かに消防団活動は、一度はまると取り憑かれるものがあるようです。人命救助にに命を懸けることに意気を感じる独特の世界があります。消防庁で、消防の現場経験のある関係者からはよく伺う話ですが、ほんとうにそのようです。

T君が、亡くなる直前まで消防団のことを気にかけていたという話を伺い、思わず頭が下がりました。

お父上と話をする中で、この集落の歴史にまで話題が発展しました。麻績村のこの地域の集落には、源氏と平氏の二つの流れがあるのだそうです。標高の高いところが源氏、低いところが平氏なのだそうです。T家は源氏なのだそうです。恐らく、随分と歴史のある集落なのだと思います。江戸時代には、松本藩と松代藩の関所が近くにあったのだそうです。その集落も、周囲の家は廃屋が目立ち、将来この集落はどうなるのかと一抹の寂しさが過ぎりました。

T治君は、深志高校の時には、家から通ったのだそうです。山を下り、聖高原駅から篠ノ井線で北松本で降り、高校まで、どのように短くとも2時間は優にかかります。より松本に近い生坂村のFさんは、片道1時間40分かけて通ったのだそうですから、もっと遠隔からの通学者がいたのです。往復4時間以上の通学時間です。

高校では野球をやりたかったようですが、この通学時間の制約の中で諦めたようです。同級生として、当時全く存じあげない事情があったのです。

中学3年生の一人娘さんは、学校に行っていて不在でしたが、父親と進路のことを話し合ったり、勉強を教えてもらったりと、父親を信頼しておられたようです。「しっかりとした将来の目標を持つように」ということを父親から言われていたと母親の言。

お父上と奥さんからは、突然の高校同級生の訪問を歓迎して頂けたようです。Fさんが隣村の村議会議長と知り、お父上は恐縮していました。私は、以前T君にメールを打ったことがあり、「この間メールを頂いた方ですか」と言われました。東京から来たことが分かるとますます恐縮されました。お父上にしてみると、高校の同期でT君のことを思っていてくれる人が少なからずいるということだけでも心に小さな灯火が点ったようでした。

T家を辞去し、聖高原を見て回りました。この辺りでは気軽に訪問できる行楽地です。しかし、この地域の開発を巡り、筑北合併から麻績村が離脱したのだそうです。ほかの筑北3村からは金のかかる更なる聖高原開発は諦めるように言われたのだそうです。しかし、この開発を重要視する麻績村は合併から離脱。合併後の村名も「聖」という名前に愛着を覚える麻績村は、「筑北」という名前に同意しかねたようです。これもF議長から伺った聞いた話でした。

もう一つ思わず感心した話がありました。この地域では村議や町議は2期が限度とされているのだそうです。理由は、3期以上やると議員年金がつくから。年金をもらわない限度で議員を務める、という不文律があるようです。これを破ると大変評判が悪くなる、ということでした。何事も節約し、自己規制する、そういう伝統が長野のこの地域にはあるのです。そう言えば、Tさんのお父上も、2期だけの村議会議員でした。田舎は不効率でモラルハザードを起こしているという主張をされる都会の経済学者にはこういう実態も知っていただきたいと思いました。

長野県は、一人当たりの医療費も全国一番少ない実績が有名ですが、例えば議員経費の面からも隠れた節約意識があるのです。これは県民性から来るものなのかどうかは、よくは分かりませんが、関西方面の議会とはいささか異なる側面があるかも知れません。Fさんと話をしながらの弥次喜多道中で随分と勉強になる時間を過ごせました。


|

« 「池坂やまびこ会」 | Main | 「草間彌生」と「源智の井戸」 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/5679666

Listed below are links to weblogs that reference 同級消防団長の急逝で知った高校生活:

« 「池坂やまびこ会」 | Main | 「草間彌生」と「源智の井戸」 »