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August 06, 2005

相模原市と米陸軍第1軍団司令部移転問題

相模原市は、現在交付税の不交付団体で財政的には恵まれている都市ですが、合併を控えていたり、市域に米軍基地を抱えるなど特有の課題もあります。8月5日に相模原市に招かれ、「分権改革」に関する講習会に参加してきましたが、その折に、相模原市の直面するいろんな課題を伺う機会にもなりました。

(ベッドタウン、内陸工業、大学・研究機関の集積)
小川勇夫市長からは、合併に絡むご苦労や不交付団体としての財政運営のお話を伺いました。相模原市では、近い将来の津久井郡との全面合併を目指して協議を進めており、これが実現すると、山梨県境まで達する非常に広い市になります。既に協議の整った津久井町、相模湖町とは来年の合併が決まっているとのことです。残る城山町、藤野町との合併は、住民の意向に配慮しつつ協議が続けられているとのことですが、市長さんの話では、コンセンサスを得ながらの調整は一筋縄ではいかないとのことでした。

また、大貫勲財務部長によると、相模原市は、個人住民税が充実していますが、団塊の世代の退職により、将来推計は減少の懸念もあるとの話も伺いました。

ところで、相模原市は人口62万人、神奈川県内では横浜市、川崎市の次ぐ大都市で、鳥取県より人口が多い団体です。小田急線・京王線・JR横浜線・JR相模線が市内を貫通し、典型的な首都圏のベッドタウンですが、その割には知名度が少ない悩みもあるようです。

相模原市は、ベッドタウンという顔だけでなく、全国有数の内陸工業地帯です。日産自動車・三菱重工・三菱電機・NEC・ニコン等、有力会社が沢山立地しています。大学・研究機関も多く、北里大学、青山学院大学、相模女子大等が立地しています。

(基地を抱える悩み)
一方で、相模原市内には、相模総合補給廠・キャンプ座間等の米軍施設があり、平坦な市域のおよそ5パーセントを占め、相模原市にとってはまちづくりの大きな障害になっています。相模原市では、基地返還後の跡地利用構想を作成し、基地返還要請を政府や米軍に行ってきており、また、現在「有効利用されていない」と思われる基地の一部の優先的返還の要請も行っています。相模総合補給廠の野積場やキャンプ座間内のゴルフ場部分などがこれにあたります。

<相模原市にある米軍基地の概要>
http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/profile/syougai/syougaikakiti.html

今回、相模原市訪問を機に、市役所の榎田達雄渉外担当部長から、、「相模原市と米軍基地」という厚い冊子により、基地問題をめぐる包括的な話を伺うことが出来ました。

(基地問題解決に向けた市の活動)
相模原市では、基地問題の早期解決を求める以下のような要望をごく最近取りまとめて関係方面に提出しているとのことでした。

1.基地の機能強化・恒久化につながる、キャンプ座間への米陸軍第1軍団司令部等の移転を実施しないこと
2.市民生活の不便解消や、まちづくりに緊急に必要な箇所、遊休化している箇所を早期に返還すること。
3.厚木基地における訓練飛行は硫黄島その他の代替施設へ転換し、騒音問題を抜本的に解決すること。
4.3が実現するまでの間、騒音軽減策を早急に実施するとともに、住宅防音区域の拡大とNHK受信料減免措置を実施すること。
5.市民の安全確保・不安解消等を実現するため、日米地位協定の見直しと、その運用について適切な改善を行うこと。
6.基地跡地の利用は地元の意向を尊重すること。また、跡地を地元自治体に処分する際は特段の財政優遇措置を講じること。

現在、特に懸念している話は、キャンプ座間への米陸軍第1軍団司令部移転だということです。この点について、相模原市は、20万人の反対署名を集める方針を示したのだそうです。

(「米陸軍第1軍団司令部等移転問題」)
「米陸軍第1軍団司令部等移転問題」とは、相模原市と座間市にまたがるキャンプ座間に、米国本土にある米陸軍第1軍団司令部移転の計画が持ち上がっているという問題です。

この「米陸軍第1軍団司令部等移転問題」に対する市の取り組みは次のようなものだということでした。

・相模原市は、戦前戦後を通して70年近くの長きにわたって広大な基地を抱えてきた。一部は返還されたものの、今なお在日米陸軍のキャンプ座間、相模総合補給廠及び相模原住宅地区の3箇所の基地が所在し、その面積は446ヘクタール(横浜スタジアム170個分)に及び、市域のおよそ5パーセントを占める。
・これらの基地は、人口稠密な市街地に位置し、62万人市民の生活や計画的なまちづくりに大きな障害となっているため、行政・市議会・自治会などの市民団体で構成する相模原市米軍基地返還促進等市民協議会とともに、従来から、基地の全面返還を要求。
・こうした中、米軍の再編に伴って、米陸軍第一軍団司令部(約700~800人)、沖縄海兵隊等が、キャンプ座間へ移転するとの報道がなされている。しかし、たび重なる照会にもかかわらず、政府から相模原市に何ら具体の説明や、情報提供はなされていない。
・キャンプ座間への米陸軍第1軍団司令部等の移転構想が事実とすれば、基地機能が格段に強化され、キャンプ座間や相模原住宅地区はもとより、当面、北側道路や野積場の早期一部返還を求めている相模総合補給廠の返還も実現が困難になるおそれがある。
・こうしたことから、この移転構想は、到底容認できないとして、相模原市では隣接する座間市とともに、再三にわたって政府に対し、キャンプ座間への移転反対と、市内基地の検証・見直し、整理・縮小・返還を求めている。

(米陸軍第1軍団司令部の位置付け)
ところで、米陸軍第1軍団司令部とは、どのような役割を有するものなのでしょうか。アメリカ西海岸・ワシントン州にあり、インド洋を含むアジア・太平洋地域の紛争への緊急展開を主たる任務とする第1軍団を指揮・統制する司令部で、その第1軍団は、イラク戦争にも投入されていると言われています。

米陸軍第1軍団に関しては、以下のホームページが参考になります。
http://www.lewis.army.mil/
http://www.globalsecurity.org/military/agency/army/i-corps.htm

キャンプ座間への陸軍第1軍団司令部の移転は、世界的な米軍トランスフォーメーションの一環として俎上に上っているとのことですが、第1軍団の部隊編成とこれまでの動員実績を見ると、第1軍団の機能が理解できます。第1軍団の公式ページ( http://www.lewis.army.mil/ICorpsHistory.shtml )によりこれを掻い摘むと次のような機能だということになります。

・米陸軍の中で、通常、軍団は複数の師団などで構成され、師団よりも上位に位置する組織で、戦時に編成され平時には編成を解かれることを繰り返す。
・第1軍団の歴史上、太平洋戦争終了後日本の占領に従事、1950年に編成を解かれるものの、朝鮮戦争勃発の3ヶ月後の50年8月に再編成。
・50年8月27日までにプサンに司令部を移し、その後38度線を越え中国国境に接近。中国義勇軍が参戦して国連軍は撤退。第1軍団は反撃し、休戦が成立するまで戦闘に参加。
・第1軍団は71年まで韓国にとどまり、その時点で戦力を持たない司令部に。
・第1軍団は81年に米国本土フォートルイスに移転。そこで太平洋戦域の軍事紛争に際し、その初期対応に動員される軍団として強化。
・冷戦終了後も、フォートルイス基地は太平洋地域に陸軍を動員して送り出すのに理想的な場所と認知され、多くの陸軍部隊が縮小される中で、フォートルイス基地は増強。
・90年、湾岸戦争の準備段階から、フォートルイス基地は陸軍の34個の現役部隊と25個の予備部隊をクウェートに送り出し、帰還部隊を迎え入れた。
・湾岸戦争終了後、第1軍団は太平洋沿岸全域を責任範囲とする常設軍団に。

ところで、RIMPEACE編集部資料によると、米陸軍には常設の軍団が4つあり、太平洋地域担当の第1軍団、ヨーロッパ駐留の第5軍団、米本土担当の第3軍団、そして機動的に運用される第18空輸軍団だということですが、このうち第1軍団の部隊構成や演習について、司令官が99年の上院軍事委員会の小委員会で次のように語っているとのことです。

・第1軍団は、フォートルイス基地の現役の陸軍兵士約2万人と、ほぼ同数の、陸軍予備軍と全米50州の大半の州兵からなる予備部隊で構成されている。
・第1軍団は中米、ヨーロッパ、ボスニア、中東、韓国、日本、タイに部隊や兵士を派遣している。
・第1軍団は、タイとの合同演習コブラゴールド、日本との合同年次演習、フォールイーグル、ウルチフォーカスレンズという2つの合同演習を韓国と行っている。

更に、第1軍団の任務および責任範囲について、99年3月に行われた米上院軍事委員会・軍準備態勢小委員会での、第1軍団司令官ジョージAクロッカー中将の次の証言によると、「日本の防衛」や「極東の平和の維持」という任務の他に、米国の世界戦略を軍事面で支える緊急展開部隊という位置づけが存在していることは明らかなようです。

・第1軍団の戦争遂行計画の中には、韓国と日本の防衛も含まれている。
・第1軍団は、米太平洋軍傘下のメジャーな作戦司令部として、太平洋軍司令官から、太平洋戦域で起きる偶発的な危機に即応する常設の統合任務部隊の一つに指定されている。
・太平洋軍傘下で統合任務部隊に指定されている他の主要な部隊は、横須賀の第7艦隊と沖縄の第3海兵遠征軍である。
・第1軍団の責任範囲は、通常の軍団が対応する中規模な紛争対処から、太平洋軍の統合任務部隊としてのフルスケールの紛争対処までを含む。

(相模原市の懸念と司令部移転問題)
市内基地の検証・見直し、整理・縮小・返還を求めてきた相模原市が、米陸軍第1軍団司令部等のキャンプ座間への移転により、基地機能が格段に強化され、基地返還の実現が困難になるおそれを感じるのも地元としては当然の懸念です。米国政府との安全保障上の関係緊密化という国全体の安全保障上の課題が絡む問題でもあり、悩み深い大問題です。

過日、このブログで寺島実郎氏の講演概要を紹介した中に次の趣旨の指摘がありました。
・中国政府は、キャンプ座間に米軍の広域司令部が設置されることに非常な警戒感を懐いている。
・先に、政府は、極東の範囲に関し、「これは地理的概念ではなく事態の性格により範囲が変わる」という立場を明らかにしたが、中国はこれにより際限なく米国の軍事行動に日本が引き込まれ、あまつさえ、座間に広域司令部が来ることで、台湾を含む中央アジア方面有事の際に、日本が後方支援以上の機能を果たすのではないかという懸念を持っている。
http://tokyo-nagano.txt-nifty.com/smutai/2005/04/post_27de.html#more

この指摘には、中国政府の目に映る、相模原市の懸念と裏腹な論点が示されており、アジアの安全保障問題と相模原市の置かれた環境が微妙に交差する局面が浮かび上がります。マクロとミクロの相互の利害がここでぶつかりあっています。舵取りの難しい課題が相模原市に突きつけられています。

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Comments

はじめまして。
記事興味深く拝見しました。
私自身、フィリピン・スービック基地の跡地に関して修士論文を書きまして、基地経済地域の内発的発展に関心をもっています。
基地の撤退で損出する雇用や補助金などを超え、どう自立型経済を構築するか、
なかなか困難な問題ですが、
どんどん地元から発信していくことは大切ですよね。

Posted by: peaceplusocean | January 13, 2006 at 09:52 AM

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