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August 07, 2005

米国危機管理専門家から見た日本の危機管理の課題

私の知り合いに、レオ ボスナーという米国政府の危機管理専門官がいます。現在は本土安全保障省(DHS)の職員ですが、その前身のFEMAという米国危機管理庁発足以来のプロパー職員です。

ボスナー氏は、2000年9月から約1年間、日本における危機管理について研究するため日本に滞在されました。この間精力的に日本の危機管理関係方面に出向き、実地に調査を行いました。氏は1年間の研究成果を踏まえ、日本の危機管理に関し報告を残されました。

その内容は、私が邦訳しましたが、その率直な観察視点は、日本の防災関係者にとって、大いに参考になるものです。米国と日本という国情の違いに起因する視点の相違というものは勿論ありますが、一方で、米国と我が国の国情の違いを超えて、傾聴に値する指摘も多々含まれているように思えます。以下、報告書の概要を紹介します。

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(日本の危機管理の課題)
ボスナー氏は次の諸点を我が国に於ける危機管理の課題であると摘示している。

①日本政府には米国の連邦対応計画(US Federal Response Plan)に匹敵するような包括的な国の災害対応計画がない。
②国、都道府県、市町村の職員は、往々にして災害対応計画に不慣れで、他の機関や団体が有する資源についても知らないことが多い。
③日本の災害即応のための組織は、米国ほど権限が与えられていない。米国のシステムでは、一つの組織の中で予め権限行使の順位が決められているが、日本では予め権限を委ねておくということがない。
④災害訓練は数多く行われているが、台本にある技術の披露であることが多く、能力とか計画とか意志決定の練習になっていない。即応計画の重大な瑕疵が見逃されている可能性がある。
⑤防災管理担当の機能は、大災害時に現実的に調整機能を果たすには組織が小さすぎる。(それに比べ、FEMAは全部で2,800名を超える陣容を誇る。)
⑥職員数の少ないことは、職員に大きなストレスを生ぜしめている。多くの職員数を擁するFEMAは交替制の勤務が可能となっている。日本の場合、防災管理担当の職員は、職員数が少なくほとんど常に災害待機状態だ。FEMAの多くの職員が10年でも20年でも危機管理部門で働きたいと希望し、継続的に経験を積み重ねることが出来るのに対し、日本の防災管理担当の職員は災害対応部門からの異動を希望する。
⑦米国のFEMA長官が災害時に重要な決定を行いうるのに対して、日本の災害管理担当局の責任者は、内閣と総理にアドバイスが出来るだけである。
⑧FEMAは米国災害救済基金を管理し、米国の政府機関が災害応急対応の諸活動で支出した経費を精算することとしているのに対し、日本の政府機関はそれぞれが自らの災害対応予算を管理し、一元的管理管理がされていない。
⑨日本政府においては、危機管理は3つの政府機関(内閣府防災担当政策統括官、内閣官房危機管理室、総務省消防庁)にわかれて計画されている。このことで、危機管理の任務がダブりを生じ、あるいは見逃されるということになりかねない。
⑩日本政府の各省庁は、常勤専任の応急対応担当官を確保していない。ほとんどの米国政府の機関には、応急対応の専門的組織がある。
⑪ほとんどの県庁と市町村の災害対応の職員は、片手間で災害対応任務を与えられているにすぎない。訓練もほんの少し受けるか、ほとんど受けないかのいずれかである。米国の全州政府、多くの米国の市には、常勤の危機管理専門職員が配置されている。
⑫自衛隊職員に対し定期的公式の災害管理教育が施されることはほとんどない。自衛隊の中に専任の災害管理計画や訓練を担当する専門組織もない。米国国防総省には、災害などの際の軍による民間支援を任務とする指揮官がいる。
⑬自衛隊員と他の機関の文民職員とは、互いにそれぞれの災害応急活動や具備する能力について情報共有していない。
⑭日本で大災害が起きたとした場合を想定し、日本と外国諸機関との間で包括的で詳細な災害応急協力に関する計画や手続きが作られていない。
⑮阪神・淡路大震災以降多くの日本政府関係者がFEMAを訪れたが、その後も危機管理部門で仕事をしている人はごく少ない。訪問者も個人的な見聞を広めるためという感が強い。
⑯立川の広域防災拠点には政府の非常用代替オペレーションセンターがあるが、この施設は、1年に1回災害訓練に使われる以外はほとんど使用されていない。
⑰NGO組織は、日本政府から、災害時においてその果たすべき役割に関し、認知と支援を受けていない。NGOだけでなく個人のボランティアも政府の災害応急対応計画の上から外されている。
⑱日本では災害関係の洗練された電子システムがあるが、その割に他の機関と危機管理に関し話し合いを行うことがあまりない。
⑲米国では、政府はダムの代替策として洪水被害軽減のための計画がある。FEMAは国土のほとんど100%にわたって洪水危険地域を地図上に示し、その地域の建物建設を抑制している。FEMAは,全国洪水保険制度により、洪水に備える保険を販売し、保険料は洪水の危険度に応じたものとしている。日本の洪水災害予防はダム建設に多くの資金が投ぜられ、洪水保険や洪水マップを活用した氾濫地域の管理などの手法を含む包括的な災害軽減戦略という視点が欠けている。
⑳米国では大きな災害で被災した個人や事業所に対し資金的援助が行われている。日本では、逆に、個人や事業者の災害復興の問題は体系的に検討されることはない。

(危機管理の包括的仕組みの必要性)
ボスナー氏は、以上のような日本の危機管理の現状に関する課題の摘示を行った上で、次のように総括している。

・日本滞在中、出会った日本人の多くは日本に危機管理システムが欠落していることに苛立ち、心配し、真剣に状況の改善を模索したいと考えている。
・日本には包括的な危機管理のシステムがない。
・包括的危機管理システムの欠落により、調整されないままで膨大な作業が行われ、政府のコストを増やしている。災害時の政府の行動能力を低下させる結果ともなる。
・即応能力の低下は突然の大災害の発生に際し、人的物的損害発生の危険性を高める。
・日本には国レベルでこの課題に対応できる人的物的資源が十分にあるにもかかわらず、そうする政治的決定がなされない。

以上の総括を行った上で、ボスナー氏は、日本に必要とされる危機管理のあり方について、「危機管理の問題は、国、都道府県、市町村の各レベルにおいて大きな政策課題として論じられていく必要がある。日本においては、米国の危機管理に相当する(同一なものである必要はない)危機管理の包括的な仕組みを作り上げていく必要がある」とし、その仕組みは次のような観点を踏まえるべきと指摘している。

①政府の防災関係機関は十分な権限と予算と職員数を備えるべきである。危機管理に当たっての国レベルの包括的対応を行う中で、災害準備,応急対応、復興、予防という危機管理の要素を結びつけることができる。可能であれば米国でFEMAが設立されたと同じような形で日本の災害対応組織を創設していくことが望まれる。米国では政府の様々な機関の職員をまとめ新しい危機管理機関を誕生させたが、日本でも例えば、内閣府災害担当部局、内閣官房危機管理室、総務省消防庁を統合し日本危機管理庁の中核としていくことが考えられる。
②政府の災害応急対応計画には、包括的で使い勝手がよく、現実的で、明確に且つ具体的に関係政府機関の災害応急対応時の責務と仕事の中身を書きこむべきである。
③国、都道府県、市町村の各段階で十分な専任職員を配置し、大災害に備えて計画を作り、応急対応できるようにしておくべきである。日本政府の各省庁にも危機管理担当の専任職員を配置しておくことが必要である。
④国、都道府県、市町村それぞれの段階で、体系的な危機管理教育訓練の仕組みを構築すべきであり、日本において、「国立危機管理教育訓練センター」といった組織を立ち上げることが必要である。
⑤国、都道府県、市町村それぞれの段階で、危機管理に関わる技術の専門性を高め、技術を確立し、維持発展させる仕組みが必要である。

(できることから始める)
ボスナー氏は以上の基本的視点の下に,次のような個別事項について提言している。

自衛隊の災害訓練と災害準備  現実問題として近い将来の日本の大規模災害に対する備えとして、自衛隊の位置づけは重要である。特に日本には米国にあるようなナショナルガード(註;米国の州兵、州兵軍を言い、平時は州に属し非常時には連邦政府の指揮下に入る民兵組織)が無い中では重要である。そのため、自衛隊としては、専任の組織の整備、職員向けの教育訓練プログラム・災害時応急訓練プログラムの確立、国内政府諸機関や在日米軍との間で災害時相互支援協定を策定を行い、都道府県、市町村とも密接に連携し、相互理解を促進すべきである。
防災関係機関間の相互の報告会  日本の危機管理に関する問題要因の一つとして、他の機関の災害時の動きをお互いに知らないという問題がある。それぞれの機関が、大規模災害時の対応について自らの計画や対応能力の水準について一連の報告会を催していくべきである。
ICS(非常時指揮システム)セミナーの実施  日本では多くの消防本部でICS(註;「Incident Command System」=「非常時指揮システム」とは、消防や救急救助の分野で導入されている仕組みであるが、どんな種類や規模の災害にも応急対応職員、施設、設備に関する指揮命令に当たり活用できる仕組みである。ICSの原則は、用語の統一、組織形態の標準化、情報システムの統一、指揮命令系統の統一、行動計画、施設の事前指定、包括的資源管理などの活用なども含んでいる。)に類似したシステムを導入し、規模の大きな火災の際に異なる管轄区域から多くの消防が駆けつけることになっても迅速・効率的に活動し易い仕組みになっている。政府の職員向けに、ICSに関するセミナーを実施し、政府においても、災害応急時に活用できるような類似のシステムの開発・実施を検討すべきである。
包括的な訓練プロラム  日本の政府機関や病院などは頻繁に災害応急実訓練(disaster response drill)を実施しているが、その多くは包括的な災害応急模擬訓練(disaster response exercise)として行われていない。実訓練(drill)がフィールドでの応急対応能力を検証するものであるのに対し、模擬訓練(exercise)は意志決定や計画の機能性までも検証するものである。日本の危機管理の欠点は計画段階や意志決定過程にあることを考えた場合、防災訓練のあり方として,この模擬訓練(exercise)を実施していくべきである。特に図上訓練を実施すること、防災に関し責任のある機関がこの模擬訓練を実施していくことが必要である。
日本版危機管理訓練プログラムの開発  日本には危機管理専門家の教育訓練を行う体系的なシステムがない。大学の災害管理講座、政府職員の知見、消防庁消防大学校の講座などの機能を活用し、政府全体として危機管理教育訓練プログラムを開発すべきである。消防庁消防大学校は教育訓練プログラムを体系化するモデルを提供し、立川の広域防災拠点は教育訓練センターとして活用できる。
日本の危機管理の専門性を高める  日本において、危機管理が片手間の仕事、一時的な任務として扱われる限り、本当の意味で危機管理の目標達成は期待できない。政府、都道府県、市町村ともに常勤の危機管理専門家を確保し、2年ごとの人事ローテーションで異動させるのではなく、職員の交替制勤務をきちんとした形で導入し、一定の期間、危機管理の分野で専門性を涵養できることとすべきである。

(コーチのいないスポーツチーム)
ボスナー氏は、以上のような提言を行った上で、危機管理に関する日本の縦割り組織の弊害をスポーツのチームにたとえ、次のように形容している。

①「日本は災害に起因する問題を処理する技術的人的能力には事欠かない。病院や消防機関、政府機関、自衛隊、NGO、個人のボランティアともに意識の高い人々がおり、質の高い救急救助の設備施設が備わり、最新の電子機器による災害探知・警報システムが導入されており、危機管理の様々な局面に関して豊富な知識経験を有する多くの市民がいる。しかしながら、これらの「能力」は分散し、一つの方向に統合されているとは言えない。日本の危機管理責任者を見ていると、優秀な選手はいるものの、コーチもあてがわれず、訓練も行われず、試合の組み立てもなく、戦略がないスポーツチームのように思える。こうした環境の中では、個人プレーヤーの能力が如何に高くとも試合に勝つことは極めて難しい。
②日本の場合は、米国と同様に資源が豊かであり、災害緊急対応の遅れと課題は、資源不足の問題からではなく、国と地方それぞれのレベルにおいて、活用できる資源をうまく使いこなすことができるかどうかという組織体制と意思決定能力の問題から生じている。

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日本の国の危機管理のあり方については、各方面から様々な意見が出されています。ボスナー氏の以上の観察と提言以降、いくつかの提言は実際に実行されてきています。自衛隊との連携、危機管理組織の充実、eラーニングを含めた研修・教育訓練の進化、図上訓練の実施などです。

ボスナー氏の提言は経験豊富な実務家の目から見た実態を踏まえたものであり、しかも指摘が具体的であるだけに、心に染み入るものがありました。また指摘は、日本の場合には、その有する国力に見合う災害対応力の構築はまだまだ不十分であるが、それはシステムの組み立て方を改善していくことにより問題解決が可能である、と前向きに受け止められるものでもありました。結果として、この提言は日本の防災関係者の頭の中に静に浸透して行きました。

ボスナー氏の属していた当時のFEMAの最も重要な機能は、危機管理行政の分野で、州政府や地方自治体からの要請や要望を吸収する窓口となり、財源などの各種資源を有効に効率よく配分し、危機管理行政を効果的に進めることにありました。FEMAの本質は、巨額の予算の裏付けを持つ危機管理行政の強力な調整機関、ということでした。そして、そのFEMAという組織に、米国政府は、人員と権限と資金を豊富に注ぎ込んでいました。

我が国において、FEMAに似た組織を作っていくべきかどうかは、今後大いに議論されて行くものと予想されます。危機管理という分野に、今後どのように人員と予算を投入しながら危機管理関連行政機構のありかたを考えていくのか、悩ましい側面もあります。

災害関連の組織は、行政機関から研究組織まで各省庁に広く渡っています。そういうものを、広くまとめるのか、ボスナー氏の言うように災害応急対応関係の関係機関をまとめるのか、或いは、災害対応重視の組織か、「治安」までも視野に入れた組織なのか、立場によって意見の集約が極めて難しい課題です。

FEMAは自然災害や人為的災害に対応する機関として位置づけられていましたが、米国では政治性の強いテロや爆破事件に危機の中身が拡大する中で、本土安全保障省という巨大組織が出来上がり、FEMAをその一部に組み込んだ組織改正を実施しました。

いずれにしても、組織のあり方は、時代の変遷の中で、それに併せて見直していくべきものであることは自然な考え方です。場合によっては、「危機管理」をキーワードにした国の行政組織のあり方の再見直しということも想定することになるのかも知れません。

他方で、地方自治体の危機管理に関しては、米国においても様々な問題がある旨多くの識者が紹介しています。危機管理行政の人事、組織面の専門性確保や整合性確保、多様化する危機への柔軟な対応、危機管理の技術面の対応、企画能力、危機管理に関する議会筋の関心の低さの改善、予算の確保など、我が国と同様の難題があるようです。

今後、国レベルでの議論を行っていくと同時に、地方自治体レベルでの危機管理のあり方も大いに議論して行かなくてはならないことは確かです。ボスナー氏の報告は、そのきっかけを与えてくれる刺激的で説得力ある内容であり、報告から4年経った現在でも、決して色あせない内容で訴えかけています。

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