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July 30, 2005

お葬式の教育効果

岳父の葬儀を7月28日の通夜、29日の告別式と、慌ただしく済ませてきました。

女房は、当面松本に行ったきりです。残された母親を慰めたいとのことです。当然のことです。私は29日の夜、二人の子供と一緒に帰京しました。

20年前の結婚式以来のご親戚の方々との久々の再会により、月日の経過を思い知らされました。「どちらさんでしたか」という挨拶が頻繁です。因みに、岳父の遺影は、義母と子供達が相談して、20年前の女房と私の結婚式の際のモーニング姿の岳父の写真を使いました。この写真が一番嬉しそうな写真だということで。私にとってはなにやら相当のプレッシャーを感じさせる写真でした(娘の幸せを願う岳父の「期待」に私自身が答えているのか、と)。

ところで、私たちの二人の子供にとっては、ついこの間まで元気だった人が急にこの世からいなくなり、冷たくなって、その冷たい遺体を囲んで皆が思い出話をし、その後焼かれて骨と灰になって、骨を皆で拾い骨壺に納め、それを前に関係者が告別という形でお見送りをするという一連の伝統行事の中で感じ入るものもあったようです。出来得れば、個々人に与えられた人生の限られた時間を、自らの能力を最大限に発揮し、社会のために役立つような生き方をして、悔いない人生を送らなければならない、と、思ってくれたらいいなあと、勝手に妄想していました。

子供が、問われるまでもなく、「いろんな親戚の人たちと、通夜や告別式の後の会食の間に話が出来たことが印象深かった。いろんな人がいろんな所で頑張って、こういういざというときに集まって近況を語り、また散っていくのだ」と葬儀の感想を漏らしたことに、(親馬鹿かも知れませんが)私は、子供達が祖父の葬儀に参列したことの意味を自分なりにしっかりと受け止めたものと覚知できたような気がしました。

通夜の夜、子供二人と私で久しぶりに一緒の部屋に寝ようとしたときに、「兄弟でこれからの僕らのことを話し合うので、後で戻ってくるから」と部屋を出て行き、その後随分たってから戻ってきましたが、こういうこともこれまでは無かったことでした。子供が急に大人に近づいたようで、頼もしいやら心配やらの何やら輻輳した気持ちになりました。

ところで、普段集まらない親戚の人がたまに集まると思わぬつながりが判明するものです。高校同期のKi君というある先端IT企業に勤めている人がいるのですが、亡くなった岳父の母親がそのKi君の関係するところからお嫁に来たことが、通夜の席の親戚の方の話から判明しました。同じく高校同期のKa君の名前が、告別式の訪問者名簿に記されているのを後で拝見し、またKa君の妹さんとは式場でお話しをさせていただきましたが、後刻女房の母親から伺うと、Ka君のお父上と岳父は友達だったとの話。知りませんでした。

菩提寺の正麟寺(曹洞宗)のM住職の話では、私の母校(高校)のF校長の実家も曹洞宗のお寺で、その先代が、大陸から引き揚げてこられたときに、上野駅に多くの戦災浮浪孤児がいるのを見るに見かね、長野に連れて帰り、愛育園を開設、F少年も、そういう身の上の人々とともに育ったとのこと。そういう人が我々の母校の現在の校長先生をやっているのです。確かに、学力、体育、徳育のバランスの取れた教育方針を実現されており、その発想の原点を思わず垣間見たような気持ちになりました。

お葬式は悲しい出来事だけれども、こういう機会に、これまでのお互いのあるいは共通の知人の来し方を振り返る機会があり、そのことで、これまで目に見えなかった繋がりが見えてくるということは、何事にも得難いもののように思えます。

どうやら人間は楽しいことからよりも、深い悲しみから学ぶことのほうが多いようです。こういうことは、自分たちの子供の世代にもしっかりと伝えていきたいと思うのですが、そんなにお葬式ばかりがあっても困ります。


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