« 選挙もバーコードで本人確認の時代 | Main | 元文部官僚市長の親元叱咤激励 »

July 05, 2005

英国の教育財政改革から学ぶべきもの

中央教育審議会委員の藤田英典国際基督教大学教授が、中央教育審議会やシンポジウムの場で、繰り返し、英国の教育改革に言及され、義務教育費を地方の一般財源対応から全額国庫負担にすることとした理由が、「地方が教育費を徐々に削減していった経緯にあり、その英国の経験則を踏まえるべきだ」と発言されています。しかし、この中教審委員の藤田教授の事実認識は、やや古い時点の認識であるか、あるいは誤りがあるようです。

(英国の学校財政危機は本当にあったのか)

この点について、過日、慶応大学大学院の田中聡一郎さんのお話を伺う機会がありました。以下の概要が、田中氏から伺った分析でした。
・英国の会計監査委員会(Audit commission)の2004報告が最近出され、「教育費の削減は実際にはなかった」という事実が確認されている。
・英国でこのような学校財政危機と言われるものが喧伝されたのは、数次にわたる大きな制度改正(特定補助金の部分的廃止、一般補助金への振り替え)、教員給与費の上昇、年金保険料の負担増、地方の教育当局間の一般交付金の配分の変更、一部の地方教育当局が交付金中の教育積算分の財政措置を怠ったこと、学校側の高すぎた期待感、学校の財務管理能力の欠如によるものと結論づけられる。
・ 2003年4月に新しい教育支出配分制度(FSS)が導入された結果、いくつかの学校や地方の教育当局では財源問題が浮上、2004年春には、学校財政の危機が過大にマスコミでもとりあげられ、政治問題になったとのこと。政府にとっては大変頭の痛い話となり、新聞の大きな見出しで「危機」が誇張されていった。
・ しかし、実際にはその危機は「存在しなかった危機」であり、その半年、1年後には何の問題もないことが判明し、学校財政は赤字にならず、年度末には黒字決算となった。
・ 以上の点については、会計監査委員会だけではなく、教育技能省も「一部の団体で問題はあったものの、いわゆる財政危機は誇張されたものである」、とのいう見解を示している。
・ 会計監査委員会の報告は、教育財政制度に関するさまざまな要因を分析のうえ、「財政危機」は存在せず、想定された教育支出を行わなかった地方教育当局にはそれなりの合理的理由があったと記述し、その上で、政府の教育財政制度改革の対応について、政府は冷静さを欠いていたと指摘している。

中教審の事務局である文部科学省も、この事実を掴んでいるはずなのですが、何故か、藤田教授あるいは他の中教審委員のご発言を修正することはしません。私には、中教審の議論の質と権威を維持・確保するためにも、事実認識が仮に誤っているのであればこれを正すことが必要だと思いますが、文部科学省は、何故かそういう態度はお取りにならないようです。

さて、そういう前提に立って、英国の教育改革を今日の日本の観点から見てどのように建設的に受け入れるのか、私がこれまで得た乏しい知見を元に、以下の通り考えた方を整理してみました。今後更にブラッシュアップしていきたいと思っています。

(英国教育改革の背景)
・英国では、教員の給与も採用も予算も学校単位で決められるなど、学校現場に極端に権限が付与。各学校で経営努力を果たそうと、単年度の赤字は銀行借り入れで凌いでいるという現状。一方で、教育水準の地域間格差、教員の低い待遇が大問題。
・サッチャー改革以前の教育制度に於いては、学校で教える内容は基本的に教師の自由で、全国統一のカリキュラムが不存在。時間割もなく、結果として基礎学力が身に付かない生徒が続出するなどが社会問題化。
・基礎教育に対する危機感から教育改革の動きが始まった。
・英国では、日本の学習指導要領と検定教科書制度を参考にしている。日本の側では、国が教育改革に乗り出していることに注目しているが、英国の義務教育のおかれた環境を認識しておく必要がある。
・国と地方の財政関係に関して、英国では、地方税が極端に少なく、国と地方の財源の配分議論を行う際には、国庫補助金と自治体歳入交付金という日本の交付税に類似した制度の間での議論にならざるを得ない。現在の日本の三位一体議論は、ある程度厚みのある地方税制の存在を前提に、国庫補助金を地方税源に振り替える議論であり、交付税は団体間のでこぼこ調整を行う機能を想定している議論であることを念頭に置くことが重要である。

(カリキュラム,全国テスト、評価)
・ 英国ではナショナルカリキュラムの作成と全国テストの実施を行っている。達成目標を測るために全国テスト実施、その結果到達レベルが上昇。資格カリキュラム機構(QCA)が実施。
・学校監査も行われ、教育技能省から独立した組織の教育水準監査院(OFSTED)が定期監査。260人の勅任視学官のほか5000人の非常勤監査官が動く。教育水準などに関して事後監査に責任。
・ 最近は問題のあるところを重点的に監査。監査は学校に対して大変なプレッシャー。
・ 多様な指標を活用、評価の低い学校は改善命令を受ける。「失敗校」が改善されない場合は学校の廃止統合にもつながり、教員もリストラ。現状では7割の学校のマネージメントが合格水準とされる結果。学校の実態にあった形で個別指導。
・最近では、英国の自治体ごとの教育格差は、監査情報の流通によって格差が縮まる傾向。
・一方で、校長はナショナルテストをもうやめて欲しい、という悲鳴も。これ以上テストの結果を上げるのは無理だ、との声も。各学校でも独自の学力テストがあり、子供もがテストに追いまくられている。更に、テストの実施に予算を使うのであれば教員を増やして欲しいとの声も。
・ 教育関係者の中で賛否両論があったことは事実だが、トータルで見ると英国の教育は質的に改善されたとの評価。監査も導入当初は学校現場の抵抗があったが、それを経てソフトインスペクションに変化してきた。

(財源措置の変更)
・英国では、自治体で日本の交付税に相当する自治体歳入交付金が学校現場にまで行き届かない事例があったとされ、2005年に自治体歳入交付金を切り分け、全額国庫負担とする政策が実施されることになった。しかし実際に「教育費消失事例」の有無については、確認されていないとの会計監査報告が行われた。
・改正後の英国の義務教育費国庫支出金は、使い道を教育に限定した予算で、全ての公立学校の3カ年間の予算を保障(学校経営が赤字傾向にあるものを長期バランスさせる目的)、既存の個別補助金事務を簡素化、予算の使い道の裁量を高めるという仕組み。元々の日本の交付税のような一般財源による財源措置を教育目的の特定財源に振り替えるもの。
・学校現場の声としては、自治体によって教育費支出のばらつきが多い、大きな格差がないような施策を望む声が強い。
・教育現場の多様性を前提に、国がもう少し責任をもって義務教育に関与するとのブレアー首相のイニティアティブに基づく政策が実現したということ。

(日本への示唆)
・学習指導要領があり、標準法があり、義務教育の水準が(最近落ちたとは言え)、英国に比べ非常に高い水準を保っている我が国の義務教育制度に、英国の制度改正をそのまま受け売りするのはミスリードになりかねない。その観点で、100%国庫負担かというイギリスの改革は、教育現場への極端な分権化という現状に対し国として責任を果たす取り組みの一環ととらえるべき。
・この場合、英国においては地方税が極端に少なく、国と地方の財源の配分議論を行う際には、国庫補助金と歳入調整交付金という日本の交付税に類似した制度の間での議論にならざるを得ないことに留意し、現在の日本の三位一体議論は、ある程度厚みのある地方税制の存在を前提に、国庫補助金を地方税源に振り替える議論であり、交付税は団体間のでこぼこ調整を行う機能を想定している議論であることを念頭に置きつつく英国の議論を見ていくことが必要。
・三位一体改革は、教職員の給与の半分を支給する国庫負担金を一部地方税源に振り替えようとするものであり、現行の義務教育制度の根幹を揺るがすものではない。
・むしろ、どの地域でもどの学校でもきちんとした水準の教育が行われるためには、これまで義務教育費国庫負担の対象範囲が削減されてきた現行の不安定な国庫負担制度から抜け出て、経済成長に伴い増収を見込める地方税に振り替え、団体間の過不足はと地方交付税で調整するという地方財政制度での担保に委ねることが、より財源負担の安定性を確保するものと考えられる。
・そのような観点から、英国の例で参考にすべきは、公教育の質の保障を行うための多様な装置が用意されているということである。カリキュラムの改革、ベンチマーク、マネージメント専門家としての校長の存在、中間層の教員の改善、アカウンタビリティーの向上、教育関係者だけで学校がマネージメントされないような仕組み、監査制度の活用による政府の関与などの仕組み導入されていること。
・地方分権と学校教育に関しては、仮に地域の学校教育水準に問題が生じた際に、事後的に国が関与する制度にすることが必要。それが分権時代の教育水準維持に関する国の責任の果たし方。

|

« 選挙もバーコードで本人確認の時代 | Main | 元文部官僚市長の親元叱咤激励 »

Comments

こんにちは。
偶然拝見させていただいた者ですが、たとえイギリスで結果的に地方への財源委譲に問題がなかったとしても、日本において同様に問題が起きないかは別問題だと認識しております。
とくに教員の給与削減という政府の方針も露骨に出ていることから、極めて中央集権的な中央・地方の自民党体制下にある日本においては、藤田先生の危惧されていることが極めて高い確率で起こると考えるのが妥当であろうように思います。
問題は教育への資金の増減ではなく、質の高い教育を行えるかという部分に焦点を当てて考えるべきで、一般的に財源の減少はそのまま質の高い教員の確保などを難しくするために教育効果にとってマイナス、と捉えられるます。財源の減少でも効果的な案を打ち出せるならこの問題はそれほど本質的な問題ではないという気もしますが、いままでそのような「案」を打ち出せた自治体等はほとんどないように思えるので、現実的に財源委譲は教育の「質」にとってマイナスであろう、という考えが一番妥当性があると思いました。

長くなりました。すみません。

Posted by: Heinrich | January 02, 2006 at 07:18 PM

 たまたま拝見させていただいたのですが、「英国の教育改革に言及され、義務教育費を地方の一般財源対応から全額国庫負担にすることとした理由が、「地方が教育費を徐々に削減していった経緯にあり、その英国の経験則を踏まえるべきだ」と発言されています。しかし、この中教審委員の藤田教授の事実認識は、やや古い時点の認識であるか、あるいは誤りがあるようです。」
 という部分には、藤田氏の主張への無理解、あるいはこのブログの筆者の事実誤認があるようです。
  論拠になされているのは、2003年4月に新しい教育支出配分制度(FSS)が導入された結果、の検討であることで、この意味で古い認識だとおっしゃりたいのはわかりますが、これは、日本とまったく逆の改革を行われたことが意味されたに過ぎず、少なくとも、金の流れをより透明にすることを意図しておこなわれたと理解できます。
 厳然として存在する事実は、日本が今行おうとしている改革と逆のベクトルで、イギリスでは、改革が実行されているということです。
 イギリスの教育改革を見る際の、いろいろな留保については、ご卓見だとは思うのですが、 
「これまで義務教育費国庫負担の対象範囲が削減されてきた現行の不安定な国庫負担制度」というのは、経済成長が、頭打ちで、税収が伸びない日本の現状を反映しているに過ぎず、「経済成長に伴い増収を見込める地方税」という言い方は、その意味で、自家撞着に陥っています。したがって、「団体間の過不足はと地方交付税で調整するという地方財政制度での担保に委ねることが、より財源負担の安定性を確保するものと考えられる。」という主張も、飛躍があるものと考えざるを得ません。このように見ていくならば、イギリスについての古いといわれた認識は、少々誇張があるにしても日本の反面教師と受け取ることができると考えます。古いことが、必ずしも、日本の現状を見る場合、有効ではないはずもなく、ましてや、事実誤認ともなりませんね。

 

Posted by: う~ん | August 18, 2005 at 05:45 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/4843204

Listed below are links to weblogs that reference 英国の教育財政改革から学ぶべきもの:

« 選挙もバーコードで本人確認の時代 | Main | 元文部官僚市長の親元叱咤激励 »