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June 05, 2005

日曜の中教審と「道端教育論争」

南青山の共済施設で中教審が6月5日の日曜に開かれました。午後1時から4時間たっぷりの議論です。

私は、宿舎からこの場所が近いので、自転車(実はこれ、競輪用自転車)に乗って駆けつけました。義務教育費国庫負担を巡っての集中審議ですが、論点が出尽くした感があり議論が堂々巡りで深まりません。

煎じ詰めれば、国庫負担が無くなって義務教育の水準が確保されるのか、今後地方財政が苦しくなるのに大丈夫か、国庫負担金法があればどんなに国が苦しくてもその分は地方に確実に金が行くではないか、地方税源に振り替えて一般財源化するメリットが見えにくい・・・という議論が繰り返し繰り返し異口同音に交わされました。

聞いていて、国費であれ地方負担であれ、その総額がきちんと確保されるのであれば地域社会で義務教育の水準を落とすような議論にはならないのであり、教育の本質論と財源論は分けて考えるべき議論だと、私自身は再認識しました。

しかしながら、中教審の多くの委員の方々は、国費でこそ地域でしっかりとした教育が行われるのだという固い信念をお持ちの方が多く、地方の代表者は勢い孤軍奮闘という形にならざるを得ません。

聞いていて奇異に見えたのは、区や市町村の教育長、公立小中学校長の皆さんが割りと教育財源の地方分権に懐疑的なことをおっしゃるという点でした。自らは歴とした地方公務員なのですが、教育という業界においては、縦の系列での理屈が馴染むのだという図式が、改めて理解できたような気がします。地方自治体の職員であるよりも前に、文科省、県教委、市町村教委、学校現場という系列の議論の流れが歴然とあるのです。日本は相変わらず縦割り社会なのです。このことは教育だけでなく、福祉や土木、警察、消防でも同じなのでしょう。勢い、補助金というルートで自らの関係する行政分野への国費確保を図りたいという気持ちになるのです。

だからこそ、地方分権により横割りの考え方を入れないと、本当にその地域社会で求められる行政分野への資源の最適配分は出来てゆかないと再認識した日曜の午後でした。

自転車に乗って帰る途中で、バッタリと会った中教審の「女性論客」委員の方と道端で議論になりました。自治体に入ったお金がきちんと学校現場に行くことをどうやって保障するのか、国庫負担金をなくしてそれが保障されるのか、自治体の首長が他で使ってしまうのではないか、ということに随分と御懸念をお持ちでした。私の方からは今の地方財政制度の中でどのように教育費が確保され使われているか、それがどのような制度的担保措置の中で保障されているのかを手短に説明しましたが、具体的なメリットが見えない、そこまでして何故地方税に振り替えないといけないのか、公共事業などを税源移譲すればいいではないか、という根源的な御疑問をお持ちでした。

地方税源移譲と義務教育費国庫負担という異なる指導原理に立つ大義名分同志がぶつかり合っているということですので、まだまだ時間はかかりそうです。近いうちのアウフヘーベンを期待したいところです。

この議論に、たまたまあとから歩いてきた初等中等局の課長が加わり、初夏のおしゃれな南青山の夕刻に不似合いな「道端教育論争」が中教審の番外で展開されたのでした。

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