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June 25, 2005

小学唱歌の故郷同志の合併@中野市

6月25日の土曜日に、トンボ帰りで中野市の合併記念式典に駆けつけてきました。

中野市を訪問するのは実は初めてでしたが、林檎や葡萄、キノコの栽培が盛んで、市内に入ると一面の果樹園と田園で、ここが農業地帯であることが一目瞭然です。

控え室で、特産のピオーネをつまみながら、来賓の皆様方と歓談しました。

行ってみて驚いたことに、旧知の北茨城の村田市長がいらっしゃいました。「どうしていらっしゃるのですか」、と伺うと、「音楽を通しての姉妹交流があるんですよ」、という話でした。北茨城は野口雨情の生誕地、中野市は中山晋平の生誕地なのです。他にも土井晩翠の生誕地の仙台市、瀧廉太郎の生誕地の大分県竹田市と姉妹縁組をしているのだそうです。

今回中野市と合併した豊田村は、国文学者で作曲家の高野辰之氏の生誕地でもあり、その高野氏は、名曲「故郷」の作曲者でもあるのだそうです。

農業と、小学唱歌の故郷が隣同士で合併し、同時代の作曲家の結びつきで、姉妹提携も実のある交流が行われているのです。この合併は、相思相愛の合併であったようです。

しかしながら、合併に当たっては両当事者の並々ならぬ決意があったことは疑う余地はありません。

合併功労で表彰を受けた旧中野市長の綿貫隆夫氏と旧豊田村長の清野真木生氏は、ともに現役を引退されました。仄聞するところ、周囲も意外に思うほどあっさりと身を引かれたようです。

綿貫氏と清野氏はそれぞれ次のような被表彰者としての挨拶をされていました。

<綿貫氏>
・日本国がこのままでは財政危機で沈みかねない状況にある。その船を沈ませない方策の一つとして国から合併という選択肢が示された。
・いろいろ考えたが、将来の日本のために、合併は必要な選択肢と判断。そういう視点で市民に呼びかけた。
・行政が効率的に運用されなければ、そのつけは回り回って自分たちの将来に降りかかる。
・合併を進めつつ、集落単位の個性・活力が失われないようような方策を考えることが必要だ。合併により、地域・集落の活性化の相乗効果を望む。

<清野氏>
・少子高齢化とともに日本全国で人口が減少する時代だ。
・合併は、日本全体の財政悪化をくい止め、地方分権を進展させる上で、必要な選択肢だ。
・合併は、これからの困難な時代にあって、住民が安全・安心の生活を送るための地域作りの手段だ。
・合併の効果を是非とも市民に還元しなければならない。

まことに、信州人らしい、きっぱりとした清新なご挨拶でした。地元選出県議の小林実氏が、ご挨拶の中で、「長野県にあって中野と言うが如く、一点の濁りもない・・・」という話で聴衆を盛り上げておられましたが、お二人の合併に向けての心情とご努力は、まさに、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の信濃武士の心境を現代に蘇らせたもののように感じられました。

中野市議会議長の清水保雄氏は、ご挨拶の中で、「市民の中には、合併に反対したが決まった以上はよい市を作るために頑張る」という市民の声をご紹介になっておられました。そういう市民もまた、民主主義のルールを守る立派な態度だと思います。

青木一中野市長は、元々歯医者さんで、必ずしも行政経験は豊富ではないようですが、県庁OBの小林貫男さんという力強い輔弼を得られ、綿貫氏、清野氏の気持ち応える新中野市の行政の舵取りに緊張感を持って取り組まれておられるようです。

小林貫男助役は、前に長野県の東京事務所長もされ、私もお世話になりました。帰りに、中山晋平記念館をご案内いただきましたが、詩情と歌声溢れる故郷作りの拠点になっているところでした。以下のリンクご参照。
http://www.city.nakano.nagano.jp/shinpei/

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