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June 19, 2005

自由な財源と特定財源

6月18-19の土、日に亘る中教審義務教育特別部会は、日曜の昼過ぎに11時間以上の議論をひとまず終息しました。しかし、まだまだ議論は収斂しません。

私も、会議場の端に座り、二日間に亘る中教審の合宿審議を拝聴しましたが、地方分権の立場から教育財源を含めてどのように義務教育制度を維持発展させていくのか、という観点の議論ではなく、教育に関する国家の管理をより強めなければならない、地方分権は制度関与の緩和で十分で、財政難の中でむしろ国の財源措置を増やしていかなければならない、国庫負担金を改善すれば財源を何も地方に渡す必要性はないといった議論が噴出し、この審議会に政府が委ねた宿題であるはずの税源移譲に関する地方案を生かす方策を検討するというテーマに答える議論にはなっていないように思えて仕方がありません。

中教審委員の選定が、そういうご持論をお持ちの方々を集めているのでそういうことになるのでしょうが、今回の議論に関しては、もう少し政府全体の方針を見据えてのご議論を期待したいと思っています。

特に残念なのは、教育長や校長先生を含め地方自治体関係者の相当数の方々が、国庫負担金と同額の一般財源を与えられたとしても、標準法という法律で守られていたとしても地方自治体の財政責任の元では、教育に金を回してもらえないのではないかという懸念を表明していることです。国庫負担で枠をはめられないと安心できない、自分たちの属する自治体の首長を信頼できない、と言っているに等しいのです。

同じ価値の資金があるとして、自治体の中で皆で分け合い議論して自分の分を確保するよりも、その分共有財源が少なくなっても自分の分は国からもらった方が安心だ、と言うわけです。国ならば信用でき、同じ仲間の自治体は信用できない、という理屈を聞くにつけ、地方分権に関して、地方公務員の皆さんがどういう認識をお持ちなのか、何とはなしに寂しい思いがよぎりました。

地方公務員の皆さんに、国の側で地方分権、地方税財源の充実の必要性を強調するというのは、何とも珍奇な光景です。

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