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May 01, 2005

メトロポリタン美術館

米国で911テロのあった翌年の正月明け、ニューヨークに行く機会があり、その際にかねてからの念願であったメトロポリタン美術館を尋ねることが出来ました。http://www.metmuseum.org/home.asp

外国に行く機会があるときには、チャンスがあれば美術館・博物館を見て回るのですが、ヨーロッパのルーブル美術館、大英博物館、ロンドン・ナテョナル・ギャラリー、プラド美術館や、中国の故宮美術館、西安博物館、韓国の慶福宮博物館といった規模の大きな美の殿堂を尋ねて来ましたが、スミソニアン博物館と並んでメトロポリタン美術館は是非とも訪問したいところの一つでした。

尋ねた印象は、とにかく規模と内容が素晴らしすぎて、10日くらいかけないととても見て回れないというものでした。私は、午後半日で一挙に見て回りましたが、次に行くときは、女房と一緒にゆっくりと回りたいと心に決めました。

ところで、NHKBSでたまたま見ていた番組に、「メトロポリタン美術館」の特集がありました。何故このような膨大な蒐集が可能になったのかを分かりやすく解説した番組でした。こういう予備知識をもって美術品を鑑賞できるとなると、また尋ねたくなってきます。番組の概要は以下の通りでした。

(エジプト美術)
・メトロポリタンは、既に200万点以上の美術品を集め、世界の「美の百科事典」を目指す戦略がある。
・ガラスの建物に囲まれた巨大展示室には、デンドゥール神殿が展示されている。ローマ皇帝アウグストゥスが紀元前30年ごろ建てた神殿で、アスワンハイダムに沈む場所にあった遺跡を、エジプトから遺跡救済協力をしていたアメリカに寄贈された。
・エジプト部門は1906年に開設され、3万6千点の所蔵品があるが、これらはどのようにして入手できたのか。

・20世紀、米国は飛躍的な工業力により世界一の産業国となり、企業家からの巨額の寄付により資金力が備わり、狙いをエジプトに定めた。
・1907年から独自の発掘隊をエジプトに派遣、土砂運搬のために鉄道まで敷いた。
・ハーバード・ウィンロックという美術館学芸員が苦労の末、1920年3月に「4000年前の世界」の発掘に成功。紀元前2000年のエジプト王に仕えた大臣メクトラの墓が現れた。4000年前の穀物の粒も完全に残る超一級の発見。当時の生活を再現したミニチュアが埋葬されており、メクトラは、来世も同じような生活を願って当時つくらせた。
・4000年の歳月にも拘わらず衣服や装身具の色はあせおらず、美術館にとっての至宝となっている。
・当時この埋葬品は世界中の話題になり、人々は競って美術館を訪れた。

(日本美術)
・日本美術の蒐集も戦略的。大変洋戦争に勝利したアメリカと当時生きることだけで精一杯の日本。
・大量の第一級の美術品が格安で市場に出回ていたものの、当初は反日感情が残り日本の美術品を買えずにいたが、朝鮮戦争で日本が同盟国となったことで日本の美術品を買う雰囲気ができた。

・アラン・プリースト学芸員が中心に購入に動き、鎌倉時代の「観音経絵巻」(これだけ古いものは日本にもない)、松平家所有「保元平治合戦図」、鈴木基一「朝顔図」、尾形光琳「八つ橋図」などの名品を30点名作を購入。これをもとに海外で有数の日本美術コレクションが形成されていった。
・また、米軍として太平洋戦争で闘ったハリー・パッカードという美術商が日本で活動し、平安時代を代表する傑作「蔵王権現立像」など日本の美術品を次々に購入していった。この立像は、元々電気を引く財源として村が売りに出したもので、当時の専門家は、海外流出をさせてはいけない名品だと認識していたものだった。
・1987年この二人の蒐集物を中心に日本美術の展示部署が開設された。

(アフリカ美術)
・多くのアフリカ諸国が独立したアフリカの年と呼ばれた年代、米国は、10万人の平和部隊をアフリカ諸国に派遣。この中の一人、レスター・ワンダーマンがアフリカ美術収集家に。ドゴン美術に感動し、それを作り出した人たちに直接会いたくなったのが切っ掛け。
・1975年、ワンダーマンはマリを訪問。多くの美術品を収集。虚飾にまみれない人間本来の美しさが魅力のドゴン美術の特徴。ワンダーマンは収集品の殆ど美術館に提供した。

(中国美術)
・ニクソン訪中を切っ掛けとする米中の接近を契機として中国美術品も蒐集に。責任者はウェン・フォンがアジア部門特別顧問。
・先ず、「書」から始めた。美術館のパトロンにアピールし一挙に蒐集に向けた活動を行った。当時ニューヨーク在住のC.C.ワンのコレクションに素晴らしいものがあり、絶品「崋山図鑑」などを250万ドルで購入した。
・中国皇帝が自ら描いた絵、乾隆帝など歴代皇帝をはじめとする所有印が押されている白馬の絵などの一級品が沢山含まれている。

以上、メトロポリタン美術館の発展の歴史は、アメリカ自身の経済力・国力そのものの反映であることを思い知った番組でした。

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