« 遠隔地披露宴での「第三国研修」 | Main | 水俣病公式確認50年 »

May 08, 2005

「残された時間」

最近立て続けに働き盛りの先輩方の突然の引退に接しました。引退の理由がたまたま同一でした。配偶者に病気が見つかり、残された時間を配偶者と一緒に過ごす時間を出来るだけ持ちたい、というものでした。

仕事一途で頑張ってこられた方が、あっさりと家族の看護に切り換えるその心境に、頭をガーンと打たれるような気がしました。

仕事を大事にするか、家族を大事にするか、究極の選択が試されます。先輩方は、既に子供も仕上がり、経済的に困る状況にはないとは言え、責任ある職と家族のどちらかの途を選ぶ辛い選択を迫られたはずですが、迷わず家族を選んだ心境に心が揺さぶられる思いがします。

夫婦を長くやっている中では、幸せなとき辛いときの両方があります。もっとも辛いのは、生死の問題であることは勿論です。

出来るだけそういう境遇に遭遇しないことを願っていますが、先輩方の話を伺うに付け、一定の確率で誰にでもこうしたことは生じうると思っておくしかないのです。

そういう事態に立ち至って後悔しないためには、毎日毎日を精一杯生きるということしか無いのかも知れません。残された時間が分かる場合と分からない場合があるのでしょうが、分かる場合だけが悲しいわけではありません。

残された時間が分からないままに、突然の悲報もあるのですから。それだけに今を大事に生きたいと思います。「今を大事に」とは、どのように生きるのか、それが問題です。ひょっとしたら札幌で聴いた勝谷神父の「コリント人への手紙」の言葉の中にその神髄が含まれていたのかも知れません。

毎日、「今を大事に」という気持ちで、仕事にも家族にも友人にも接していきたいと思います。

|

« 遠隔地披露宴での「第三国研修」 | Main | 水俣病公式確認50年 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58165/4043291

Listed below are links to weblogs that reference 「残された時間」:

« 遠隔地披露宴での「第三国研修」 | Main | 水俣病公式確認50年 »