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April 03, 2005

松本市合併記念式典

平成17年4月1日に、新松本市の合併記念式典に政府の立場で参加してきました。長野県で最も面積の広い23万都市が誕生しました。

蝶々のような形の行政区域が出来ています。旧安曇村、旧奈川村も編入したことから北アルプスの大自然を掌中に収め、松本市も新しい発展の可能性が出来たように思えます。単なる行政区域の拡大に止まらず、地域振興の着眼、発想自体が変わってくるように思えます。

式典で村井仁元防災大臣もおっしゃっておられましたが、松本にとって、合併により、これまでにない行政需要を満たす発想も出てくるという指摘はその通りだと思います。市域のつながりを強くするという観点はどうしても必要になります。

萩原清県議会議長も、「合併はゴールではなくスタートだ」とおっしゃっておられたのも同じ意味だと思いました。

合併に関しての議論は百出したようですが、雨降って地固まるということになると思います。しかしながら、編入された村の首長さんや議員は、基本的にはこれから一市民です。合併してよかったという評価が定着するように、菅谷昭松本市長も、市政に取り組まれるようです。6月の補正予算編成は、骨格予算を編成した4つの編入合併村に係る予算が中心になるとのことでした。

合併式典の後、松本市の三役の皆様と懇談しましたが、菅谷市長さんの自然体の新しい発想が、幹部の方々にもきちんと浸透し、幹部の気持ちが一体となっている雰囲気を感じました。市長さんが出版された「真っ当な生き方のススメ」という本のことも話題になりました。本の書評を私が書いたこともご存じでした。「少しばかり批判も入っていましたね」というご指摘に、「はあ」とお答えしました。

新松本市の誕生会にお呼びいただき思い出に残る光栄な一時でした。

ところで、松本市の合併の時点で、全国の市町村数は2395となっています。6年前には3232の数があったものが、随分と減っています。1年後の平成17年度末には、これが2000を切り、1822になるのではないかと見込まれています。様々な議論のある中で、地域の英断が行われているということです。

平時の行政運営のためにより広域的な仕組みを整えるのは効率性などの面で必要ですが、私はそれ以上に、非常時を想定した場合、小さな行政単位では如何ともしがたいということを切実に感じます。小さい村でやっていくのだという決意で、徹底的な簡素化を行い、助役や収入役を設置しないで倹約して生き残りを図る決意は立派ですが、そういうところも更なる高齢化少子化の進展で、10年後20年後の展望がないところが多いように思えます。最も心配なのは、その様なところに大きな災害があると、山古志村のように一村壊滅という事態も想定されます。非常の時にも十分それをカバーできるような行政体をつくっておくということは危機管理の面からも必要なのです。人口3万人以下の行政体では、残念ながら役所で防災職員を専任で確保できていないのが現状なのです。住民の安全という視点でも規模のメリットを追求して欲しいのです。

この点は、政府が説明している合併メリットとしては、余り強調されることはないのですが、防災を経験してきたものとしては、危機管理面からの転ばぬ先の杖という視点も必要だと思っています。

国の財政構造改革もそうですが、地方分権の推進、合併の推進、社会保障制度の改革など国のありとあらゆる部門で変化が起きています。そのような変化の帰趨を見極め、時代の流れを踏まえた対応が必要だと思います。敢えて時代の流れに逆らうことも場合によっては必要なこともあるかも知れませんが、その結果について誰がその責めを負うのかもよく考えて対応しないと、執行責任者の身勝手な無責任さの結果を将来の住民の人たちに押しつけることにならないとも限りません。

以下では、明治の大合併、昭和の大合併、そして平成の大合併のそれぞれの背景などについて、政府の公表資料から整理してみました。それぞれの時代の行政需要の要請に応えて行政体が脱皮を繰り返している事態がよく分かります。やはり、50年から60年が過ぎると仕組みを見直す必要が出てくるということでしょうか。不易流行と言いますが、何時の世でも変わらぬものは、その時代の要請であり、それに応えるために仕組みや制度はその時代の要請に最も効果的に応える道具として変化させていかなければならないのでしょう。古い言葉で言うと、下部構造と上部構造の相互関係なのでしょう。


「明治の大合併」
近代的地方自治制度である「市制町村制」の施行に伴い、行政上の目的(教育、徴税、土木、救済、戸籍の事務処理)に合った規模と自治体としての町村の単位(江戸時代から引き継がれた自然集落)との隔たりをなくすために、町村合併標準提示(明治21年6月13日内務大臣訓令)に基づき、約300~500戸を標準規模として全国的に行われた町村合併。結果として、町村数は約5分の1に。明治21年の71,314が翌年には15,859。

「昭和の大合併」
戦後、新制中学校の設置管理、市町村消防や自治体警察の創設の事務、社会福祉、保健衛生関係の新しい事務が市町村の事務とされ、行政事務の能率的処理のためには規模の合理化が必要とされた。昭和28年の町村合併促進法(第3条「町村はおおむね、8000人以上の住民を有するのを標準」)及びこれに続く昭和31年の新市町村建設促進法により、「町村数を約3分の1に減少することを目途」とする町村合併促進基本計画(昭和28年10月30日閣議決定)の達成を図ったもの。約8000人という数字は、新制中学校1校を効率的に設置管理していくために必要と考えられた人口。昭和28年から昭和36年までに、市町村数はほぼ3分の1に(9,868→ 3,453)。

「平成の大合併」
 更なる地方分権の推進、少子高齢化への対応、広域的行政需要の増大、財政難の中での効率的な行政運営への要請という社会経済情勢の流れの中で、更なる合併を行うという政治的決定がなされ、政府としても推進することに。その背景として政府が整理している事項は次のとおり。
① 地方分権の推進
平成11年、地方分権一括法。自己決定・自己責任のルールに基づく行政システムの確立。 → 地方公共団体の自主性に基づく地域間競争
→ 個性ある多様な行政施策を展開するためには、一定の規模・能力(権限、財源、人材)が必要。
② 少子高齢化の進展
今後、本格的な少子高齢化社会の到来は必然。市町村が提供するサービスの水準を確保するためには、ある程度の人口の集積が必要。
③ 広域的な行政需要が増大
人々の日常生活圏が拡大するに従い、市町村の区域を越えた行政需要が増大しており、新たな市町村経営の単位が求められている。
④ 構造改革の推進への対処
国・地方を通じて、極めて厳しい財政状況にある中、国・地方とも、より一層簡素で効率的な行財政運営が求められる。
⑤  昭和の大合併(昭和30年前後)から50年が経過
→時代の変化 。 例えば、交通、通信手段の飛躍的発展に対応して新たな市町村経営の単位が求められている。

平成11年3/31時点 3232 →平成17年4/1時点  2395 →平成18年3/31時点 1822と見込まれている。

市町村合併のメリットの事例
http://www.soumu.go.jp/gapei/merit_jirei01.html

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