鎮守の森と地方自治・・・スウェーデンの地方分権の原点
3月24日に、藤井威前スウェーデン大使のお話を承る機会がありました。2時間半に及ぶ熱演でした。鎮守の森をテニスコートに変えてしまう日本人の感覚と全く異なる国民性がスウェーデンにあり、それが地方自治に関する取り組みを異なったものとさせている、というのが締めくくりでした。
福祉国家における地方自治 ―スウェーデンの挑戦―
藤井威前スウェーデン大使講演
(スウェーデンの政権の歴史)
・ 福祉国家スウェーデンを国民性を含め体系的にシステムとしてとらえるということを考えた。
・ これまで福祉国家に関して、誰もがそれを所与としてとらえた。それは出来上がったというものと。しかし、私は、動態的に捉えようとした。また、福祉国家は財政的に持たないと言われたがそうではなかった。欧州の学者は、今では、福祉国家が経済成長に寄与しているという分析をしている。
・ 19世紀の半ば以降に市場経済化が始まった国。それまでは遅れた農業国家。むしろ日本のほうがその時点では発展していた。
・ 1932年にハンソンが社会民主党政権。そのころは、ヒトラーが政権を握った時期で世界史上最悪の時期。その政策は、絶対に戦争に巻き込まれないというもの。同時に現在の福祉政策の基本を作った。その後のスウェーデンの在り方を決めていく基礎が出来た。年金、児童手当。
・ ハンソンは14年間政権の座にあった。挙国一致内閣の時代もあったが、1945年の終戦を迎えた。さあこれからという時に電車の中で心臓発作で死亡。仕事を終えたら首相もただの人、という国の証明のような事例。
・ エランデルが引き継ぐ。ハンソン子飼いの政策マン。23年間政権が続く。一度も選挙に負けなかった。その前半期1960年頃までが戦後成長促進期。公平公正機会均等。市場経済の結果を修正しつつ経済成長の促進効果を狙った。
・ 日本でいうと高度成長時代の池田・佐藤内閣の政策に似ている。
・ 1945年に終戦で、世界の工場としての需要が殺到。戦争に巻き込まれなかったから。資源を持ち、ひと揃いの工場もあった。急速な経済成長。1960年には、世界で一二を争う高所得国に。
・ それを待っていたかのように、エランデルは高福祉国家建設実現に動く。
・ 1969年パルメがそれを引き継いだ。パルメは選挙に負けたが、景気が悪くなり不況対策がうまく行かず、保守連立内閣に6年政権を譲る。
(国民負担率)
・ 60年までは現在の日本の国民負担率と同じくらいの国民負担率。その後付加価値税導入。平均地方勤労所得税率の増加も同じように進む。
・ 1977年国民負担率GDP対比で50%で一つのピーク。その後の負担率の変動は、景気変動によるもの。国民所得対比ではもっと高くなる数値。
・ 増税路線の間、エランデルは公平公正機会均等の実現を、所得の公平、不時の出来事へのセイフティーネット、女性の働ける環境、優れた生活環境の創造というかたちで目指した。所得が高いことが自己目的ではなく、高い生活の質に結びつけようと訴えた。20年かかって福祉国家を作っていった。
・ 増税をして良いものをやりますという施策に20年かけた。
(国民が受益を認識できる制度的担保)
・ 国民がその受益を認識できる手法。政治行政の民主化、地方自治が二つの手段。議会を一院制に変え、代表者を増やす、選挙年齢の引き下げ(18歳に)。被選挙権も18歳に。
・ 地方自治制度に関しては、実際に福祉増進の施策は住民と直接接点を持つ自治体にやってもらわないと適わない。コミューンの統合。もともとの町、市はステータスを持つ存在。それ以外の所はコミューン。教区(ソッケン)が世俗の統治機能を併せ持っていた。救貧と初等教育がメイン。1862年に政教分離で近代的な自治制度に転換。ソッケン(教区)とコミューンに分かれた。その時点でコミューンは2500。
・ 1952年第一次コミューン統合。3000人が基準。義務教育を行える規模。また、住居水準が悪い中で、改良住宅を大量に造る仕組みを導入、それを実現できる人口が3000人というもの。
・ しかし、3000人では少ないという評価。1962年に8000人の基準。高等学校を公立で出来る規模。74年まで10年かかった。業を煮やした中央政府は強制合併。2-3年で278を達成。900万人が278団体に分散。日本と人口規模が平均では同じだが、日本のような人口集中がないのでスウェーデンでは零細町村はない。
・ これをベースに地方分権を実現していった。1993年、補助金制度改革。特定補助金の一般補助金化。人口基準で配分。
・ 増税路線、民主化、地方分権を三位一体で進めた。その結果どうなったか。1998年時点で租税負担は51.6%。しかし、社会保障や教育費支出などの国民還元予算を加味した修正負担率は11.9%。こういう指標で見ると、日本は14.0%でスウェーデンよりも修正負担率は高くなる。
・ 日本は最近の数字だと、歳出圧縮で修正負担率は下がっており、スウェーデンと同水準に。
・ 社会保障給付費スウェーデンは31%。日本は15%。年金と保健医療はスウェーデンと日本は変わらず。若干スウェーデンは高いが、成熟度の違いだけ。水準は同じ。差があるのは、出産育児。7倍。その他の社会福祉は10倍違う。雇用政策も大きく異なる。
(労働力のスムースなシフト)
・ 社会民主党のものの考え方は、市場経済は必ず衰退産業が出る。必ず過剰労働を抱える。その労働力をスムースに動かすのは唯一国・地方しかない。徹底した職業訓練。
・ 急にやっても駄目だが、30年やってつみあげていると実現できるもの。
(分かりやすい国と地方の役割分担)
・ 社会保障に関しての国と地方の役割分担。国は現金給付。ランスティング(県)は保健医療サービスに専念。9割の病院は県立。医師は基本的に県の公務員。県税から給料が支出される。社会「保険」ではない。コミューンは社会サービスを全て引き受ける。受益感覚は市民と一対一で対応できるコミューンしかない、という認識。
・ 教育は、義務教育はコミューン。県は専門教育。国は大学以上の高等教育。
・ その特徴は、非常に単純な仕組みであるということ。
・ 日本は複雑でよく分からない、と、コムリン在日スウェーデン大使。
(ボランティア議会)
・ スウェーデンのコミューンの政治体制は、例えば市議会の例でいうと、市議会議長がプレジデント。その下の執行委員会の委員長が市長。各委員会に市議会議員が入り、それが執行責任者。市長(筆頭コミッショナー)だけがフルタイム。あとは、レジャーチャイム委員長と言われる。
(自治体の財源)
・ ランスティングの予算の87%は保健医療に。原資は税金。コミューンは社会福祉関係が51%、教育が32%。併せて83%。インフラ整備は7%。
・ 財政収入は国は付加価値税、ランスティング・コミューンは個人所得課税。国庫補助金は2/3は一般補助金、残りは国が本来やるべきことをやってもらうための特定補助金。
・ 公債収入はない。黒字。何でか。本来公債は景気が悪い時にやむなく出すもの。景気の良い時に公債を出すことは次世代に負担をかけるだけ、という意識。公共団体が持っている財産も売ってはいけないという意識。それが次世代に対する責任。次世代に対するイクスプロイット(搾取)をしてはいけないという強い観念。
(機会費用の社会化)
・ 育児費用の社会化。特に機会費用の社会化。日本は機会費用が大きいから子供を生まない。スウェーデンはこれを極力ゼロにした。児童手当が直接費用の社会化。16歳まで所得制限無しに出す。保育所は小学校6年生まで要請があれば受けなければならない。一人当たり年間100万円かかる。そのうち、自己負担は10%。月一万円で一年預かってもらえるということ。現在自己負担の上限を作っている。
・ 両親保険を1975年に導入。育児休暇で480日間、所得の80%が保障される。
・ 結果として、2歳までは自分で育て、その後保育所に、ということに。機会均等を保障すると当時に、経済成長を促進する土台に。
・ 1965年に合計特殊出生率が下がった。これは好景気による。豊になって子どもを生まなくなったと言われた。バブル崩壊後、合計特殊出生率の2を守り通した。出産バブル。出生率は遅行指標であることに留意。バブル崩壊で1.5に下がった。その後、育児の社会化と景気回復で遅効的に2003では1.70に上がった。2005は1.8に上がると予想。スウェーデンの年金改革では1.8を見込んで計算している。出生率は従属指数。上げようと思うと出来る指標。ただし、10年かければ出来る課題。日本の年金改革の考え方はおかしい。ハナから諦めている。
(公共部門の雇用増加)
・ スウェーデンでは公共部門の雇用が増えてきている。1965から2000年で勤労者全体で全体では40万人の雇用増に貢献。介護、児童、教育で73%の公務員。女性が多い。税金で賄った金が給料で戻り、消費される。国民がこういう経済であって欲しいという産業構造に変化している。そのために積極的労働市場政策が採られている。
(福祉国家は経済成長に資する)
・ 増税で成長率が下がり福祉国家が持たないなどと誰が言ったのか。バブル崩壊後などを除くと3%を超える経済成長が当たり前。経済が悪くなると税収が悪くなるのは当たり前。そこで通常時には黒字にしておこうというのがマインド。公共経済のシェアーが大きいので財政収支のぶれが大きい。
・ 2%の財政黒字が目標。財政赤字は一時積み上がるが、すぐ黒字で戻るようにしている。1990年日本は政府債務残高68.3%。スウェーデンは42.7%。そのあとが違う。日本は踏みとどまれない。
・ 「福祉国家しか道はない」とスウェーデンのパーション首相。ヌーダー大蔵大臣曰く「公共部門にもっと投資し、増税も必要」と。来年の選挙をにらんで言っている。
(国民の福祉への期待)
・ 所得制限のない制度には圧倒的に支持が多い。所得制限のある福祉にはネガティブな評価。福祉を削るのはけしからんと。
・ 増税してでも社会福祉を続けるという政党が支持を得る国。左翼共産党がそれで議席を伸ばす。
・ 日本の政治家や役所の「ていたらく」では福祉国家実現は出来ない、というのは間違い。スウェーデンでも行政経費は削減すべしと言っている。役人は監視することが必要。だから地方自治なのだ、と。
・ 国民負担と満足度の相関関係はスウェーデンは負担も高いが満足度も高い。
・ 年金改革。納付した保険料と給付が比例。この年金しかない。日本と異なり、賦課方式に見合う保険料総額を確保している。
(国民が負担増を受け入れる背景)
・ 国民が増税に応じた国民の気持ちは何か。
・ 個人主義の発達した国。高校を卒業すると家族の扶養義務が無くなる。高校卒業で独立。喜びを爆発させる卒業時。いつでも大学に行ける。内申書で大学に行く。内申書の悪い人は、勤務実績が内申を上げる効果。個人主義であるが故に、ソッケン(教区)、コミュニティーに対する帰属意識が高い。古い教会を大事にする。郷土愛が地方自治の基盤にある。
・ 日本の最大の問題は帰属意識をぶち壊したこと。鎮守の森をテニスコートに変えてしまった。
・ スウェーデンでは昔の市役所は保存する。金をかけて自然を作っている。キツツキが大使公邸に来る自然を作る。公園という形で管理している。管理費は自治体負担。国民は日常生活の中で生活環境の良さを享受している。建築基準法はコミューンに大きな権限を与えている。所有権は個人、しかし環境権はコミューンにある。現状変更に強い規制がある。それを当然のこととしている。
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