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March 06, 2005

緑の雇用と熊野古道

3月4日(金)、5日(土)と和歌山県の南紀地域を巡ってきました。西牟婁郡の皆様に三位一体の話をするのと我々が財政支援している森林再生の山村振興の一環としての和歌山県の「緑の雇用」事業を見てくるためです。

金曜日の雪で飛行機が遅れ(定刻に飛行機に乗れたのですが、飛行場の都合で飛び立てず)、三位一体の講習会は中止になってしまいましたが、「緑の雇用」事業は作業現場に伺い、実際に間伐作業に従事されている iターン の方の話を伺い、着実に定着しつつあることを確認できました。

熊野古道を包み込む森林地域の間伐を積極的に進めていることが、熊野古道に「光を差し込み」結果的に古道を守ることにもなっていることを強く認識できる機会にもなりました。

中辺路に沿って本宮町まで行き、そこで作業をされておられる方、森林組合の皆様の話を聞きました。中辺路町の真砂充敏町長や本宮町の泉正徳町長の話も伺うことが出来ました。

中辺路町の真砂町長は、世界遺産登録を何とか地域の振興に結びつけようかとがんばっておられます。継桜王子の野中の杉をご案内いただいた際に、南方熊楠がこの巨大杉を如何に守るべき努力したかというお話を伺えました。また、企業の森ということで、JTや関西電力に広葉樹の植林を呼びかけ、実際にそれが動いている話も伺いました。現場を持っている町長さんならではのお話しでした。

緑の雇用事業では、田中豊巳さんという京都から移られた方は、50歳前後で私よりも年上でしたが、こちらに来て元気になり、子供まで生まれたとのこと、今は2歳だそうです。収入は大幅に下がったけれども、赤ちゃんがいることもあり、近所の人たちも優しく接してくれ、奥さんも旦那の元気な姿を見て、本宮に来てよかったと言っておられるとのことでした。チェーン操を持つ額の汗が眩しく思えました。

和歌山が事業主体の「緑の雇用事業」は以下のホームページから見ることが出来ます。木村良樹和歌山県知事が非常に熱心に進めておられる事業です。
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071200/midokoyo/midori.htm

私どもが訪問した作業現場はたまたま中辺路の発心門王子近くであり、藤原定家の歌碑がありました。思わず私も、定家の本歌取りを試み、

「去り難き 発心門にて 響く音 森と古道の 再生の声」 (本歌; いりがたき みのりのかどは けふすぎぬ いまよりむつのみちにかへすな)

などという下手な和歌を詠みました。「響く音」というのは、もちろん間伐作業のチェーン操の音です。

この地域は、この5月1日に、対等大合併により田辺市と一緒になるのだそうです。和歌山県の面積の1/4以上を占める大合併です。熊野古道の中枢部を取り込み、世界遺産の中枢を包含し、大田辺市は地域振興の夢が膨らみます。

2期目の途中で町長を退くことになる泉本宮町長の言葉が印象的でした。「私は司馬遼太郎が好きで殆どの本を読んでいますが、時代の大きな流れに逆らってはいけないという言葉が心に響いています。これからの流れはやはり自治体の基盤を強くすることです。河井継之助のような義のために薩長に楯突くやり方もあったかも知れませんが、それは町民のためにならない。私はそういう覚悟で、町民を説得しました。住民投票に丸投げするようなこともしませんでした。役場の40台若手に、一年かけて町の将来の人口動態、財政運営の推計をさせ、住民から選ばれた議会で専門的立場で議論し、冷静に決定していきました。今でもこの結論に疑いは持っていません。」ということでした。

私より少し年上の理論家肌の町長さんは、設計事務所の元経営者なのだそうです。緑の雇用の現場を見せてもらった後、本宮町内で、初対面ながら深夜まで語り合えました。その際に、泉町長と、和歌の交換もしました。私が発心門王子で詠んだ一首を御披露申し上げたところ、泉町長は、少し前に熊野古道を詠んだ和歌、

「御熊野の 風の誘いにやすらぎて 新緑の道何処までも行く」

というすがすがしい一首をご披露いただけました。熊野の地で、和歌の交換で話が弾んだのです。苦労して熊野古道を踏破した藤原定家さんの魂のお導きでしょうか、熊野の空気がそうさせたのでしょうか。

泉町長さんとは、すっかり意気投合し、翌日のお弁当として、奥様お手製の「めはり寿司」を頂戴する羽目になりました。「紀州の山の中の生活は貧しくて、いつも大きなめはり寿司をお弁当に持って行ったのですよ。おかずも要りませんし、家庭で漬けた高菜だけで済みますから」、ということでしたが、同郷の奥様の愛情が、私どもにまで伝わってくる、熊野の絶品でした。

ところで、合併は、思わぬ発想の転換も生んでいます。今回の訪問で、田辺市の関下弘樹さんという入庁7年目の企画広報課の若い職員と話する機会がありましたが、彼の口から、世界遺産を包含し、田辺市の職員の発想自体が変わりつつある、より広い視野で地域振興を考えるようになりつつある、という前向きのお話しを伺いました。何処の世界でも、属している枠の中で物事を考えがちです。その幅が広くなることで、発想自体が変化するのだと再認識した次第です。こういう目に見えない合併効果も意識してPRいかないといけないと感じました。

翌日は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺などを廻り、南紀白浜まで戻ってきました。熊野古道の一部、6キロ分くらいを実際に歩くことも出来ました。本宮では、宮司の九鬼家隆さんと話すことが出来ました。九鬼家は、藤原鎌足の子孫なのだそうです。凄い!!

いろんな意味で、心と頭と体に大変よい刺激になった熊野往還でした。次に行く機会があるときは、もう少しゆっくりと「巡礼」してみたいと思っています。宗教と歴史が自然と人の生活に違和感無く溶け込んでいる地域だと感じました。
ダウンロード img_0941.JPG (656.1K)

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Comments

全国の林業公社が危機に瀕しています。経済的に無理は育林に加え、木材輸入自由化という矛盾した政策の結果です。世界の林産資源を守り、地球温暖化防止対策に視するためにも、木材資源も地産地消を考えるときです。
この際林野庁は環境省に移管すべきです。

Posted by: むーさん | June 11, 2005 at 12:46 AM

はじめまして。
本宮生まれ、新宮育ちの熊野人38才です。
今は東京に住んでおりますが。。。

日本全国、林業の復活が問題になっておりますが、
かつてのように賑わうように国策として国会で
取り上げてもらえないものかという気持ちです。

個人的には、材木の市場を広げる以外ないと思っています。
つまり、「緑の雇用」だけでは老齢化、過疎化に追いつかない、と。
GNP9%の中国に売り込みに行きたいくらいの気持ちはあるんですが。。。

Posted by: 熊野人 | June 07, 2005 at 06:51 AM

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