「No Child left Behind Act」
ニューヨーク在住の飛騨直文さんから、最近のアメリカの義務教育を巡る動きについてリアルなお話を伺いました。それぞれの国の抱える事情を踏まえた議論があるのです。やはり外から見ただけでは分かりません。
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・教育問題が連邦と州との確執の種になる、というのは現在のブッシュ政権下でも同様。
・2002年ブッシュ政権下で“No Child left Behind Act(落ちこぼれ防止法)”が制定された。公立学校の質とアカウンタビリティーを向上させるため、州政府が一定の統一試験を実施、その結果一定期間内に改善がみられない学校は廃止、またすべての生徒の学力向上を求める、というもの。
・特に「すべてのグループ」にはマイノリティ、外国人生徒も含まれ、これらのグループも原則、他のグループと同じ学力水準の確保・向上が求められることとなり、これは学校現場では非常に頭を痛める問題。
・この法律は連邦議会でほぼ全会一致で成立。しかし、その後、民主党からは「連邦政府は規制をしながらその実施についての財政支援が不十分である」との批判が寄せられる一方、共和党知事の間からも財政措置の問題と並んで「そもそも憲法上は州の専権事項とされている教育行政に連邦の発言力が著しく拡大することとなり、州の主権を損なう」という強い批判がある。
・ユタ州は共和党の牙城で普段は全面的にブッシュ政権を支持する立場だが、全米で初めて、州政府公務員が“No Child left Behind”法の執行にあたることを事実上禁止する法案が提案され、下院で成立、上院でも可決直前まで行った。
・慌てた連邦教育省幹部がユタ州に乗り込んで議会と折衝を重ね、現時点では採決は一時見送り、連邦政府の出方を見守る、というなっている。
・このほか8州で同様な立法が検討されていると言われている。
・教育問題は、「鉄の団結」を誇るブッシュ政権下の共和党内で、原理原則上の事柄をめぐり連邦関係者と州政府関係者が鋭く対立する最大の問題といっても過言ではない。
・その一方で、学校区があまりに権限を持ち過ぎ、市町村長に全く権限がないこともアメリカの教育制度のひとつの問題と言える。
・公立学校間の極端な格差の背景にはこの問題がある(なお、この格差の状況が具体的に学校の実名入りで公表されることは、我が国との大きな違い。品川区で情報の公開が進められているようだが、すべての地方団体で実施することにはなかなか難しい面があると思料)。
・その中にあって、ニューヨーク市では比較的市長の権限が強く、また教育費に充てる財産税は各学校区ごとではなく市が一括徴集、それを地域の状況を勘案して再配分、学校区ごとの財政力の格差をできるだけ縮小する措置をとってきた。
・それでも現市長はまだ不十分ということで、教育行政のあらゆる権限を市長に集約することを目指している。特にカリキュラムは従前各学校区単位で決められていたものが、市当局が統一的に定めることとなった。
・一昨年、日本の全国市長会正副会長と全米市長会正副会長との交流会議がワシントンで開催されたところ、全米市長会側出席者から「市長に全く教育行政に関する権限がないのがアメリカで最も大きな市政の上の問題である。口も出せない、情報も与えられない、しかし非行や犯罪のつけはすべて市長に回ってくる。十分ではないかもしれないが、日本の市長の方がまだ教育について何がしかの力をもっているようでありうらやましい」という発言があった。
・しかし、当のワシントンD.C.では市長がニューヨーク市と似たような改革を提案しているものの、学校区側、またその意を受けた議会内でも反対が強く、見通しは立っていない。
・ニューヨーク市で改革が進んだひとつの背景には、学校区ごとにカリキュラムが異なる結果、市内での住居異動の多い黒人やヒスパニック層の子弟が非常に不利を蒙ることが明らかになったという事情があった。もともと彼らが学校区を中心とする「草の根教育行政」体制推進に力があり、弊害を蒙ることとなった結果、改革が比較的進めやすい状況があったと思われる。
・そうした事情でもないと実際にはなかなか改革は困難なようだ。既存の権限を手放そうとしない勢力はどこにでもあるものだ。
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