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February 07, 2005

管谷松本市長の人生哲学

松本市長の菅谷昭さんが自分の生き方の基本を吐露した本を書かれました。「真っ当な生き方のススメ」という本です。

松本では結構読まれているようです。評者は、松本に用事があり赴いた折りに書店で見かけ手に取ってみたところ、帰りの「あずさ」の中で読むのにちょうどよい本だと思い購入しました。

菅谷さんは。チェルノブイリの放射能の影響を受けたベラルーシの人たちの甲状腺障害を750名もの手術を手がけることで治療した経験はNHKのプロジェクトXでも取りあげられた有名人です。

信州大学の助教授のポストをなげうってベラルーシに赴いた決意の背景が書かれていますが、菅谷さんは、運命を受容して身を任せるタイプの人のようです。

運命という言葉は市長の人生のキーワードであり、市長の母親が昔、易で見てもらい、市長が43歳で死ぬと出たのだそうです。そのことを信じるか信じないかではなく、そのことをどう受け止め、自分の生き方にどう生かしていくか、ということで、生き方を決めたとのことです。

市長は、「人間はいつか死ぬのだと達観すれば、静に運命を受け止めることが出来ます。何か切っ掛け、引き金インパクトがあったときに、それをどう受け止め、どう対処するかで運命が決まるのです。受け止め方次第でその人の別の人生も切り開かれていくのではないでしょうか。人生の岐路にやってきた切っ掛けを、いやだなとか、面倒くさいと思わないで運命と思うことが肝要です。」

ベラルーシでの5年間の活動に背後にはこのような菅谷さんの人生哲学があったのです。

医師から市長という行政責任者の道を志したのも、地元の人に請われたことは元よりありますが、それも一つの運命だと受け入れようとした心の中の考え方に従ったようです。

「あなたは医師として期待されているのであり、行政官として期待されてはいない」と親戚が皆反対した中で、やはり医師である奥さんが、「あなたそれは運命かも知れないわよ」という言葉で、菅谷さんの気持ちを後押ししたようです。

菅谷市政の元での行政の実績はこれから最初の評価の段階に入っていきますが、菅谷さんは、支持者が陳情に来ても、自分たちが出来ることは自分たちが先ず出来ることを考えてどうしてもダメなときに市に話を持ってくるように、と諭しているようです。子供の遊び場の砂場の砂を、市に用意してくれとの母親グループには、自分たちで何とか出来ないか先ず考えられないのか、と差し戻しているのだそうです。

何でも揃って贅沢になっている日本。ベラルーシでは、まともは手術すら出来ない状態の中で、放射能に汚染された地域に住み続けざるを得ない人々が、制約のある資源の中で必死で生きているのだそうです。そういう中で生きるか死ぬかの治療をベラルーシの若手医師に伝授し、自らも手本を示した菅谷さんにとって、経済は低迷しているとは言え、何でも揃っている日本は、まだまだ甘えの状態の中にあると見えているようです。

少子高齢化の中で、高齢者福祉にばかり資源を集中して、その負担を後世代に負わせるばかりでよいのかとも述べています。菅谷市長は何が真っ当か、タブー無しに、問うています。

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