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January 09, 2005

韓国の国民保護の仕組みと運用

以前、このブログで、第二次世界大戦中の我が国の「民間防衛」の現状に関する合衆国戦略爆撃調査団の報告の概要を紹介しました。有事法制議論が行われている中で、戦時下の日本における国民の守られ方が、どのようなものであったかというおさらいのつもりで紹介申し上げたものです。

その後政府に於いては、国民保護法制が成立し、施行されています。これからが実行の段階です。実際に今後どのような制度ができあがってくるのか、分かりにくいものであることは否めません。

私は、以前、韓国を訪問し、韓国における国民保護法制(いわゆる「民間防衛」)の制度と運用の実態を調査する機会に恵まれました。以下においては、この調査の概要について、概略申し上げ、南北分断という政治的緊張の中で、お隣の国、韓国に於いては、この問題に関し、いかなる立場で対応をしているのか、ご紹介申し上げ、併せて今後の我が国における国民保護法制の適切な実現に向けての一助になることを期待するものです。

1.我が国の国民の保護のための法制不備

我が国では、自然災害に対して災害対策基本法に基づき地方公共団体が中心となってその被害対処にあたる仕組みが既に整備されていますが、武力攻撃事態や大規模テロ等のような、国がその対処に主要な役割を担うべき事態については、これまでその発生を想定することも十分にできず、またジュネーブ条約等でも求められている国民を保護するための法律の整備も対応しては来なかったいうのが、残念ながら今日までの日本であったといえます。

しかしながら、平成13年9月11日の米国同時多発テロや同年12月22日の九州南西部での不審船事案など国民の生命・身体・財産の安全を脅かす事案の発生により、国民の安全・安心への関心の高まりはかつてないものとなっています。また、イラクに対する米国英国の武力攻撃といった事態をリアルタイムで目にするにつけ、こうした非常事態に対処するため、我が国として、いかなる対応を考えていくべきかが問われておりましたが、昨年漸く、それに備える国民保護法制が施行されました。


2.韓国の国民の保護に関する制度

(1)自然災害、人為的災害、戦時災害など国民の安全確保に関する法制度
日本では、災害対策基本法が自然災害や事故に対する基本的対策をとるための仕組みとして用意されていますが、テロや武力攻撃については、これの対策となる特別の法制度は存在せず、自衛隊法、消防法、警察法など個別現行法体系の下で対処することとされています。

これに対し、韓国では、1950年の朝鮮戦争以来の北朝鮮との対峙という状況の中で、憲法上は、戦時、事変またはこれに準ずる国家非常事態における戒厳令の宣布の制度そして緊急命令や緊急財政・経済処分権を規定するとともに、①戦時及びこれに準ずる事態については、統合防衛法や民防衛基本法、②自然災害については、自然災害対策法、③火災、建物崩壊、航空機事故など人為的災害(韓国では災難と呼んでいる)については、災難管理法というそれぞれの実態に合わせた法体系を有しています。

このうち、まず自然災害については、1967年(昭和42年)に成立した風水害対策法を基本として対処していましたが、平成8年にこれを自然災害対策法に改正して今日に至っています。この法律の所管は、行政自治部(日本の総務省に相当)の防災局です。

これに対し人為的災害については、1995年(平成7年)死者502人、負傷者937人という大被害をもたらした「三豊百貨店崩壊事故」を契機に災難管理法を制定し、これまでの自然災害中心の事後復旧ということに主眼を置いた体制に加え、人為的事故などへの人命救助と応急医療に重点を置いた仕組みも導入されています。

さらに大規模ゲリラや戦争への国家としての即応的な措置については、国防部が所管する統合防衛法により対応がなされる一方、「敵の侵攻や全国及び一部地方の安寧秩序を害する災難から住民の生命と財産を保護する」ことを目的とする民防衛基本法に基づく国民の保護が実施されることとされています。

民防衛基本法は1975年(昭和50年)に制定されましたが、その制定の直接的理由は、やはり南北分断国家であったベトナムが北ベトナムの勝利により全域が共産化されたことから、韓半島において北の侵攻に備えておくということが差し迫った重要課題となったことによるということのようです。

この民防衛を構築するにあたってモデルとしたのはスイスとドイツの制度とされています。スイスは国家防衛の一環として各戸が銃を所持する等の点で考え方は異なりますが、民防衛のシステムとしては確立されていること、また、ドイツはボランティア制であること等を参考としながら韓国の制度は構築されたということのようです。

統合防衛法は民防衛基本法と(制度の)内容が重なるように見える部分はありますが、趣旨目的が異なるとされているようです。統合防衛法は「敵の侵入・挑発やその威嚇にあって、国家総力戦の概念に立脚して、国家防衛要素を統合・運用するため統合防衛対策を樹立・施行する」ことを目的としているものであるのに対し、民防衛は戦争などに起因する災難等から住民が自らが身を守るためのものであるとされています。統合防衛法に基づく統合防衛協議会は国防軍、警察、民間、行政が軍事的対処をするための円滑な協力を図るための組織であるのに対し、民防衛基本法に基づく民防衛協議会は文民が中心となり、住民の生命と財産を守ることがその主眼であるのです。

なお、テロについては、我々が訪韓当時、対テロ機関設置の法的根拠を明確にし、テロ防止を効率的に行う観点から、「テロ防止法」が韓国国会の審議に付されていました。同法案では、テロ対策機構の構成、テロの予防、テロ事件が発生した際の救助活動、テロ犯罪の捜査及び処罰等、テロの予防及び防止並びに迅速な対応に必要な事項を定めることにより、国家の安全を確保し、国民の生命と財産を保護するものとされているようです。

(2)災害対策から民防衛までを行政自治部が一元的に所管
民防衛に関する事項の総括・調整は国務総理が司るとされていますが、実質的にはその補佐役である行政自治部長官の下で民防衛災難管理局が担っています。詳しくいえば、行政自治部長官のに属する民防衛災難統制本部長の下、消防局、民防衛災難管理局、防災局の3人の局長が自然災害対策から人為的災難(火災、建物崩壊などの人為的事故など)そして民間防衛までを一元的に行っている体制が出来上がっています。

過去においては、民防衛に関しては、地域の治安管理という観点から、内務部の警察部局が所掌していましたが、住民に身近な地方自治体の管理をする部門が所管した方が適切であるということから、民防衛が行政自治部に移管されたようです。すなわち、民防衛は、独立した権力機関である軍隊・警察の行う非常事態対処とは異なり、平時からそれぞれの地域や住民が備えておくべき事柄であり、また、民防衛の施策は住民の安全の確保であり対象が住民であることから、住民や地方自治体に関する事務を所管する行政自治部長が所管することが合理的であるとされたことのようです。

 (3)民防衛に関する審議機関;民防衛協議会
民防衛に関して、国家の重要政策を審議する機関として「中央民防衛協議会」が置かれています。地域の民防衛業務に関しても、必要な事項を審議する機関としての「地域民防衛協議会」が設置され、韓国の広域自治団体である「特別市・広域市・道」、基礎自治団体である「市・郡・区」、下部行政単位である「邑・面・洞」それぞれに民防衛協議会が置かれています。

(4)民防衛に関する計画
国務総理は、民防衛に関する基本計画指針を作成し、関係中央官署の長に示達します。これに基づき、行政自治部長官との協議のうえ関係中央官署の長が提出した所管民防衛業務に関する基本計画案を総合し、中央協議会の審議を経て基本計画を作成します。

基本計画に従い、中央官署の長は、その所管民防衛業務に関する執行計画を作成します。また、市・道知事は、執行計画に従いその所管民防衛業務に関する市・道計画を作成し、市長・郡守・区庁長は、市・道計画に従って、その所管民防衛業務に関する市・郡・区計画を作成、それぞれが民防衛に関する業務を計画的に執行することになります。

(5)民防衛隊の組織
民防衛を遂行するようにするため、地域及び職場単位で民防衛隊が置かれています。民防衛の隊員数は628万人、8万9千隊にものぼる規模です。韓国の民防衛隊はボランティアではなく任命制であり、法律で20~45歳の男性は登録義務を有し(うち軍、予備役、警察、義勇消防隊等を除くため、対象は当該人口の55%)、非遵守に対しては罰則があります。なお女性も希望すれば入隊が可能となっています。民防衛隊員は年10日、総50時間の限度内で教育及び訓練を受けます。したがって韓国で生まれた男性は、兵役→予備役(8年)→民防衛と勤めるのが平均的な姿となっています。

民防衛隊は住所地を単位とする地域民防衛隊と職場を単位とする職場民防衛隊で編成されています。法律で20人以上の対象者がいる職場では職場民防衛を組織し、それより小さい企業又は自営業者は地域民防衛に加入することとされていす。地域民防衛隊が20人より少なければ隣の組織と統合することになります。隊長は職場民防衛なら職場の長、地域民防衛では棟・里(邑・面・洞の中でさらに細分化された地域単位)の長が就任することになります。

(6)民防衛隊と消防
 消防は消防公務員法による公務員ですが、民防衛隊はそうではありません。法律上は、消防は自分の仕事として、民防衛隊は知事、市長の指示を受けて動くことになります。しかし、実際にはどちらも直ちに出動し、地域の人たちが自主的に助け合うことになります。また、韓国にも日本の消防団同様、昔常備消防がなかった頃からの流れをくむ「義勇消防団」(84,000人規模)が存在します。義勇消防団員に入っている場合は民防衛隊に加入しなくても良いという仕組みになっています。

(7)民防衛隊の任務
行政自治部長官は、民防衛事態が発生したり発生する恐れがある場合、民防衛のため民防衛隊の動員が必要だと認める時にはその動員を命ずることができることとされています。民防衛隊の任務は、平常時は住民申告及び災難準備、有事は人命救助及び後方支援です。民防衛には、災害対応も含まれいます。

また、行政自治部長官、市・道知事、市長・郡守・区庁長は、民防衛事態が発生したり発生することが確実で、民防衛のため応急措置を取るべき急迫な事情がある時には、民防衛に必要な範囲内で次の措置を講じることができるとされています。ただし、応急措置を命ずる時間的な余裕がない場合には、必要な措置を直接行うことができ、応急措置命令に拒絶する場合には、代執行することができるとされています。
① 住民の避難、車輛等の移動、燈火、音響の制限または禁止命令
② 民防衛上支障がある施設等の管理者に対する改善・移転命令
③ 業務の禁止・制限命令及び継続・再開命令
④ 土地・建物等の一時使用や障碍物の変更・除去命令と措置

(8)民防衛隊の運営
民防衛隊の登録事務の担当部署は、民防衛局では編成運営担当、実務は邑面洞が実施しています。毎年11月に調査を行っています。また、民防衛隊の災害補償は地方自治体別に運営しています。国全体として補償の基準はありますが、地域毎に判断できることとされています。災害補償の実例はわずかであり、年数件に過ぎず、民防衛教育を受けに行く途中の交通事故などであるとのことです。

非常待避施設は全国188ヶ所、4万7,000坪が整備されています。専用と兼用があり、兼用施設は普段は地下駐車場などに供用しているとのことです。民防衛については、民防衛の歌や、民防衛の旗もあります。旗の色にも意味があって、黄色が「空襲」、青色が「警戒」、緑が「解除」警報の意味を表すとのことです。このほか、共通装備として電子メガホン、医療器具などのほか、地域ごとの装備も備えられています。

(9)民防衛教育
韓国16の広域自治団体(特別市・広域市・道)のそれぞれに民防衛の教育関連施設があります。また、基礎自治団体レベルでも各種災難が増えていることもありおり、教育関連施設の整備が進んでいますが、専用施設のないところでは、市民会館や庁舎の一部を借りて開催しているようです。

教育施設は、大きなホールを持つ公民館のような施設で、教育用ビデオなどの資機材を使った住民向けの教育、避難器具・水消火器の使用実演等が行われています。教育内容は統一安保と災難対策が中心すが、水害対策や防火活動や避難など、自然災害についての防災教育も行われています。教育時間は法定されていますが、内容は行政自治部からの指針があるのみで、基本的に自由に設定できるようです。教育後に年5回にわたって訓練する機会もあります。小中学生にも冬休みと夏休み、学生民防衛として自主的な安全教育を施しており、また、W杯開催時には外国人に親切にする、秩序を守る、といった教育も行われたようです。

(10)民防衛警報
行政自治部長官、市・ 道知事、市長・ 郡守・ 区庁長等は、民防衛事態が発生したり発生する恐れがある時、または民防衛訓練を実施する時には、民防衛警報を発することができることとされています。警報には大きく分けて2種類、「民防空警報」と「災害警報」があり、テレビの文字放送、ラジオ、サイレンにより国内全域に伝達されます。また、それぞれ事前に鳴らす「警戒警報」と実際に攻撃があった場合に鳴らす「空襲警報」、それに加え「解除警報」があります。バイオ等の攻撃に対応する「化生放(化学・生物・放射能警報)」もあります。

警報の伝達については、空軍がレーダーで監視しており、北方等から侵入があった場合に直ちに覚知し、中央警報統制所に勤務している行政自治部職員から、16ヶ所の地方警報統制所を通じ、全国に瞬時に(1秒で)到達するシステムを作り上げています。5箇年計画で整備が進められ、現在サイレンは全国1,035ヶ所、人口カバー率では81%を網羅していますが、山岳部や島嶼部では整備が不十分なところもあるようです。

実際の警報の他、訓練警報もあり、全国一斉警報のほかに、一部地域を限って鳴らすことも可能となっています。全国的な訓練は年3回で、日にちが決まっており、その時には自動車も止めての訓練となります。ある意味では、国民の負担の大きな訓練ともなっているようです。なお、実際の警報が鳴ったのは今までに5回(中国機の侵入が1回、北朝鮮機が4回。全て亡命戦闘機)とのことです。

平澤市にあるTACC(Theater air control center:戦域航空統制センター)から民防空情報が入ると、中央民防衛警報統制所を通じ、主要機関、中央放送局及び市道統制所(全国16ヶ所)へ、市道統制所からサイレン端末へ警報指令が瞬時に伝達されます。

3.我が国における国民の保護のための法制のあり方

武力攻撃事態や大規模テロ等、国及び国民の安全にとって最も緊急かつ重大な事態が生じた場合に、国全体としての基本的な危機管理体制の整備を図ることの重要性は、日韓両国のいずれにおいても変わることがないと思われます。他方、南北分断という厳しい状況に対処するため整えられてきた韓国の民防衛制度についても、その構築から27年あまりが経過し、冷戦の終結や南北融和といった国際情勢の変化により、そのあり方や国民の認識にも変化が生じつつあり、国民の負担を減らしながらも、その適切なあり方を検証しつつ民防衛が進められている現状にあるようです。

韓国における民防衛の制度は、その置かれた国際環境の中で韓国にとってどうしても必要なものとして生まれたものであると考えられます。しかしながら、冷戦後の21世紀初頭にあって、非対称的武力紛争の時代といわれるように、敵味方がはっきりせず、また大規模テロが世界規模で発生し、また宗教などの利害対立の解決策が世界的に未だできあがっていない現状を踏まえる時、我が国において有事や大規模テロの事態が発生した場合にあってもお互いに自らの安全を確保することのできる仕組みを作っていくことは、日本ににとっても緊急の課題であると考えられます。

今後は、国民の安全確保のために役立つ適切な仕組みについて国民的な議論と合意の形成を図り、日本国民が納得のいく制度の構築を実現していくることが期待されます。その意味で、お隣韓国の事例は、一つのモデルとして大いに参考になるものと考えられます。

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